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レティシア

 外見では、年齢はよくわからない。好奇心に満ちた大きな瞳は少女のようだったけれど、その奥の落ち着いた光は、年齢を重ねた老婆のようにも見えた。

 確か名前は――。


「思い出せない? わたしの名前はレティシア。前に少しだけ、あなたと話したわ」


 彼女の英語は、完全なアメリカ人のイントネーションだった。それに少女の声でもなかった。成熟した女性の、どこか淫靡な響きがあった。


「あなたのことを見ていたわ。この世から『ハタイ脳炎』を消し去る方法はひとつしかない。それが、あなたの決断なの?」


 ただの看護婦ではないようだった。

 何者かは分からないけれど、もう手遅れだ。樹の意図を知ったところで、いまさら止めることはできない。

 ただ、この女性への好奇心がわいた。言葉遊びに、付き合ってもいい気分だった。


「ぼくが、なにをしようとしてるのか、あなたは知っているんですか」

「ちゃんと見ていたもの。あなたは、とても優しい子ね」

「もし、そうなら、どうしますか。米軍に話して、ぼくを止めますか?」


 レティシアは立ち上がり、幼児のように無造作に、イツキの懐へもぐりこんだ。肌に触れるぎりぎりの距離で、顔をよせ、くすくすと笑った。


「わたしは、なにもしない。なにも決めないし、なにも望まない――」


 指先で樹の胸をなぞり、レティシアは、その指で樹の唇に触れた。


「――わたしはただ、あなた達を見守るだけ。わたしに見せて。このねじ曲がった世界で、あなた達が、いったいなにを成すのか――それだけがわたしの楽しみなの」


 すっと体を離して、レティシアは妖艶に笑った。樹には、この世の生き物に見えなかった。もし、妖精が人に乗り移ったら、きっとこんな感じなのかもしれない。


「レティシア……きみはいったい……」

「さようなら、ここでのわたしの仕事は終わり」


 そう言って、レティシアは部屋から出て行った。後を追っても、通路に人の気配はなかった。

 女性スタッフが一人、防疫キャンプから消えたのを知ったのは、翌日のことだった。


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