誰かの役に
清掃・洗浄ルーチンは、もう何百回と繰り返した手順だ。考えなくても体が、というか強化外骨格が勝手に動く。
今日は唯斗と一緒ではあるけれど、アリシアは最大効率を試す気分じゃなかった。
深いため息をついて、アリシアは床に座り込んだ。
「凹んでるなら、今日は休めばよかったのに……べつに社会奉仕に期限があるわけじゃないし」
「ね、ヌエ……あたし達がガンマ病棟の病室を清掃する意味って、考えたことある?」
「ん?」
「この病室が空いたってことは、また、一人助けられなかったってこと」
「ああ……そうだね」
「だから、ちゃんとしたいの……湿っぽい話してごめん。ヌエは心配してくれてるの?」
「ま、そりゃ、ね」
アリシアの視覚野に、通話着信のアイコンが灯った。民間契約端末からの通話だった。キャンプのスタッフは連絡先を共有するようになっている。番号はネイサン・ミラー中尉の物だった。唯斗とも同時通話になっている。
ただごとでない気配がした。
強化外骨格を装備している時の通話は、直接、視覚野に投影される。通話を許可すると、ウインドウに現れたのはミラー中尉ではなく、イツキ・クサカベだった。
「イツキ? どうしたの? その場所は――」
イツキは防疫キャンプではなくて、どこか屋外、おそらくは難民キャンプのどこかにいるようだった。鉄骨の粗雑な屋根と、集まってきた陽気な子供たちの姿が見えた。
イツキの表情は、憔悴しきっているように見えた。頬には痣ができていて、髪の生え際には、拭いきれなかった血が残っている。
いったいなにが――。
「アリー、ヌエ。こんなことをお願いするのは、厚かましいのかもしれないけど――」
「――わかった。イツキ」
話が始まってもいないのに、唯斗はそう言って、イツキのいる場所を確認し始めた。アリシアにはわけがわからなかった。
「ちょっとヌエ! どういうことなのよ!」
唯斗は、アリシアの存在を無視した。
「時間が必要なのかい、それとも……」
「注意を引きつけて欲しい。なにもわからないんだ。自警団の目を盗んで、レヴィーンと話がしたい」
「……わかった。四十分欲しい。待てるかい」
「了解だ。迷惑をかけてすまない」
唯斗は、イツキとの通話を終了した。
「ヌエ、あたしを低能扱いしたいのなら、べつにいいんだけど――」
「ああ、ごめんよ。つまり、ぼくらは今、誰か新しい感染者の為のベッドを用意している。それにぼくらはレヴィーンを今朝、難民キャンプに送り出したばかりだ。そして、今、イツキは難民キャンプにいる。レヴィーンになにかあった。他の可能性が考えられるかい?」
悔しいけど、論理的だ。指摘されれば、考えるまでもないことだった。こういうことで、唯斗に後れをとるとは思ってなかった。
「ぼくらが準備しているのはガンマ病棟、感染末期の重傷患者用の病室だ。もし、レヴィーンが感染したとしたら、そこまで病状が進行する時間はない。つまり、感染したのは、おそらくレヴィーンの母親だ」
どうして、レヴィーンがそんな目に合わないといけないんだろう……レヴィーンは誰かの役に立とうとしていたのに。
レヴィーンは、もう十分傷ついていたのに。




