悪辣な陰謀
どういうことだ?
慌てたミラー中尉は、任務の状況を確認しようと、操縦ユニットを集約している指揮車両に向かった。
指揮車両の前には兵士が集まっていて――その、ほとんどが小銃を手にしている――出入り口は封鎖されていた。
「ああ、御苦労だね。なにかあったのかい?」
と、言いながら中へ入ろうとしたミラー中尉の目の前を、銃がふさいだ。
「中尉。誠に申し訳ないのですが……あなたを通すなと言われています」
「……どういうことだ?」
警護の兵士と押し問答を始めかけた気配に、指揮車の中から、ウィルソン一等軍曹が現れた。
「軍曹。入れてくれ! どうなってるんだ?」
「残念ですが、それは出来ません。ミラー中尉」
「……説明してくれるかい?」
ウィルソン一等軍曹は、顔を曇らせたまま言った。
「ミラー中尉。あなたが貧乏くじを引いたことは、みな知っています。防疫キャンプの人々の命を奪う、という責任を、どこかの糞野郎があなたに押し付けた。だが、ぼく達はあなたが、こういった仕事に向いているとは思っていません」
「わたしの命令には、従えないということか?」
「あなたは、いずれいい夫になって、いい父親になるべき人間です。軍属であるだけで、職業軍人ではありません。だから、もしこういう汚れ仕事を誰かがやっつけなくてはいけないのなら……それは、あなたではなく、わたし達の仕事です」
「しかし…それでは、きみが――」
「あなたはなにもしない。あなたが自分を責める必要はない。わたしがインジルリク空軍基地に連絡をいれました」
ウィルソン一等軍曹は、腕を伸ばし、ミラー中尉が首から下げたUGV9の操作キーを、引きちぎった。
「トレーラーに戻って、コーヒーでもどうぞ」
そんなわけにはいかない。やはり決断を先延ばしにしたのは間違っていた。
ミラー中尉は、自分のトレーラーに戻りながら考えた。
もっと、早く決断するべきだったのだ。そんな命令には、従えないと。
ミラー中尉はポケットから、スマートフォンを取り出した。どんなことをしても、彼らを止めなければならない、彼らに背負わせるわけにはいかない。
アリー達と連絡をとるつもりだった。装備の差を考えれば「ハルシオン」がミラー中尉の部隊を止めることは不可能だが、時間を稼ぐことくらいはできる。
起動したスマートフォンは、どういうわけか、キーを入力すると同時に沈黙した。
灰色の画面は、どのような入力も受け付けず、電源を落とすことさえ出来なかった。
くそ、よりによってこんな時に!
ミラー中尉は、トレーラーに急いだ。そこには自分のノートパソコンがある。
なんとか辿り着き、部屋に戻ると、そこは爆弾が爆発したような有様だった。ノートパソコンの画面はひび割れ、キーボードからはコーヒーの湯気が立ち上っていた。
なんだ、これは、いったいなんの陰謀だ?
そう考えた、ミラー中尉は、ある可能性に思い当って、思考を停止した。
……もし、本当に陰謀だったとしたら。マスコミはヒステリックに飛沫感染の可能性をがなりたて、世界の誰もが、その可能性を考えて否定しないけれど、もしも世界が、誰かに騙されているとしたら?
もし、それが米軍に防疫キャンプの存在をこの世から抹消させる為の、巧みな嘘だとしたら。
ミラー中尉は、応答しないスマートフォンを投げ捨てて、走った。
走って、這いずってでもでも知らせる必要がある。これは、きっと誰かの悪辣な陰謀だった。




