曖昧な所見
樹が安っぽいノートパソコンで確認しているのは、世界の医療関係者が意見を交換する掲示板だ。
予想通り、議論は白熱していて、おおむねの論調は、誰かが現地に赴き、事態を確認するべきだ、という物だった。
布石を打ったのは、もう十日も前のことだった。
現実の姿を嘘で塗り替えるのは、絵画作品を描くのと同じく、樹にとっては陶酔をもたらす行為だった。
完璧な嘘は、人の不都合の姿をしている。時には人の『祈り』の姿をして、時には人の『欲望』の姿をとる。樹の嘘は、人の『恐怖』の形に作った。
実際にしたのは、何枚かのカルテに、嘘の所見を付け加えただけだ。
国境なき医師団は、問題解決の一助として、感染症患者のカルテを公開していた。もちろん患者の名前は秘匿して、プライバシーについては配慮されている。世界中の医師が所見に目を通し、集まってくる見解や、アドバイスが、現場の医療を助けていた。
そのカルテは、改ざんを防ぐためにPDFのファイルになっているのだけれど、樹に言わせれば、その気になって改変出来ないものなど、この世にはなかった。
その「飛沫感染」を臭わせる曖昧な所見は、人の恐怖を喰って実態を持った。
自分の妻が、子供が感染するかもしれない、感染が世界に拡大するかもしれない、という恐怖は、でまかせでしかないその短い所見を本物にした。
医療関係者がパニックになって、マスコミに伝染した。
『ハタイ脳炎』は、もう対岸の火事ではなくなった。ヒステリックに安全を求める世論が、先進国の議会を揺さぶった。
布石が効力を発揮するのは、もう、間もなくのことだった。




