ちゃんとした軍人、ちゃんとした人間
米軍部隊の出張駐留基地は、しっかりした建築物で構成されているわけではなく、トレーラーや特殊車両のコンボイだった。設置も簡単だが、撤収もおそらく二時間もあれば可能だろう。
『ハルシオン』と同じ理由で、防疫キャンプの患者に心理的な圧迫感を与えないため、丘の頂にあるキャンプからは離れて、裾野の辺りに設置されていた。キャンプからは思った以上に距離がある。もちろんUGV9の速力であれば、お茶を一服する間、くらいの距離ではあったが。
電力は、風車から供給を受けていた。その他の物資は空中投下だ。今日、ネイサン・ミラー中尉が自分のトレーラーハウスに戻ったのも、六時間後の物資回収ミッションを指揮する為だった。
実際のところ、駐留基地にミラー中尉の居場所はなかった。メカニックの知識は皆無だ。自動車どころか自転車を触っている時でさえ、自分が何をしているのか分かってはいない。機械が好きな事と、機械を整備できるという事は、まったく意味が違う。
戦史を学んだけれど、実際の部隊運用や戦闘については、まったくの素人で、ウィルソン一等軍曹に頼るしかなかった。
現在のシフト担当は『ハルシオン』なので、待機状態にない二台のUGV9は、部分解体され、整備を受けていた。
【スプリガン】とは、宝の埋蔵地を守る、巨人の姿をした醜悪で凶暴な妖精だ。第五世代戦車の基準となった機体は、いち早くCATIAデータを公開した【ピクシー】だった為、その後に同様の思想で開発された機体は、それに倣って、妖精の名前を与えられる傾向がある。
たいへん悪趣味だとミラー中尉は思うが、まあ軍関係者の遊び心みたいなものだ。実害はない。
UGV9は、全高、全長とも【ピクシー】の1.5倍ほど、先進国の主力戦車からすれば半分くらいだ。それでも第五世代戦車としては、重量級になる。
整備の為に装甲を取り外されたUGV9は、展示場のスケルトンのように内部構造を露わにしていた。
H型カーボンフレームは、二個セット合計八輪の車輪にバランサで荷重を振り分け、懸架されている。タイヤはそれ自体が螺旋状に配置された小さな円筒タイヤの集合体で、この螺旋状タイヤをスクリューのようにコントロールすることで、ステアリング装置なしでの旋回を実現していた。
並んだタイヤを同方向で回転させれば進み、逆方向に回転させればスライドする。その組み合わせで、回転も、微妙な方向転換も可能だ。
砲塔も、【ピクシー】と同じオーバーヘッド型だが、UGV9の砲塔は、浅い円筒形のカバーで覆われ、より兵器らしかった。
対戦車ミサイルの発射管が露出され、ノートパソコンを繋いでの動作チェックが、実施されていた。メカニックに混じってその作業を行っているのは、ウィルソン一等軍曹だった。
ウィルソン一等軍曹は、アフリカ系のアメリカ人で、生真面目な二十代の若者だった。おそらく趣味は読書で、愛読書は聖書だ。それは想像に過ぎないが。神父とか牧師とか、聖職者っぽい顔立ちだった。
作業を眺めているミラー中尉に気付き、立ち上がって敬礼をした。
ミラー中尉は、こういう軍隊の慣例になじめない。というより、馬鹿馬鹿しいと思っていた。
「作業に戻ってくれ、邪魔をするつもりはないんだ。軍曹」
軍曹が行っているのは、シーカーのチェックだ。画像のパターン認識や、熱源への感度をチェックしている。最新の兵器も、保守が無ければ能力を発揮することはできない。
その様子を眺めながら、ミラー中尉は、以前から聞いてみたかった質問をした。
「君は、知っていたのか?」
ウィルソン軍曹の手が止まった。どのように返事すべきか、思案しているようだった。ということは、知っていたのだ。
「防疫体制のことでしょうか?」
「やはり、知っていたんだな」
考えてみれば、当たり前のことだ。根拠を説明せずに実行させることなど、不可能な内容だった。
「ええ、ここへ派遣される前から。というより、それこそが本当の任務なんです、中尉。わたしはあなたには知らせるべきではないと、思っていました」
「どうして?」
「あなたには耐えられないと思ったからです。ミラー中尉」
ウィルソン一等軍曹は、ノートパソコンから顔を上げた。べつにミラー中尉を軽く見ているわけではなさそうだった。気遣っている表情に、ミラー中尉は、自分が年寄になってしまったような錯覚を覚えた。
「わたしが腑抜けの文官軍人だからかい?」
「いいえ。違います……あなたが、ちゃんとした人間に見えたからです」
ちゃんとした人間、という言葉の意味を、ミラー中尉は考えた。ちゃんとする、という言葉は難しいい。ちゃんとしていない人間というのは、慣用的に使う。だらしない人間、自分を律することが出来ない人間、約束を守れない人間、あるいは履行すべき責務を果たせない人間。
「きみは違うのか? わたしには、君の方がちゃんとした軍人に見えるが?」
「そう、わたしは軍人です。人が顔を背ける類の出来事が、わたしの本分です。そういう意味では、ちゃんとした軍人と言えます。ちゃんとした『人間』は、軍人のようには振る舞いません。求められる機能が違うんです」
ウィルソン一等軍曹の言葉は、年寄を気遣うような思いやりに溢れていた。どうやら、軍曹はミラー中尉を元気づけてくれているようだった。
どうして、そんなに気遣ってくれるのだろう? と考えて、ミラー中尉は理由に思い当たった。
防疫キャンプに赴任してすぐの事だった。
荷ほどきに疲れたミラー中尉は、気分転換の為に居住トレーラーを出て、散歩に出かけた。
散歩の途中で、ウィルソン一等軍曹が携帯電話で口論している場面に出くわした。相手を確認は出来なかったが、雰囲気は緊迫していて、深刻だった。
放っておけないので、事情を尋ねた。
なんでも、幼い娘が病気で、奥さんがパニック気味なんだそうだ。難度の高い手術を控えていた為、不安で、ナーバスになっている。口論の相手は奥さんだった。
それ以上、理由を聞く必要はなかった。ミラー中尉は自分の家族を持たないけれど、それだけに、家族はなによりも大事にされて然るべきものだ、と理解していた。もちろん優先順位は任務より上だ。
すぐに長期休暇を取るように命じた。必要な根拠、書類は、全部ミラー中尉が準備した。もちろん彼のキャリアに傷がつかないよう、十分な配慮をした。
そう言えば、そういう事があった。もしかしたら軍曹は、ミラー中尉に恩義を感じているのかもしれない。
「……正しいことだと思うかい?」
「正しいかどうかは問題ではありません。必要なのか、どうか、と考えました」
どうやらこの青年は、ちゃんとした軍人であると同時に、ちゃんとした人間でもあるようだった。
「そのくらいにして一杯やらないか?」
勤務中だが、少々のシフト変更は問題ないと思った。本国からは遠い場所だ。ウィルソン軍曹は部下の信頼も厚い。べつに告げ口する人間もいないだろう。
「いいですよ、付き合いましょう」
と、ウィルソン軍曹は笑った。生真面目な軍曹の笑みは、少年のようにあどけなかった。




