こんな世界、消えてなくなってしまえばいい
熱工学迷彩の効果で、自警団の兵士たちには見えていない。アリシアは群衆に触れてしまわないように、【ピクシー】の待機位置を調整した。
カメラ映像で、今にも火を放ちそうになっている男たちを確認した。もう日が暮れかけている。レヴィーンとイツキは、危険な状況だった。
「どうするのよ、ヌエ」
「もう、少しだけ……まだ、火は放たれてない」
見に来て正解だった。
住居は、銃を持った自警団に包囲されていたし、男たちは『ハルシオン』の攻撃と、イツキとの間になにか因果関係があるのではないかと、考えているようだった。
人が割れて、どよめきが起こった。
男たちに取り囲まれる住居から出てきたのは、イツキ一人だった。
レヴィーンはどうしたのよ、イツキ!。
と思った時、乾いた銃声が、一つだけ聞こえた。
イツキの俯く様子で、なにが起こったのか分かった。
ゲームパッドを取り落とし、こみ上げてくる悲鳴を殺すために、両手で口を押えないといけなかった。息が出来ないし、吐きそうになった。
一瞬だけ、こんな世界、消えてなくなってしまえばいい、そう思った。
「アリー、しっかり」
ヌエの声で、我に返った。
チームリーダーはあたしだ。まだ、イツキとミラー中尉が危険にさらされている。パニックになっている場合じゃない。
「わかってる。三秒だけ待って……いいわ、全機、熱工学迷彩解除」
感染の恐怖に駆られて、イツキに小銃を向ける兵士がいた。ヌエは兵士の足元にチェインガンを見舞った。その兵士は出来上がったクレーターの中に尻餅をついた。トラッシュがイツキと兵士の間に入って、カイトが男たちの背中を威圧した。
やろうと思えば、二十秒で全員をミンチにできた。
突然出現した五台の戦車に、自警団の兵士たちは固まっていた。
アリシアは、外部スピーカーに音声をつないだ。
「全員、動かないで。わたし達は、歩いて、ここを出ていく。何もしない。ただ出ていくだけ。誰か運試しをしたい人がいたら、そう言って」
静まり返った群衆の中で、イツキは俯いていた。
表情は見えないので、怒っているのかも、悲しんでいるのかも、アリシアには分からない。
イツキは、不自然なほどに、落ち着いた声で言った。
「いまのところ『ハタイ脳炎』に空気感染は確認されていない。ひっかかれたり、噛みつかれたりしない限り、一緒にいるだけでは、たとえ手をつないでも、感染の心配はない。それをあんた達は知っていたか?」
自警団の男たちは、イツキの言葉を聞いて、居心地が悪そうに顔を見合わせた。
「潜伏期間は一週間から十日。この少女には、治療を受ける時間的な猶予があった。もし、それを知っていて、このテントを焼こうとしたのなら――あんた達は、迷信めいた恐怖に理性を譲り渡したってことだ。ぼくは間違っているかい?」
誰も、なにも言わなかった。
「少女と母親の遺体は、防疫キャンプが引き取りに来る。そっとしておいてやってくれ。約束してくれるかい」
ミラー中尉がやってきて、イツキの肩を支えた。
歩く二人を囲うようにして、アリシア達は『トヨタ』の方角に向かった。子供の嗚咽みたいなのがさっきから聞こえていて、アリシアは、それが自分の声だと気づくのに、しばらくかかった。




