軍隊ごっこ
どうにか、『トヨタ』のキーを見つけ出し、防疫キャンプに向かったミラー中尉は、キャンプの手前で、機動戦闘車部隊に追いついた。
なんとか、視界に入れることが出来たのは、彼らの前に『ハルシオン』の部隊が立ち塞がっていたからだ。米部隊は速力を落とし『ハルシオン』部隊と対峙していた。
岩だらけの丘陵の中腹に、『ハルシオン』の部隊は陣形を作っていた。位置的に高い場所にある彼らは、とりあえずの遭遇では、地の利を得ていた。
だとしても、アリー達は、ミラー中尉の目には、あまりにも無謀に映った。
【ピクシー】は、各国の無人戦闘車両が手本にした機体ではあるけれど、その設計は十年以上も前に公開された物だった。一部の電子制御部分以外には、最新の素材も、技術も使われていない、先進国の工業技術であれば、誰にでも作ることが出来る程度の設計だ。
それに対して、ミラー中尉の部隊が使用する【スプリガン】は、航空機からフィードバック技術が、ふんだんに使われた機体だった。3Dプリンターで成形し焼成したカーボンコンポジットの軽量フレーム、ファンデルワールス力を利用した高グリップのタイヤ。超電導技術を利用した高効率駆動モーター。
機体、火器統制装置、兵装、どれをとっても【ピクシー】に太刀打ち出来る筈のない圧倒的な技術差だった。
コストダウン開発中の小型運動エネルギーミサイルを装備したと仮定した場合、【スプリガン】は、各国の主力戦車と互角に渡り合う事ができると言われている。
戦車重量のほとんどは乗員を守るための装甲だ。無人化により装甲を持たない、というブレイクスルーだけで、従来では考えられない低コストと実用性能を得ることになった。
国際法で規制すべき、非人道的な兵器だとの論調も生まれていると、ミラー中尉は聞いていた。
いつかの作戦では不意打ち的に後れをとったが、正面からぶつかって、勝負になどなるはずがない。
ましてや、『ハルシオン』の兵士は、民間の「有志」を募ったものだと聞いている。兵士としての訓練など受けている筈がない、いわば素人だ。
――軍隊ごっこ――と、マスコミでは表現していた通り、『ハルシオン』の兵士は、所詮は『私兵』に過ぎない。
双方の部隊が動き始めた。陣形は遭遇までの優位を確保する為の物で、速力で攻撃を回避する両者の設計思想にとって、陣形を保ち続けるメリットはなかった。
戦闘機の遭遇のように交差して、戦闘車両たちは各々の獲物を探した。
【ピクシー】の華奢な機体に比して、スプリガンは何倍も重く大きく、ミラー中尉の目には、まるで大人が子供を追い回しているように見える。
それでも、ミラー中尉は、彼らに頼るしかなかった。
ウィルソン一等軍曹も、父親であり夫なのだ、軍人として職を得ているという理由だけで、責任を押し付け、穏やかな家庭生活を彼から奪うことなど考えられなかった。
人を殺す、という行為は、確かに心で傷を残すのだ。
――アリー、ヌエ、どうか彼らを止めてやってくれ。
ミラー中尉は祈った。神などは知らない。ミラー中尉が祈ったのは「人の善意」と自らを呼ぶ、「暴力」にだった。




