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そんなのもったいなさすぎる

「う~ん……最初に見たのは、コディに話しかけているところ、ぜったい危ない人だと思った」

「いや、それ危ない人だよ」


 アリシアは思わず、日本のコメディアンみたいにつっこん(・・・・)でしまう。


「次に見たのは、ロボットの首を撫でてやっているところ」


 首? どの部分が首? とアリシアは思ったけれど、話の腰を折らないように余計なことは言わなかった。


「他に人がいたら絶対にしないんだけど、誰も人がいない時は、そういうことをしてるの」

「それで、その……」


 ……いったい、どこをを好きになったの?


「ほんとは、寂しい人なのかなぁって」


 まあ、それはたぶんそうなんだろうけど。「寂しい」の意味がちょっと違うと思う。


「わけがわからなくて、近寄らない方がいいと思ってた」

「そうよ。その方が安全よ」

「でも、どうしても納得できなくて聞いてみたの。見てたのか? って驚いてたけど、秘密だぞって教えてくれた」


 レヴィーンは微笑んだ。

 やっばい、この子。カワイイ。なにとは言えないけど、なんか持っていかれそうだ。飛び道具だ。


ロボット(コディ)のプロセッサの一部には、犬の脳組織が使われてるんだって。あんな形だけど、コディはワンちゃんなの。あ、いけない。アリー、これは秘密の話よ」


 いい話なのかも知れないけれど、アリシアは複雑な気分だった。

 兵器に犬の脳とか……。


「可哀想な子なんだって言ってた。コディは自分が犬っていう自覚はないのよ。考えるのはあくまでプロセッサで、脳の部分は群れへの帰属意識とか、仲間を保護する本能とか、危機への反応とか、そういう機械には理解できない、ヒューリスティックな部分だけが利用されてるんだって。廃棄されかけていたのをイツキが助けたの。アリー、「ヒューリスティック」ってなに?」

「知らないわよ」


 ヒューリスティックとは、ロジックに頼らず、正解ではないけれど、正解に近い近似値を得る、生き物特有の簡便な状況判断のことだ。ほんとは知ってるけど、ちょっとめんどくさかった。


「ふーん、いいとこあるじゃない」


 レヴィーンは完全に恋する乙女だった。

 それにたぶん、イツキも、もうすでに嵌まってる。でないと、会ってくれない女を、日に何度も尋ねたりはしない。

 ふぅぅうん。とアリシアは思う。

 ふぅうん、なんか、ムカつく。

 アリシアは、ちょっとだけ、レヴィーンをからかいたくなった。


「ずっとイツキの面会を断ってるって聞いたんだけど?」


 レヴィーンの表情から華やいだ様子が消え、花がしおれるように顔を伏せてしまった。

 ちょっと後悔した。余計なこと言うんじゃなかった。

 けれどサディスティックな気分は収まらなかった。好き合っているんだから、くっついちゃえばいいのだ。誰にも遠慮なんかいらない。


 樹に会い辛いことについては、アリシアも気持ちがわからないでもない。アリシアでも、あんなことがあれば、とても普通ではいられない。

 でも、この子の場合は、自分とはちょっと、違うような気がした。これはアリシアの想像だけれど、この子は、自分なんかよりずっと、酷いものを見て来たんじゃないかと思っていた。

 それは、例えば、愛憎の感覚が、普通の人とは狂ってしまうくらいな、人には話せないなにか。

 そういう目をしていたし、そういう落ち着きがあった。


「なにを考えているか、当ててあげようか?」


 アリシアは意地悪に言って、おとがいの下に人差し指を当てた。もったいぶった考えるふりでレヴィーンの不安を誘うつもりだった。実際には、外骨格(XOS-5)がそういうポーズを取った。

 もう、何を話すかは決めていた。

 これは挑発だ。レヴィーンがどう考えているのかを知りたかった。


「怖いんでしょ。イツキは、もしかしたら、あなたの思っているような人間じゃないかもしれないし」

「……どういう意味?」

「もしかしたら、純潔にこだわる了見の狭い最低のクズで、もう、あなたには関心をなくしているかも」


 がたんっと激しく音をたてて、レヴィーンは立ち上がった。椅子は勢いよく背中側に倒れて転がった。レヴィーンの固く握った拳は、かすかに震えていた。


「イツキはそんな人じゃない……たとえアリーでも、そんなことを言うのは許さない」


 あらら、この子、ほんとの本気だわ。


「冗談よ。そんな男なら毎日何度も会いに来るわけないでしょ。たぶん、そっとしておくだけのデリカシーが足りないんでしょうね。座りなさい」


 レヴィーンはすぐに機嫌を直して、アリシアは、次は樹に会ってあげるよう、約束をさせた。

 あんな鈍感でも、イツキは傷ついているだろうし、変な誤解でおかしなことになったら、そんなの本当に理不尽だ。


 だって、お互いにお互いのことを好きになる、という出来事でさえ、そんなごろごろと転がってはいない、一種の奇跡みたいな事柄なんだから。

 すれ違ってしまうなんて、そんなのはもったいなさすぎる。


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