もうちょっとマシな、なにか
樹は、とてつもない広大な空間の中にいた。
ちっぽけな球体の上で、微生物みたいに地表にしがみついていることが、はっきりとわかるような星空だった。
荒れた荒野は、ぽっかりと虚空に浮かんでいた。
地球が丸いことを知らなければ、樹は、この大地が船のように宇宙を漂っていると、思ったところだろう。
雲のような光の集まりが、たぶん、みんなが銀河と呼んでいる物だろう。星のことなんかはなにも分からないけれど、レヴィーンと見上げてみたかったような、圧倒的な景色だった。
これまでの人生で、一度だって、落ち着いて夜空を見上げた事なんかなかった。
レヴィーンが居なかったら、きっと生涯の間、星の姿を知ることなく、樹は、どこかで人知れず、ひっそりと死んでいたのだろう。
誰も、永久に「ゲーム」に勝ち続けることなど出来ない。いつかは掛け金を支払うことになる。「ゲームを楽しむ」とは、そういうことだった。
防疫キャンプを去る前に、樹が立ち寄ったのは、駐車場までの斜面にある、感染者達の墓だった。
立ちならんだ味気ない立方体。その一つの下に、レヴィーンが眠っている。墓石は日本で使われる物より、ずいぶんと小さかった。
墓石には、日本の雑誌がそえられていた。たぶん、アリーだ。アリーはレヴィーンのことを妹みたいに大事にしてくれていた。
離脱の準備として――それは訓練された習慣で――樹は、あらかじめ、まとめた荷物を墓所に準備していた。
バックパックから、樹は、日本のTシャツを引っ張り出した。キッチュな様式で、日本の若者には人気のブランドだ。
作業を終えた樹は、自分の仕事に満足して目を閉じた。脳裏に浮かんでくるのは、迷惑そうで、でも楽しそうなレヴィーンの姿だ。
――こんな変なTシャツ嫌よ、イツキ。もっとカワイイのなかったの?。ほんとにイツキはデリカシーが足りないんだから。
Tシャツは、黒字にオレンジのポップな仏像を染め抜いた、デザインだった。
ごめんよ、今はそれしかない。ぼくの好みで悪いけど。
――まあ、いいわイツキ。あなたのプレゼントなら大事にする。ねぇイツキ……。
なんだい、レヴィーン。
――あなたは、わたしのことを好きだった?
溢れてきた色々な記憶、手で触れたぬくもりや、覗きこんだ鳶色の瞳、髪の毛から漂う甘い香りや、他の物、手にしていた物や、話していた言葉まで、ぜんぶが一度に溢れてきて、樹は張り裂けそうになった。
――ねぇ、イツキ。あなたがわたしに優しくしてくれたように、こんどはイツキ自身にも、ちょっとだけ、優しくしてみてね。
どこに底があるのか分からない、落ちて行ってしまいそうな夜空を見上げて、樹は迷子みたいに立ち尽くしていた。大きな口を開け、拳を握りしめたまま、樹は声を上げずに、子供みたいに泣いた。
日本に帰ったら、レビーンがそうしようとしていたように、人の役に立つ仕事をしようと思った。もうちょっとマシな、なにか、レヴィーンが誇りに思ってくれるような職業がいい。
そして、いつかここに戻って報告をする。
もし、レヴィーンが褒めてくれたら、樹は、今よりも少しだけ、自分のことが好きになれるような気がした。




