人道にすがる
二日酔いだろうか、割れそうに頭が痛い。脇腹に鈍痛もある、こんな不愉快な目覚めは、傭兵キャンプの訓練生時代以来だ。
そう、ぼんやり思うと同時に、急速に意識が戻った。
「レヴィーン!」
「目を覚ましたかイツキ。こんな馬鹿をする奴だとは知らなかった。肝を冷やしたぞ」
どこか、集会所のような施設だ。日除けの下のようだった。壁はない屋根だけの建物だ。錆止めを塗った鉄骨とスレート。難民キャンプの住人が、イツキ達を遠巻きに眺めていた。
「状況は、どうなってる?」
「大人しくしているのなら、話してやる」
「頭は冷えたよ……くそ、割れそうだ」
「帰ったら検査だな……母親の感染は間違いない。ここの実力者の話では、それを知ったレヴィーンは、銃を持って母親がいる住宅に入ったそうだ」
「……それで、どうなった」
「一度だけ、銃声が聞こえたそうだ。中の様子が確認できないので、それからどうなったのかはわからない」
どうしてだ。どうして神様は、レヴィーンをそっとしておいてやらないのだろう?
もう、十分に奪われた。レヴィーンは色々な事を我慢し、諦めた筈だ。
まだ、供物が足りないとでもいうのだろうか。
「自警団の連中は、陽が暮れたら、テントに火を放つと言っている」
「どうして?」
聞くまでもないことだけれど、そう聞かずにはいられなかった。
「いつまでも待ち続けるわけにはいかないからだろ」
「ぼくが中に入ると説明してくれ」
「それは駄目だと言っていた。感染が広がるだけだと。我々のことを信用していないとも言っていた。それはそうだな、いつも小競り合いを繰り返す、敵同士なんだから」
「ぼくはPKFとは関係ない」
「連中には同じことだよ。力づくでは入れない。今度は殺されるぞ、イツキ」
なにか、手はないのか? こういった状況を裏返してみせるのが、自分の任務ではなかったか?
樹は、自分に問いかけた。
もう、降参なのか、日下部樹。
「……ミラー中尉。ぼくのスマートフォンは?」
「残骸でよかったらここに」
ミラー中尉は、割れた強化ガラスとアルミの塊を、イツキに手渡した。
「貸してくれよ。ネイサン」
「軍の官給品は貸し出し禁止だぜ」
と言いながらも、ミラー中尉はスマートフォンを手渡してくれた。
「どうするんだ、イツキ?」
「どうって――」
これは極めて非人道的で、不釣り合いな出来事だ。こういった不幸を見て見ぬふりを出来ない団体がある。彼らにとって、これは不公正で看過できない状況の筈だ。
「――人道に、すがるのさ」




