人道主義者の軍隊
すでに投稿済の作品『バルバロイ』の続編です。
登場人物等も一部同じですので、よければ、『バルバロイ』から先にご賞味下さると、分かりやすいかと思います。
単独でも愉しめるように工夫はいたしました。
スピンアウト作品『ハルシオン』もよろしくお願いいたします。
感想をいただけると、大変うれしいです。
(アルファポリスと重複投稿です)
難民キャンプ自警団の連中は、様々な型式の軽戦闘車両を使っている。それらの車両は、イスラム過激派やトルコ正規軍が敗走するたびに放置してゆく半壊車両を修理したものだ。
その独創的なデザインに、アリシアは、大したものね、と、ちょっとした感動を覚える。
追跡の最中、それも戦闘行動の真っ只中で、いささか不謹慎ではあるのだけれど、アリシアは、それらの車両に半ば目を奪われていた。
車両たちは、一度は行動不能に陥った物なので、ドアがなかったり、屋根がなかったり、荷台のかわりに木箱がくっついていたりする。
タイヤが、四つとも違っていたりもする。
車種もさまざまだ。AMGとかトヨタとか、メルセデス他いろいろ。もとは国連平和維持軍――これは白いペンキが残っているのでわかる、UNのでっかい黒文字も、かろうじて読み取れる――やトルコ、イラクの装備だったに違いない。
これらの車輌はそれぞれのエキサイティングなドラマをたどって、こうしてめでたく、軍隊気取りのならず者に愛用されることとなったのだ。
ロマンがある、と言えば、まあそう言えないこともない。
自作の銃座とか、鉄板をガスで切断した追加装甲とか……。
「すっごい……芸術的じゃない?」
「ぷぷ。マッドマックスみたいってこと?」
からかうようにチャーリーが応答した。小馬鹿にした態度だけれど、チャーリーはどんな時でもだいたいこんな感じだ。
そもそも、<Charles Manson>は、妊娠した女優を惨殺した、頭のおかしい宗教家の名前だ。アリシアの感覚で言えば、不謹慎な事この上ない。
「マッド……なにそれ?」
「ちぇっ、リア充は物を知らないんだから」と、チャーリーが言う。
アリシアはイラっとした。なんであんたみたいな性格破綻者に、常識をどうのこうの言われなくちゃいけないのよ。
「だからマッドマックスってなによ⁉」
会話に割って入ったヌエ――登録IDではない本当の名前は唯斗――が、面白くもなさそうに言った。
「映画だよ。前世紀の映画。世紀末の象徴。前に一緒に見ただろアリー。V8スーパーチャージャー」
「ああ! あれのこと……なるほどね」
速力も中々のものだった。アリシアたちが遠隔操作する戦闘機動車両【ピクシー】は、防御能力を捨てて、機動性に特化した戦闘車両なのに、油断したらこれらの骨董品に置いて行かれそうになる。
なんと言っても、この岩だらけの丘陵は彼らのホームグラウンドだ。アリシアたちは、しょせん、よそ者だった。
【ピクシー】の電子制御されたタイヤは、突起に引っかかったり、つっかえたりしているのに、彼らが運転する戦闘車両の粗雑な懸架装置は、しなやかに岩肌をつかみ、力強くギャップを飛び越えていた。
以前から思っていたけれど、GPSや3DMAP、衛星画像、支援AIのナビゲーション、そういったハイテク機器は、本当の事を言うと、戦場を表現するには足りない。
「暴力」はそもそも、コンピューターではなく、人間に特有の現象だから。
「なあ、きりがないぜこれ、日本語では『いたちごっこ』とかいうの?」
いつものように、最初にぶーたれたのはトラッシュだった。
まあ、トラッシュが文句を言うのも、もっともね。と、アリシアはため息をつく。
自警団と言えば聞こえはいいけれど、半分以上は、トルコ政府の手厚い保護の上にあぐらをかいた無法者だ。
援助物資で腹を満たしてから、病人を相手に略奪行為なんて、節操がないにも程がある。
エネルギーが余っているのなら、トルコかイラクの都市で働けばいいのだ。どちらの政府もそれを勧めている。難民キャンプは支援を飲み込むブラックホールみたいな物で、経済効果を産むことがない。
世界中が、ほとほと困り果てているのだ。働けば世間の役に立って、無駄飯喰らいなんて呼ばれたりしない。ついでに金を使えば、世界経済が潤う。
最初は、『ハタイ脳炎』に対する恐怖心からの、襲撃だったのかもしれない。
でも、いつの間にか恐怖はマヒしてしまって――たぶん、感染性に対する知識がついたせいもある――今では、 疫病対策キャンプの物資をかすめ取るだけの寄生虫だ。
ひどい時には女性医療スタッフをさらっていったりする。殺すとトルコ政府の捜査が入るので、さんざんなぶり者にして、飽きたら荒野に置き去りにする。
殺しても、アリシアの良心はべつに痛まない種類の連中だった。
『彼らの両親たちは、こういった暴力に嫌気がさして難民になった筈』
作戦オペレーターのキオミが、感情の薄い声で言った。たぶん、心を痛めての発言だろう、とアリシアは推測するのだけれど、正直なところ、声のトーンではあまりよくわからない。
ただの感想だったのかも。
「一世代で、さっぱり忘れたみたいだな。なんだか微笑ましい光景じゃないか?」
カイトのこういうジョークはあまり好きになれない。なんていうか毒を感じる。まあカイトは性格が悪いので仕方がない。気分が悪いけれどとくに実害はないし、【ピクシー】の操縦に関して凄腕である事だけは間違いない。
トラッシュの言う通り、襲ってきたら追い払い、忘れた頃にまた襲われる、の繰り返しだ。
確かにきりが無かった。こちらの出方を探っている様子も腹が立つ。法的に出来るのであれば、アリシアのチームなら十五分で殲滅できる。場所を適切に選びさえすれば。
アリシアたちが操作する無人軽機動戦闘車両【ピクシー】は、四発の対戦車ミサイル【フランキスカ】と、二十ミリ口径のチェーン駆動機銃を備えている。
多目的榴弾筒には、非殺傷兵器としてゴムスタン弾が収まっているのだけれど、本来の武装を使用すれば、こんな連中を駆除するのは、ハエを叩くようなものだ。
黒く染めた布で顔を隠した兵士が、揺れる銃座にすがって、なかば車両から転落しかけながら銃撃の真似ごとをした。
旧式の軽機関銃だ。銃弾は【ピクシー】の装甲に火花を散らしただけで、あらぬ方向に飛んで行った。
【ピクシー】は、大型バイクの両サイドに補助輪を追加したようなレイアウトの、三トン少々しか重量がない超軽量級の戦闘車両だけれど、難民キャンプ自警団の武装ぐらいでは、傷をつけることさえ出来ない。
図に乗ってはいるけれど、連中は、見逃されているだけだ。
でも、時々忘れそうになるけれど、アリーたち『ハルシオン』は人道主義者の軍隊だ。
誰かを助けるために、誰かを皆殺しにしてもいいってことにはならない。
たとえ、相手が人の皮を被ったケダモノでも。