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二〇〇一年八月・栃木県某所


 歴史は、時として己の炎で自らも焼いてしまうような熱い男女で造られるものだ

 開高 健

 やあ、君がそうか…… ああ、済まないね、一枚撮らせて頂いた。これも用心のためでね。


 それにしても、良く探し出したな。アレに繋がる痕跡は消し去ったはずだが。

 え?写真を見た?裏にサインがあった、と。

 そうか。私も若かったからな。迂闊だったね。どれ?ああ、これね……

 うん、懐かしいねえ。こいつは六十九年にハーグの国際報道写真展に出したうちの一枚だ。あの年はほかの一枚で二位を獲ったんだがね。


 うん。あの後、私は目立たぬように生きて来た。周囲には充分気を配ってね。

 とは言うものの、私が臆病過ぎるのかも知れないがね。会いに来たのは君が最初なんだから……


 勿論、私の気付かない間に監視や盗聴されているのかも知れないがね。一応、ここはセキュリティの専門家に確かめて貰ってる。盗聴器を仕掛けられたことはないし、周辺におかしな人物が立入った形跡もない。

 君も限られた人間しか知らないプライベートな電話に連絡を寄越すなどと言う手段で私に接近を図った。これがとんでもないことだと理解している。

 話は早い。こんなことに足を突っ込むんじゃないよ。止めたほうがいい。

 私が知る限り、アレを知っている人間は不幸な死に方をするか、行方不明になっている。

 え?それはおっかないさ。私だってまだまだやりたいことがあるんだ。


 アボリジニを知っているかな?そう、オーストラリアの原住民さ。


 彼らが住んでいるあの大陸、西部の乾燥地帯にね、それはきれいな花が咲くんだ。

 白い、クロッカスのような花でね。あの辺りは実に過酷な土地柄で、潅木が疎らに生えていて、落雷で野火が点いて焼け野原になったりもする。

 でも、それが自然の自浄作用ってやつでね。すっかり焼けた下草や丸坊主の焦げた木から新芽が芽吹くんだ。白い花もその黒い大地に可憐に咲く。それは美しい光景だそうだ。うん、そいつを撮ってみたいのさ。


 ああ。煙に巻こうとしている訳ではないよ、君が何を望んでいるのか、ちゃんと理解はしている。アレの話だね?

 まあ、見つかってしまったものは仕方がない。君は自分がジャーナリストの一員だと自覚しているかね?覚悟はあるのか?


 そうか、ならいい。私もジャーナリストの端くれだったからね。君の思いは、そう、多少は理解出来る。


 だがね。こいつを公にするのはどうかな?色々な所で火を噴くだろう。

 まさかそいつを楽しみにしているのかい?

 ん?そうではない?

 まあ、こいつは実際、誰も信じてくれない与太話にしか聞こえないだろうがね。

 ああ、煙草を吸ってもいいかな?ありがとう。さて……

 

 あれは六十八年のテト攻勢、私はUPIやAP、タイムやライフのサイゴン支局に一枚十ドル、よくても二十ドル前後でネガを売るストリンガーだった。

 え?ストリンガー?フリーのコンバットフォトグラファーをそう呼んだんだよ。

 組織には属せず、『決定的瞬間』とやらを狙う一発屋さ。

 あの戦争はカメラマンにとってのゴールドラッシュみたいなもんだった。無名の新人が一枚の写真でスターになる。ああ、無論キャパやサワダみたいなスターとは違うさ。私はタイゾウ・イチノセのような熱意もなかったがね。

 ただ、自分に自惚れていただけだよ。日本にいても碌なことはなかったからね。そうさ、刺激が欲しかった。


 あの時ベトナムに行かなかったら、私は大学八年生くらいになって、ヘルメットとタオルで身を固め、ゲバ棒担いていたことだろうよ。

 あんなものとは訳が違うんだ。

 ベトナムは地獄だったよ。私が望んでいた世界ではなく、文字通りの地獄でね。

 そう。あそこでアレを見たんだ。文字通りの地獄であの悪魔をね。


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