表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/87

怯えて暴れるだけの、ただの肉の塊

 母親のテントに入れて貰おうとしたけれど、自警団の兵士が、誰も入れないように警備をしていた。レヴィーンが説明しようとしても、話さえ聞いて貰えなかった。


 兵士たちは迷惑そうな顔だった。またこの厄介者たちのせいで面倒なことになった、といった気持ちが、身振りにも表情にも表れていた。このまま緊張が高まれば、住民にさえ発砲しかねない雰囲気だった。


 なんどか押し問答を繰り返して、諦めたレヴィーンは、周囲に誰か知っている人を捜した。

 目についた小柄で肉付きのいい中年の男性は、ジュミルといって、少数民族キャンプの代表を務める人物だった。清廉な人柄で知られるキャンプの有名人だ。

 レヴィーンは人ごみを押し分けて、ジュミルの前までたどり着いた。


「ジュミル! わたしよ。これはどういうことなの?」


 レヴィーンの姿を見て、ジュミルは人の好さそうな赤ら顔を曇らせた。

 こんな状況で甘い見通しにすがるほど、穏やかな人生を送ってきたわけではなかった。ある程度、覚悟は出来ていた。だから、そのように言った。


「もし、説明しにくい話でも、わたしは取り乱したりしない。教えてジュミル。わたしの母は、感染したの?」

「レヴィーン、済まない。少し目を離したすきにキャンプから出て……」

「……野犬に咬まれたのね」

「ほんとうに済まない、レヴィーン。みんなで探したんだが、遅かった」


 母は、野犬を追い払う電撃柵を乗り越え、荒野にさまよい出たのだ。

 可哀想なお母さん……優しい父の姿を捜して徘徊し、父ではなく野犬に出会ったのだ。母は怯えて、父の名前を呼んだだろうか? 助けに来るはずのない父を待ち続けたのだろうか? 母はもう、レヴィーンが誰かもわからなかった。いつも知らない人に――知らないと思い込んでいる人たちに――囲まれて、怯えていた。


「どういう状態なの?」

「咬まれたことを隠していたんだ。まわりが気づいた時には、もう凶暴で、手が付けられない状態だった」

「誰かに被害は?」

「今のところは大丈夫だ」


 誰も傷つけていない、と聞いて、レヴィーンは胸を撫で下ろした。いつか、こんな日がくるのは分かっていた。たぶん、本当の母は、父が処刑されたあの時、父が一緒に連れて行ってしまったのだ。

 ここにいるのは、日差しや、物音に苦痛を感じ、怯えて暴れるだけの、ただの肉の塊だ。


 不用意に近づくと、噛みつかれ、感染の危険がある。自警団の兵士でさえ、近づけなくて右往左往していた。

 もし、可哀想な母の人生に、誰かが幕を下ろさないといけないのだとしたら……それは、わたしの仕事だ。

 他の誰にも、代わりをさせるつもりはなかった。


 ジュミルは、腰に銃を差していた。たぶん一度も使われた事がないだろうと思われる古臭い銃は、よく手入れされて、ピカピカに光っていた。ジュミルにとっては、きっとお守りみたいなものなのだろう。


「ジュミル、その銃を貸してもらってもいい? わたしには、それが必要なの。それから、自警団の兵士に説明をして。わたしが、娘が中に入るって 」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ