ゲームを楽しんだだけ
やがて、唯斗の操縦する【ピクシー】は尾根をたどって、イツキのそばにやってきた。チェインガンの照準は、イツキに向けられたままだった。
イツキは、手を頭の後ろで組んで、両膝をついた。戦意がないことを示すポーズでもあるし、勝者が敗者に要求するポーズでもある。もしかしたら、イツキの皮肉なのかもしれない。
唯斗は、コディの銃弾に追われながら、ずっと【ピクシー】の操縦を続けていたらしい。もちろん、アリシアにはやれるけれど、唯斗にそういう芸当が出来るとは思ってなかった。
プレイヤーとしての唯斗は、今も進化を続けているようだった。
【ピクシー】は、半壊したアリシアの強化外骨格を守るように位置を取った。外部スピーカーから声が届く。
「自分で背負って、終わりにして、それでいいと思っていたんだろ。よく似た奴を知ってる……親切で教えてあげるけど、それって、ただの勘違いだ。空回りもいいとこだよ」
アリシアには、唯斗が自分に言い聞かせているようにも、聞こえた。
「立てよイツキ。そういう「嫌み」いらない。ぼくは勝者じゃない。勝者なんか、どこにもいない。負け犬ばっかりだ」
立ち上がったイツキは、唯斗に向き直り、穏やかな顔で伸びをした。朝目覚めて一日を始める前のように、深く息を吸って、背中を反らした。
「ぼくは……おまえに感謝するべきなのかな。ヌエ。たくさん、数え切れないほど、人を殺すところだった」
「それも勘違いだ……ぼくは、ゲームを楽しんだだけだ。あんたは、ピンボケもいいとこだ」
口を尖らせる口調で、唯斗は言った。
イツキは静かに佇んでいる防疫キャンプを振り返った。
「こいつら、どうなるのかな……」
「あんたには関係ないことだ、イツキ。もちろん、ぼくにだって関係ない――」
言葉は無機質だったけれど、声は優しさを含んでいるような気がした。イツキに対してある種の共感を、唯斗はしているようだった。もしかしたら似ている二人なのかもしれない。
どちらも絶滅しかけた生き物のようで、当たり前の社会生活に馴染むのは、ちょっと難しそうだった。
「行ってもいいか? 武装解除、戦意喪失、もうお前には意味のない獲物だ」
イツキは、素っ気なく背中を向けて歩き出した。『トヨタ』のキーも準備してあるのだろう。イツキは、見ていて切なくなるくらい、破綻の無い機械だった。
「オリゾンに戻るのかい?」
唯斗は、歩き去っていくイツキに声をかけた。
「まさか、ぼくはもう、証拠隠滅リストに名前が上がってる」
「追跡が? 手助けが必要かい?」
「それも間違った理解だ。オリゾンは、そういう不経済なことにエネルギーを使わない」
振り返らずに、イツキは歩いていった。
残された唯斗の【ピクシー】は、置き去りにされたみたいに、佇んでいた。
唯斗は、感染拡大を止めた。たくさんの命を救った。それなのにちっとも嬉しそうじゃなかった。まるで、悪いことをしたみたいだ。
「ヌエ? 大丈夫?」
「……大丈夫だよ。なんでもない……外骨格の残骸、どうする? 片付けないとダメかな?」
唯斗は普通に戻った。
ちょうど、社会奉仕活動は、もうすぐ終わる頃合いだった。




