純粋な『暴力』
「トヨタ」を止めて、ミラー中尉は車を降りた。車に留まっていると、誤射される危険がある。ミラー中尉は岩陰に隠れて、戦闘の様子を見守った。
目の前の光景に、ミラー中尉は言葉を失っていた。
【ピクシー】が第五世代戦車の事実上の標準機であることは疑いようもないが、【スプリガン】は、十年以上も後発で設計された機体だ。当時は実現できなかった要素技術や素材が惜しみなく投入されている。
ウィルソン一等軍曹が率いる、米軍機動戦闘車両部隊の、技術的な優位は明らかだった。
にも関わらず、UGV9は『ハルシオン』の妖精達に、圧倒されていた。
彼らの戦いから、ミラー中尉は常軌を逸した経験の蓄積を感じ取った。それは生身の訓練や、予算の制約がある軍事行動からは想像もつかない。途方もない、何千時間もの、膨大なシミュレーションがもたらす、本能だ。
最初から、戦術情報も、相互支援も必要なかったのだ。
彼らにとっては、【スプリガン】との戦闘は、すでに何度となく経験済みの事柄だったのだろう。
ミラー中尉の目の前で、米軍兵士達の操作するUGV9は、砲塔を失い、動輪を失い、あるいは横転して、次々と作戦遂行能力を奪われていった。
いったい、どこが人道団体だ。
この戦闘のいったいどこに、良識や人類愛が存在するんだ。
ミラー中尉は、大学の予備士官育成コースで、戦史を学んだ。
軍隊の歴史は、人類が「暴力」を日常生活から遠ざける作業の歴史だった。
人類は世界にあまねく存在する「暴力」を、警察力だとか、軍事力だとかいう形で、臭いものに蓋をするように自分たちの生活から排除した。そして責任を、王権だとか、法律だとか、誰にも説明する必要がない存在に押し付けた。
自分たちこそが暴力だということを、人は意識せずにとも、知っていたからだ。
人は、自分たちの姿が、大嫌いなのだ。
なのに、なんだこいつらは……。
彼らの姿は、思想も、利害も、愛憎さえ知らない、純粋な『暴力』その物だった。
【スプリガン】がそうであるように、【ピクシー】もまた妖精の名前だ。イングランドの民間伝承に登場する妖精で、人々が寝静まった夜に、貧しい人の為に仕事をしてくれる事があるそうだ。
赤い髪、尖った耳、緑色の服に、先が尖ったナイトキャップ。悪戯好きで、怠け者が大嫌い。
【ピクシー】の操縦者たちは、無邪気にこのゲームを楽しんでいた。人知れぬ森の中で、たき火の光を浴びながら、一心不乱に踊り続ける小妖精のように。
なんだか愉快になって、ミラー中尉は笑った。
残骸となってゆく戦闘車両を眺めながら、涙を流して、腹を抱えながら笑った。そして、妖精たちに感謝した。
彼らのおかげだった。妖精の気まぐれが、ミラー中尉やウィルソン一等軍曹を、この後の生涯に渡って、永久に続く、眠ることのできない夜から救ったのだ。




