表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

一九六八年一月三十日0805

「後一分だ!」

 ヘリの立てるけたたましい騒音の中、ヘッドセットマイクに怒鳴る様に叫んだパイロットの中尉は、一面に生い茂る密林の樹頂を掠める様に飛んでいた機体をわずかに操作して、少し高度を稼いだ。すると視界が開け、直下を焼き畑の開墾地が過ぎ去り、その先に小さな集落が見えて来た。畑にも集落にも人影はない。住人たちとベトコンとの連携を恐れ疑う米軍が住人を強制疎開させていたからだ。

 しかしヘリの人々は注意を怠らず、その村や周囲の畑や空き地を監視している。副パイロットの左手は、最近になって装着された「新防護兵器」フレアーとチャフの発射装置のスイッチに置かれている。取り付けられて間もないそのミサイル妨害装置は、パイロットらの命を既に三度救っていた。


 やがてヘリは集落の先、小高い丘の頂きを僅かに下った小さな空き地に降下する。ヘリのスキッドが地面に触れるか触れない位に操作されると、機上運用長の曹長が、

「ゴーゴーゴー!」

と叫んで兵士たちを急かす。しかしその必要は全くなく、十一名が降りるのに十秒と掛からなかった。

 運用長が最後に降りる少尉に、

「グッドラック、サー」

 と声を掛けると、少尉は運用長のヘルメットを軽く叩き、左手の親指を立てて返礼しつつ飛び降りる。直後、ヘリは滑る様に空き地を離れ、再び樹高ぎりぎりの神経に堪える危険な飛行で去って行った。

 同時に百メートルほど離れた空き地に降りたブラボー分隊が周囲を警戒しつつやって来る。少尉はブラボーと共に来た分隊長の軍曹に、

「直ぐに離れるぞ。掛かれ」

 と言葉少なく命じると、傍らでカメラを構えて仕事を始めていた日本人に、

「行くぞ。もう一度言っとく。命の保証はせんし、遅れても待たない」

「イエス、サー」

 そのカメラマンはベトナムに来て三ヶ月、これが五度目の最前線取材だった。


 斥候役の伍長を先頭に、アルファ、ブラボーの両分隊員が続いてジャングルへと入って行く。

 総勢二十四名の「イェーガー」たちは、先頭の伍長から十メートル後方に二名の隊員、更にその後方十メートルから残りのアルファ隊員が続き、再び十メートル空けてブラボー、後詰めの四名はブラボー最後尾から五十メートル後方を警戒しつつ進んでいた。


 少尉は副指揮官の先任軍曹と並んでアルファの真ん中を行く。その隊形のままおよそ二十分進んだ所で先頭の伍長が止まった。

 少尉は先任軍曹とカメラマンを伴い、待機する分隊を越えて斥候の伍長を手招きした。乾季とはいえ蒸し暑いジャングルは、この先、村人たちが通って出来た踏み分け道も終わり、下生えが鬱蒼と繁る未開地となっている。


「ガニー(先任軍曹)。意見は?」

 少尉が尋ねる。

「先程お伝えした通りです。敵の気配は全くありません。どうも嫌な感じがしますね」

「情報ではこの先五キロほどの地点で敵が昼間待機をしているはずだ」

 まだ二十代中頃だが十歳は老けて見える少尉が重ねて聞くと、

「情報が間違っているかも知れないとは思いませんか?」

 少尉は頷くと、これは斥候に、

「おい、伍長。ここまでで何か感じるところはあるか?」

「いいえ少尉。この道はここ一ヶ月誰も歩いちゃいませんね。次のR&R(休暇)を賭けたっていいすよ」

 先任軍曹がしたり顔で少尉を見ると、少尉は一つ頷き、

「戻ろう」


 そして、即決した少尉が指示を出そうと振り返った時だった。

 先任軍曹が突然少尉の袖を引き、緊迫した声で、

「直ぐにここを離れましょう、道から離れるんです。こいつは罠です」

 ベトナムで三年生き延びた軍曹の警告は絶対だった。

 少尉は咄嗟に両手をメガホンの形にすると、後ろに向かって、

「道から離れて散開しろ!敵だ!」

 直後にいたアルファ分隊員の反応も素早かった。待機から行動の変化は瞬時で、分隊員は思い思いに左右に散り、踏み分け道から密林に三十メートルは入り込んで伏せた。アルファの反応を見たブラボーも少尉の声を捕らえると、同じ様に散った。


 一分が経過。そして二分。

 静まり返ったジャングルの中。おなじみの虫や鳥の声が聞こえないことが軍曹の六感が正しいことを示す。更に三分経過。

「シット!何も起こらないじゃないか?」

 伏せていたアルファで一番経験の浅い兵士が悪態を吐いた時。

 ドーン。

 遠くで雷の落ちた様な音がすると、直ぐにシュルシュルという一度聴いたら絶対に忘れられない恐怖の音が降って来た。

 ドカーン!

 ちょうど踏み分け道の、先程までブラボー分隊がいた辺りで爆発が起きる。伏せた兵士たちに土くれや植物の千切れた破片が盛大に降り注いだ。直ぐに遠雷の様な音が連続して起き、シュルシュル、ドカーン、と連続して爆発が発生し、その後の長い二分間、合計十二発の榴弾が彼らの周囲に降り注いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ