一九六八年一月三十一日0600
「おい、大丈夫か?」
カメラマンがはっと目覚めると同時に、パタパタという轟音と旋風にみまわれる。チヌーク(大型ヘリ)だった。
カメラマンが目を開き、驚いて飛び起きるのを見た米軍兵士が、親指を上げてニヤリ笑った。
運用員が油断なく構えた機載機関銃は用無しだった。チヌークは僅か2分で「ポイント」を離れ、カメラマンは4分後に機長の後ろの座席で保温ポットのネスカフェを味わっていた。
「運が良かったな」
インターカムで語りかけた機長は、四十になる大尉で輸送ヘリのベテランパイロットだった。
「助かりました。ありがとうございます」
カメラマンがほっと息を吐くと、機長も相槌を打ち、
「ベースでバーボンくらいおごってくれても、罰は当たらないかもな」
「おごらせてください」
「ところで」
機長は数分後に改まって、
「ダナンのマリンベースは地獄になった。北の正規軍が襲って来たんだ。知っていたか?」
「人伝えに」
「お前さんが付いていったチームは全滅したらしいな」
そしてやや険しい声になると、
「どうやって脱出した?」
「分かりません。本当に分からないんです」
カメラマンはとぼけた。
「まあ、この後こってり憲兵やらCIAやらがお前さんを絞り上げるだろう。覚悟しとくんだな」
カメラマンは神妙に、
「そうでしょうね。仕方がないと思います。でも思い出せないんですよ。夜になって、敵に襲われて……そのあとが」
「たまにそういうこともあるな。俺が助けた連中の中にも戦闘中のことがすっかり記憶から抜けちまった奴もいたから」
そして続けて、
「そういえば先日、ウチのマリン(海兵)がバケモノに出くわしたらしいな。レコン(偵察隊)が二つやられた。生存者はなし。五十人が敵に一発も撃たずにくたばっていた。遺体には弾痕はなかったが、四肢がちぎれた奴もいたそうで、最初に収容した三人を解剖したところ、死因はナイフによる失血死、鈍器による撲殺、銃の負い皮による絞殺、だそうだ。あらゆる死因のオンパレードだとさ」
カメラマンは表情を変えずに、
「そいつはミステリーですね」
「静かに仲間同士殺し合ったとしか思えない、とか言う医者もいたそうだ。ま、お前さんには関係のない話だ」
機長はその後、むっつりと黙り込んでしまった。