表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/87

ファクトシート

 もうすぐ任期が終わり、一週間後には、フランスの家族のもとへ帰る予定だった。すでに『国境なき医師団(MSF)』が推薦する、交代の医師がやってきている。シモーヌは引き継ぎの最中だった。


 後任は、どういう縁か日本人の若者だった。イツキとは似ても似つかない太めの青年だったけれど、同じ国からやってきたというだけで、なぜだか、その青年のことを近しく感じた。


 ぬいぐるみのような外観に似合わず、頭のいい若者だったので、シモーヌは大事な情報――難民キャンプとの距離感。米軍の立ち位置、解体された自警団のこと――を、教えるのに、さほど苦労をせずに済んでいた。


 部屋を明け渡すのは来週のことで、シモーヌは少しずつ荷物をまとめている最中だった。取り敢えずは日常の生活には必要がない物から、ダンボールに梱包した。

 カーテンは、もともとキャンプにあったものと交換した。緑がかったグレーの味気ないカーテンだ。灰皿も空き缶で代用できるし、石鹸皿やボディブラシも、なければ絶対に暮らせないといった物ではない。


 そういった物をかき集めて、シモーヌはコーヒーメーカー――これは最後の瞬間にまで必要だ――にカートリッジをセットし、抽出ボタンを押した。一息いれる頃合いだった。


 ベッドの端に腰かけてデスクに向かうと、開いたままのノートパソコンの画面は、少し前に見ていた記事を表示したままだった。

 記事は、国連情報センターの『ハタイ危機』にコメントする、ファクトシートだった。


 原文のままだと、こんな感じだ。


――ハタイ脳炎の流行は、規模こそ限定的ではありますが、人類がかつて経験したことのないほどの危機的状況だと言えます。

 それは、世界的な感染の流行(パンデミック)の前夜段階であると表現しても、過言ではありません。


 もはや公衆衛生を脅かす危機であるだけではなく、社会、経済、人道、政治、安全保障に大きく影響を与える、複雑な緊急事態です。ハタイ脳炎の流行は、対岸の火事ではなく、世界の国々の全てが直面する、差し迫った問題なのです。

 我々は、不完全ながらも築き上げてきた人類の文明を、歴史発祥以前の状態に戻すわけにはゆきません。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ