降り積もる罪悪感
ミラー中尉が追ってくる様子は、気配で分かっていた。
「待ってくれ、イツキ!」
部屋に戻る途中の通路だ。ミラー中尉は小走りにやって来て、樹の背中を軽く叩いた。ミラー中尉は、気さくで垣根のない男だった。
どんなに頑張っても、樹はミラー中尉のようにはなれない。たぶん、遺伝子も違うし、分子的な組成も違う。異星人のようだけれど、樹にとってはうらやましい存在だった。
「相変わらずの仏頂面だな、イツキ。まるで世界の不幸の全てを背負っているみたいだぞ」
「これは――単なる顔だ。べつに不機嫌なわけじゃないよ。どうしたんだい、ミラー中尉」
「きみが心配でついてきたんだ」
「ぼくが? なぜ?」
樹は、しばらく、ミラー中尉の言っている意味を考えた。ミラー中尉が樹を心配してくれる理由だ。
もしかして、ぼくはすごく傷ついた顔をしていたのか?
それとも病気っぽかった?
「……イツキ。きみは今、顔をしかめたぞ」
「いや、考えていただけだよ」
「いろいろあったからな。わたしでもあんな事があれば、落ち込む」
ミラー中尉は、本当にいい奴だ。
樹は、笑みをもらした。ミラー中尉の驚く様子が伝わった。笑顔が珍しかったようだ。
「……落ち込んでいるように見えたかい? そうだね、落ち込んでる。 でも、ミラー中尉もあまり元気には見えない、なにかあった?」
「思ったより……よく見てるな。きみは他人のことには、あまり関心がないのかと思っていた」
「ずいぶんだな。ちょっと傷つく」
「ああ、すまない……確かにそうなんだ……気がかりはあるんだが……話せない。相談したい所なんだがね」
ミラー中尉の様子は、少しおかしかった。
樹は、カマをかけてみることにした。ミラー中尉を騙すようで忍びないけれど、こういった情報を引き出すのが、樹の仕事だ。
「安全保障上の秘密かい?」
ミラー中尉の表情が強張った。心臓を掴まれたような顔だった。
「な……なんのことだ、イツキ?」
ミラー中尉は、嘘がつけない人間だった。罪悪感が、また一つ、樹の心に降り積もった。
「冗談だよ、ミラー中尉。座ろう、コーヒーでもどうだい。こっちだ」
樹は、エアロックの近く、レヴィーンが傷の手当てをしてくれた通路にミラー中尉を案内した。
壁際のスイッチに手をかざし、室内灯を点灯する。このキャンプの電気製品は、ともかく手を触れずに操作するようになっていた。感染の可能性を少しでも減らす処置だ。
「座るといい。ちょっと待って、まだあったかな……あった」
資材の棚をあさると、日本製の缶コーヒーがあった。周期的に地震に襲われる日本らしい災害準備物資で、底側のタブをひねると過熱が始まるようになっている。キャンプのコーヒーメーカーより味はずっといい。




