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一九六八年一月三十日1000

 ダナン戦区に点在する小部隊のコンバットベースが急襲された。

 同時多発で行なわれた攻撃は突撃に次ぐ突撃で、ラッパの音も高らかに押し寄せる敵の姿は、例の黒パジャマ、素足や古タイヤのサンダルに帽子姿のベトコンではなく、カーキ色の制服に鍔付き防暑ヘルメット姿の北ベトナム正規兵だった。

 数ヶ所のベースは、ほぼ全員が索敵に出払っていたため蹂躙され、居残っていた人々はほとんどがその場で殺され、軍医など役に立ちそうな者だけが縛り上げられ、拉致された。北の兵士たちは書類や食料などを手際よく回収すると、運べない物資や武器弾薬に火を放ち、素早く撤退して行った。


 救援が辿り着いた時には全てが手遅れだった。大小十個以上あったベースのうち四分の一余りが壊滅、他も無傷な所は無く何らかの損害を被った。


 イェーガーチームのベースは不幸中の幸い、ヘリの故障で戦闘員が二個小隊丸々残されていたため、勇猛果敢な中尉の指揮よろしく、およそ四倍すると推定された敵をほとんど損害なしで撃退した。中尉はそこで満足せず、一キロほど隣に位置するグリーンベレーのベースに群がっていた北の大隊を五十名で奇襲した。

 相手は北ベトナムの正規兵三百名。余りにも無謀な攻撃だったがそれが幸いした。北の指揮官は「イェーガー」の後方から救援が来ているに違いない、と判断し、指揮官先頭のドンキホーテ的な突撃に反撃することもなく、早々にコンバットベースの包囲を解いて退却して行った。


 戦闘終了後、中尉はグリーンベレーの隊長と固い握手を交わし無事を祝ったが、戦いはここで終わった訳ではない。

 北は続々と援軍を投入、この高地に点在する基地群を包囲する。テト攻勢に続くダナンの戦いはこの先数ヶ月に渡る海兵隊と特殊作戦部隊の試練となったが、これはまた別の物語である。


 この日。

 中尉の様に勝利の女神が微笑んだ者はごく少数で、それも北側の人間ばかりだった。精鋭部隊の策源地を粉砕する北の作戦は、中尉のちょっかいなどはあったものの、大成功を収めたと言ってよい。

 しかし北は、そのような火事場泥棒的な成功には満足せず、ずっと野心的だった。基地群の包囲を完成する一方、誘い出したイェーガーたちをも粉砕しようとしていたのだ。


 §


 イェーガーたちはハンガーステーションに辿り着いていた。

「だめです、やはり応答がありません」

「ラジオは受信出来ないか?」

 少尉の問いに、通信担当の伍長は肩を竦めると、

「時々音楽が受信出来ますが、米軍放送すら聞き取れません。ベースを呼び続けてみます」

 少尉は被りを振って、

「いや、五分待ってから再開しろ。向うは忙しいはずだからな」

「了解しました。」

 答えた伍長はタバコに火を点けた。

「多分、ベースが襲われましたね」

 先任軍曹もタバコを銜えながら遠くを見る様な目付きで、少し離れた所で跪き肩で息をしている従軍カメラマンの方を見た。少尉はそれには答えず、

「少しばかりここで居残りだな。敵襲に備え陣地を造る。采配は任せたぞ」

「はい、三日は『バス』を待てる様にしますよ。携行食料は二日分。今夜は蛇でも喰いますか?若い奴にはいい勉強になりますね」

 少尉は先任軍曹の肩をぽんと叩くと、分隊長の軍曹を呼び指示を伝える先任軍曹の声をバックにカメラマンに近寄る。その東洋人が顔を上げ少尉を見ると、

「少々きわどかったが、大丈夫か」

「ええ、何とか」

 カメラマンは泥に汚れた顔に笑みらしきものを浮かべる。

「そうか」

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「我々は孤立したのでしょうか?」

 すると少尉は肩を竦め、溜息混じりに呟くのだった。

「そいつはこっちが聞きたいね」


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