たぶん、懲罰だ
「彼ら、様子がおかしいよ。もうキャンプが近いのに」
唯斗が言う通り、もう一般人の難民キャンプまで距離がない。なのに、彼らこと、米軍の軽機動戦闘車部隊は速度を緩める様子がなかった。
アリシアたちよりも先行し、自警団の戦闘車両にくらいついている。
アリシアたちは、クルド人自治組織とイスラム過激派の停戦による緩衝地帯を維持する為、シリア東方に展開する、国際連合イラク領クルディスタン・ミッションUNMIIK (United Nations Mission in Iraqi Kurdistan)の一部として活動している。
ただし事情があって、人権保護団体である、アリシアたち『ハルシオン』が配備されているのは、トルコ側、シリア国境の難民キャンプだった。
感染症対策スペシャリストとして派遣されたアメリカ人達と一緒に、難民キャンプのはずれに位置する『ハタイ脳炎』 防疫キャンプを警備している。
米軍派遣部隊の装備は、アリーたちと同じ、第五世代戦車だ。走輪機動、対戦車ミサイル、軽装甲、無人化――とはいっても、彼らの操るUGV9は、重量で言えば、アリーたちが操る【ピクシー】の四倍はある。
砲を備えていないだけで、装備も主力戦車なみに充実している。もちろん電子戦装備も含めて。
いつもであれば、装備といい兵士の練度といい、アリシアにとっては頼りになる連中なのだけれど、今回はちょっと……彼らは頭にきているみたいだった。目の前でスタッフの少年を殺害されたからかも知れない。
誰かを殺害すると、トルコ当局の捜査が入るので、自警団の連中も必死だった。なんとか逃げ切って、実行に加わったのが誰なのか、曖昧にしてしまわなければいけない。現行犯で逮捕されるわけにはいかない、という判断だろう。
逃がして、なにもなかったような顔で、またこんなことを繰り返させるわけにはいかない。そういう、米軍部隊の気持ちも、わからないでもなかった。
『ハルシオン』がそれを命じて、文明人としての教育がそれを許すのなら、とっくにアリシアが殺している。出来ないのが腹立たしいくらいだ。
『ミラー中尉は応答しない、回線を閉じてる』と、キオミが言った。
ネイサン・ミラー中尉は、米軍の作戦指揮官だ。厳密に尉官なのか准士官なのかは知らないけれど、中尉の愛称で通っている。
熱心で真面目な男だけれど、アリシアの目から見ても経験不足の感はいなめない。おそらく叩き上げの軍人ではない。戦場で生き残る兵士のしたたかさは、ミラー中尉には無かった。
『もしかしたらこのまま強行して追うつもりかも』
キオミが感情の薄い声で言うと同時に、アリシアの視覚野に警告が表示される。赤外線領域の不可視レーザーによる地形走査の検出。
なんてこと、こいつら、難民キャンプの目の前で、対戦車ミサイルをお見舞いするつもりだ。
「シーカー起動」
唯斗の声が、チームに攻撃の準備を伝えた。それはチームリーダーであるアリシアの仕事だ。アリシアが行動指示不可能な状態に陥らないかぎり、サブリーダーである唯斗に権限はない。
「ちょ、ちょっとヌエ、リーダーはあたしよ」
なに勝手なことしてくれてんのよ。友軍を攻撃するつもりなの?
「アリーは黙ってた方がいい。戦績が落ちる。これは、ぼくの勝手な行動だ」
確信犯だった。気遣いをしているつもりなのかもしれないけれど、リーダーはアリシアだ。逸脱するか、服従するかは自分自身で決める。
『ヌエ! 許可できない! やめて』
珍しく、キオミが声を荒げた。キオミのこんな様子、アリシアは今まで見たことがない。
ちょっと怪しいのだけれど、キオミは、唯斗をどこか特別扱いしている。まあ、確かに唯斗は母性をくすぐるところがある。年上の女としては、いろいろ世話を焼くかもしれない。それだけだったら、べつにいいんだけど。
「本気なの? ヌエ!」
アリシアの問いかけに、唯斗は、すました声で答えた。
「やらないとたくさん怪我人が出る。引き算より簡単だ。なにか、おかしい?」
たぶん唯斗に逸脱しているつもりはない。唯斗にとっては、判断に苦しむ必要のない、自明の事柄なのだろう。いい加減慣れた。頭がおかしいと感じたのは最初だけだ。
ああ、もう!
「走輪を狙って! なるべく壊さないでよ……高そうだから」
アリシアは、やけくそでオーダーをした。
ピクシードライバーたちの嬉しそうな「了解」が聞こえた。最初からやる気まんまんだ。こいつらみんな、どこかがおかしい。
キオミがなにか抗議していたけれど、誰の耳にも入ってなかった。
頭が痛かった……たぶん、懲罰だ。