そこまで「世界」を信じることなんかできない
チャーリーが口笛で驚きを表現した。相変わらず不謹慎な男だ。
「ま、死者を最小限に減らすという意味では、合理的判断かもな。感染源が一掃されれば、新たな感染者は生まれない。目先のことを言えば、コスト的にも最小だ」
皮肉を交えて、カイトが言った。声が毒を含んでいるので、本当はそう思ってはいないことが分かる。
「納得するのキオミ?」
『納得……出来るわけない。でも手を出したら、明らかな逸脱。命令不服従』
「アリーが誰かに服従するところなんて、ぼくは一度も見たことがないよ。キオミ」と、肩をすくめる調子で、唯斗が言った。
『いいの? 戦績を落とすことになる。最悪の場合は搭乗資格剥奪』
「オイラはいいぜ、べつに……どうせ、いつまで乗れるか……オイラの彼女、ちゃんと就職活動しろって、うるさくってさ」
そう言えば、トラッシュはもう、大学を卒業する筈だった。ピクシードライバーの中では高齢の部類だ。
「チャーリーはどうなの?」
「たまにはつきあうぜい。まえにアリーを助けにいかなかったの、今でもちくちく突つかれるぜい」
「ヌエは……ごめん、馬鹿なこと聞いちゃった。カイトはどうなの?」
「米軍の最新鋭機が相手? ふざけんなよアリー、冗談じゃないぜ……そんなの、おいしすぎるだろ」
これも聞くまでもなかった。カイトは「T型人格」だ。達成困難で危険な任務こそ、カイトがまさに必要としている物だ。異論などある筈がない。
しかも、すでに勝算が頭にあるのだろう。カイトは頭がおかしいけれど、勝てない勝負に挑んだりはしない。狂信者じゃなくて、あくまで狩猟者なのだ。
「だってさ、キオミ」
しばらく、キオミの返事がなかった。もしかしたら感極まって、言葉が出ないのかもしれない。
キオミは 、『ハルシオン』実働部隊の中では、数少ない夢想家の一人だ。本気で世界の不幸を憂い、争いのない穏やかな世界を夢見ている。
ドライバーよりもハードで長い時間を拘束されるオペレーター業務に従事するのは、けた外れの報酬が目的なわけじゃなく、人類愛と理想の為だ。
もしかしたら、離婚の原因もその辺りにあるのかも知れない。作戦活動を自分の人生より優先したとしたら、やはり、家庭生活は少しぎくしゃくした物になるだろう。
アリシアたちとは、ぜんぜんスタンスが違うけれど、だれもキオミのことを馬鹿にしたりはしない。
キオミは、アリシア達に出来ないことをしていた。信じて、祈り、行動に理念を表現していた。
それは勇気がないとできないことだ。
アリシアには、そこまで「世界」を信じることなんかできない。




