T型人格
ガンマ病棟の病室清掃は、アリシアたちが最も得意とする作業だ。手早く、最大の効率で作業を進めても、絶対に感染することがない。なにしろ肉体はここにいないから。
唯斗とのコンビであれば、アリシアは、その持ちうる潜在能力を、すべて発揮することが出来る。
汚染物をごみカートに投入し、次亜塩素酸水で拭き取り消毒し、殺菌されたマットレスとシートを展開して、駄目押しの紫外線灯を点灯するまで十分は必要としない。相方がコイツではなく、唯斗であったなら。
カイトが振り回すモップが、アリシアの操作する強化外骨格に絡みついた。カイトとアリシアの外骨格は、もつれあって転倒した。
「なにやってんのよ! カイト、あんたトロいんじゃないの? なんでヌエじゃなくて、あんたと二人きりなのよ!」
「好きでやってるわけじゃない。ヌエに頼まれたからだ。防疫キャンプは人手不足なんだろ」
唯斗は、別居中の母親と会食らしい。ひと月に一度の義務だと言っていた。そう言えば、何年か前に両親が離婚して、唯斗は父親と二人暮らしなのだ。
おかげでコイツと組むことになった。気に入らないけれど、ま、べつに唯斗の母親が悪いわけでも、カイトが悪いわけでもない。
唯斗が自分の代わりをカイトに頼むなんて、ちょっと想像してない展開だった。唯斗も、アリシアが思っているよりは、かなり奉仕業務を真剣に考えていたようだ。
でも、カイトじゃなくても……と、アリシアは思う。
唯斗はオフでも、時々、カイトとつるんでいるらしい。
カラオケとか、昼ごはんとか……女の子が一緒の時もあるとか……まあ、唯斗の性格を考えれば、カイトが無理やり連れ出しているだけだとは思うけれど、なんか愉快じゃない。
あたしより、カイトの方が親しいみたいじゃない、とアリシアは口を尖らせた。
「へぇ、頼まれたら合わない作業でも代わるんだ。ずいぶんと仲がいいじゃない、カイト。あんたゲイなの?」
カイトは、アリシアの安い挑発に乗ってこなかった。こういう所、カイトは読み辛くってやりにくい。
軽薄を装っているけど、それは外面に作っている仮面で、これまでの経験上、ほんとのカイトはかなりシリアスだ。
真顔で思っている事を口にする。
「あいつは、一緒にいて飽きない。世間知らずなのに、危機感覚とサバイバル能力は、おれ以上だ。おまえ、面白い男見つけたな――手を動かせよ」
「――あたしは、ヌエが『生き残る男』だから、一緒にいるわけじゃないわ。やーん、この人野性的って? ふざけないでよ、そういう頭が悪い女と一緒にしないでくれる。それに――」
「それに?」
「それに、普段のヌエは、ぜんぜんそんなんじゃないの、知ってるでしょ。草食なの、がっついてないの、淡泊なのよっ!……まだ、言わせる気?」
「な、なんか、悪かったな」
アリシアは、丸めたシーツをダストボックスに投げ込んだ。
「でも、それじゃあ、アリーはあいつの一体どこに魅力を感じるっていうんだ? おまえの遺伝子は、なぜヌエを選んだ?」
「えらく、からんでくるわね……あんたにそれを説明する理由って、なんかある?」
カイトは、ポリカーボネートの大きな窓――スタッフが容体を観察するための――を拭きながら言った。
「隠すなよ、アリー。おれもあいつにはシビれるぜ。特にプレイ中のあいつは別物だ」
「プレイ」。ピクシードライバーたちは、『ハルシオン』の戦闘行動を「プレイ」と表現する。そうだ、今はトッププレーヤーのアリシアたちにとっても、最初はただのゲームだった。ただの疑似戦闘ゲーム。誰も死なず、誰も殺さない、ありふれたコンピューターゲームの筈だった。
「あいつは遺伝子に刻まれた、根っからの捕食者だよ。アリー。あいつに興味を惹かれる理由が、他にあるか?」
カイトは、典型的な「T型人格」だ。Tはスリル《thrill》の頭文字。「新奇性追求者」と呼ばれる時もある。アリシアは単に「馬鹿」と呼んでいる。スカイダイビングとか、バイクとかスノースポーツとか、エクストリーム系のビデオクリップで、よくこの手の「馬鹿」を見かける。
恐怖で手が震えてるのに、すごく楽しそうにしてる連中だ。




