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とにかく、その馬鹿を

 『トヨタ』に揺られている間、ネイサン・ミラー中尉は、イツキが冷静なのだと思っていた。

 感染者がレヴィーンの母親だと判明しても落ち着いていたし、ちゃんと、まともな受け答えが出来た。その証拠に、自警団を刺激しないよう『コディ』は防疫キャンプに置いてきていた。


 だが、それは間違いだった。


 車を降りた瞬間、イツキは駆け出して、人ごみに躍り込んだ。


「待てっ! 危険だイツキ! 我々は……憎まれてるんだぞ!」


 難民キャンプの間で、防疫スタッフの評判がすこぶる悪いのは本当の事だった。

 イツキは止まらなかった。ミラー中尉は、車を守るために一人だけを残して、後はついて来るよう兵士に命じた。

 人をかき分けて進むイツキは、普段のとぼけた立ち居振る舞いからは想像できないほど、機敏で、力強かった。

 

 ミラー中尉は引き離されそうになったが、なんとか、視界から逃がさないよう、イツキを追い続けた。

 目的の場所が、どうしてイツキにはわかるのか理解できなかった。あらかじめ衛星画像でも確認したのか、あるいはグーグルに映像があったのか、ともかく、イツキは自分がどこを目指しているのか、知っているようだった。

 やがて、イツキは人だかりの前で立ち止まった。


 そこは単身者のテントが立ち並ぶ区画だった。とある、テント――亜鉛メッキ鋼板と、合成木材で出来た簡易住宅――の前に人だかりが出来ていた。兵士が警護をしていて、火をつけた松明を持った男たちが、住宅を取り囲んでいた。

 兵士たちは、それぞれの統一感がない銃で武装していた。


「だ……だめだ、イツキ。落ち着け、作戦を――」


 イツキは、テント入り口を守る二人の兵士に躍りかかった。脇をすり抜けようとしたのかも知れないが、はた目には、襲い掛かっているようにしか見えなかった。


 なんて、無茶を――。


 静止しようとした兵士が、魔法を使ったように転倒し、イツキの手には小銃が残った。イツキは小銃を背後に投げた。

 二人目の兵士は、小銃の台尻でイツキの頭を狙った。イツキが懐を潜ると、兵士は糸が切れた人形のように転倒した。なにをどうしたのかミラー中尉には分からなかった。


「イツキ! 後ろだ!」


 背後から歩き寄った兵士が、銃床でイツキの後頭部を殴った。

 倒れたイツキを、他の兵士が、重そうな編み上げ靴で蹴とばした。

 倒れた二人の兵士は、きょとんとして自分の身体を探っていた。怪我も痛みもないようだった。


 くっそぉお。なんで、こんなことに。


 ミラー中尉は、自分の小銃を空に振り上げて、引き金を引いた。

 兵士も群衆も、銃声を聞いて、凍り付いた。ミラー中尉は、そこにいる全員の注目を集めていた。


「ああ…ええと……わたしは米軍のネイサン・ミラー中尉だ。事情は説明して貰うが、揉め事を起こすつもりはない」


 部下が、ミラー中尉をバックアップした。イツキを守って取り囲み、周囲の兵士に銃口を向けた。

 自警団の兵士たちは、米軍の最新装備が高性能であることを知っているようだった。彼らには救命装置付きのボディアーマーも、着弾すると体内で暴れる特殊弾頭もない。誰も銃口を上げようとはしなかった。


「とにかく、ここを通してくれ。この馬鹿は連れていく」


 ミラー中尉は、意識を失っているイツキの襟首を掴んだ。部下は自警団から銃口を外すわけにはいかない。仕方なく、ミラー中尉はイツキの身体を地面に引きずった。

 銃声を聞いて、人が集まり始めていた。


 なんでこんなことに……。


 情けない気分で、ミラー中尉はイツキの身体を引きずった。この若者の意外な一面を見たような気がした。時計のように狂いなく、必要なことだけを淡々とこなし続ける。感情がないわけではないが、決して人にはそれを見せない。

 それが、ミラー中尉のイツキに対する印象だった。

 取り乱す様子を見て、少し、微笑ましい気分でもあった。


 イツキのような男でも、大事な女性の為にはこのように取り乱すのだ。ミラー中尉にはまだそのような相手はいないけれど、なんとかしてやりたい、と素直に思った。

 だが、状況は厳しかった。

 自警団の兵士たちは頑なで、異邦人であるミラー中尉達に、交渉余地はなさそうだった。


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