表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/87

もうちょっとマシな、なにか

 樹は、とてつもない広大な空間の中にいた。

 ちっぽけな球体の上で、微生物みたいに地表にしがみついていることが、はっきりとわかるような星空だった。

 荒れた荒野は、ぽっかりと虚空に浮かんでいた。


 地球が丸いことを知らなければ、樹は、この大地が船のように宇宙を漂っていると、思ったところだろう。


 雲のような光の集まりが、たぶん、みんなが銀河と呼んでいる物だろう。星のことなんかはなにも分からないけれど、レヴィーンと見上げてみたかったような、圧倒的な景色だった。


 これまでの人生で、一度だって、落ち着いて夜空を見上げた事なんかなかった。

 レヴィーンが居なかったら、きっと生涯の間、星の姿を知ることなく、樹は、どこかで人知れず、ひっそりと死んでいたのだろう。


 誰も、永久に「ゲーム」に勝ち続けることなど出来ない。いつかは掛け金を支払うことになる。「ゲームを楽しむ」とは、そういうことだった。


 防疫キャンプを去る前に、樹が立ち寄ったのは、駐車場までの斜面にある、感染者達の墓だった。


 立ちならんだ味気ない立方体。その一つの下に、レヴィーンが眠っている。墓石は日本で使われる物より、ずいぶんと小さかった。


 墓石には、日本の雑誌がそえられていた。たぶん、アリーだ。アリーはレヴィーンのことを妹みたいに大事にしてくれていた。


 離脱の準備として――それは訓練された習慣で――樹は、あらかじめ、まとめた荷物を墓所に準備していた。

 バックパックから、樹は、日本のTシャツを引っ張り出した。キッチュな様式で、日本の若者には人気のブランドだ。


 作業を終えた樹は、自分の仕事に満足して目を閉じた。脳裏に浮かんでくるのは、迷惑そうで、でも楽しそうなレヴィーンの姿だ。


――こんな変なTシャツ嫌よ、イツキ。もっとカワイイのなかったの?。ほんとにイツキはデリカシーが足りないんだから。


 Tシャツは、黒字にオレンジのポップな仏像を染め抜いた、デザインだった。


 ごめんよ、今はそれしかない。ぼくの好みで悪いけど。


――まあ、いいわイツキ。あなたのプレゼントなら大事にする。ねぇイツキ……。


 なんだい、レヴィーン。


――あなたは、わたしのことを好きだった?


 溢れてきた色々な記憶、手で触れたぬくもりや、覗きこんだ鳶色の瞳、髪の毛から漂う甘い香りや、他の物、手にしていた物や、話していた言葉まで、ぜんぶが一度に溢れてきて、樹は張り裂けそうになった。


――ねぇ、イツキ。あなたがわたしに優しくしてくれたように、こんどはイツキ自身にも、ちょっとだけ、優しくしてみてね。


 どこに底があるのか分からない、落ちて行ってしまいそうな夜空を見上げて、樹は迷子みたいに立ち尽くしていた。大きな口を開け、拳を握りしめたまま、樹は声を上げずに、子供みたいに泣いた。


 日本に帰ったら、レビーンがそうしようとしていたように、人の役に立つ仕事をしようと思った。もうちょっとマシな、なにか、レヴィーンが誇りに思ってくれるような職業がいい。

 そして、いつかここに戻って報告をする。


 もし、レヴィーンが褒めてくれたら、樹は、今よりも少しだけ、自分のことが好きになれるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ