旅立ち
「本当に出て行くの?」
「ああ、一度外の世界を見てみたいんだ。この国が本当にマシなのか、あの国王が言っていたことは本当なのか見極めたいんだ。何も知らないで反論するなんて出来ないだろ?」
そう言って苦笑いを浮かべる男を女性がただただ心配そうに見つめていた。そして、ため息をつくと笑みを浮かべて男に別れを告げる。
「決意は固まっているようね。国の英雄とまで呼ばれ、上げた戦果は幾千にも及ぶ。けれども、無血で全ての戦場を駆け巡ってきた。”紅蓮の国家魔術師”紅 煉。あなたがいなくなるとこの国も寂しくなるわね」
「俺がいなくてもこの国の国家魔術師はいっぱいいる。それこそ俺よりも強い奴がいっぱいな。だから、安心してこの国から出ていける。頑張って生き延びろよ、橘 舞。この国の闇は大きく強大だ」
ええ、と返事を返すと二人は握手を交わした。これが今生の別れではないということを知っているかのように多くのことは語らない。煉は門に停まっていた竜車に乗り込むと再び舞を見て、手を振る。それに舞も手を振って返す。
煉の旅はここから始まった。
「行ってしまいましたな。お嬢様」
「本当ね。結局、私の想いに気付きながらもこうなることを知っていたから彼も好きということを言ってくれなかったのね。はぁ、待つ身になるとは思わなかったなー」
「お嬢様、やるべきことは多くあります。すぐにその時は来ますよ」
「そうね。彼が変えたいと思っていたこの国を必ず変えてみせるわ」
舞と執事が国の王城を見つめて決意を新たにする。廃れたこの国に残された運命は滅びだけである。飢餓、貧困、疫病が蔓延して国は疲弊しており滅びまでカウントダウンが始まっていた。
この世界は不条理に満ち溢れている。何かを得るためには何を代償にしなければならない。お金を得るためには時間と労力を。物が欲しければお金を。代償を差し出すことで対価を得ることが出来る。それが、世の中の常識であり、当たり前のことである。だが、この国はその全てを否定した。
才が無ければ何も得ることが叶わない。どれだけ努力をしてもどれだけ時間を費やしたとしても魔法の才能が無ければ見合った対価を得ることが出来ず、貧しさから飢餓に苦しむ。逆に少しでも魔法の才能があれば圧倒的なまでの財を得ることが出来る。しかし、満足な財を得ると同時に戦地での命の危険が付きまとう。まさに不条理である。どちらの道であったとしても幸せへの道はない。
貧しくても心は貧しくなってはいけない。偉い人は言うが、貧しさの限度が度を超えている。食うのに困るほどの貧しさに国の8割が陥っている。そのような状況で心まで貧しくなるなという方が難しい話である。
魔法という一人握りの才能ある者ですら戦地で付きまとってくる死から心が壊れてしまう。どれだけ戦果を上げても、どれだけ人を殺しても後ろから迫ってくる死。それにより、心が壊れる。
もう、この国は終わりなのかもしれない。
国家―――ニヴルヘイム。100年も前は潤っていた国であり、世界でも有数の経済大国として名を挙げていた。だが、王が変わり、大臣が変わっていき、国が変わった。今までは強き者が弱き者を助けるという心があった国であった。だが、魔法に心を魅入られ、魔法のみを追求していった国は少しずつ綻び、滅んでいった。
「まさか紅蓮の魔術師がこの国からいなくなるとはね。Sランクの国家魔術師はニヴルヘイムにおいてたった4人しかいなかった。それが今や3人か。戦が始まったらと考えると・・・。はぁ、ため息しか出ないね」
「陛下、まだ我々がいます。Sランク国家魔術師が3人もいれば一国を落とすことが可能です」
「そうだよねー。君達は優秀だ。優秀すぎる。けど、それじゃダメなんだよ。争いの火種なんかもういらないんだよ。それでは、この国の闇を拭えない。強者が弱者を食い物にしてるこの国の実情知らない訳じゃないでしょ?」
「はっ! しかし、強者といえども命を危険に晒しています。どちらの立場も生きていくには厳しいかと思われます」
「そこなんだよね。何でこの国はここまで命が隣に付きまとうのか。まるで、何かに裏で操られているように思わない?」
「何かとは?」
「30年前、魔法に魅入られた一人の大臣がいた。魔法を極めんと人の道を外れた行いまでして魔法を研究し続けた。そして、一つの転換を向かえる。魔法の始祖に行き当たったんだ。それが何かは分からない。だが、それからこの国には争いは絶えず、飢餓、疫病が蔓延し始めた。戦さえ無ければ十分な食料を国民に配ることが出来る。なのに、争いの火種はいつも向こうから来る。
魔法の始祖。それこそが原因なんじゃないのかな。だけど、その大臣も行方は知れず、それを知るすべがない」
王城の王謁見の間で3人の男女と1人の男が話していた。1人椅子に座り、肘掛けに肘を乗せてため息ばかりついている人物がこの国の王である。年齢は20代半ばといったところだろう。若く王とは似つかわしくない姿に誰もが最初は本当に王なのかと疑問を抱く。だが、王を目の前にするとその疑問は無くなる。圧倒的なまでな威厳を放っており、王としての品格を持っていた。そして、王の前に跪いている3人がこの国に3人しかいないSランク国家魔術師である。
「この国だけでなく世界が何か大きく強大な闇に動かされてる感じがするね。はぁ・・・本当に嫌になるよねー。ただただ僕は静かに暮らしたいだけなのに」
ため息をつく王の顔は邪悪な笑みを浮かべていた。そして、立ち上がり窓へ歩み寄ると高らかに笑い声を上げる。今まで晴天だった空は徐々に曇天になり雷が落ちる。雷によって映し出された王の影はまるで悪魔のような様相をしていた。
3人の圧倒的なまでな力を持ったSランク国家魔術師でさえ萎縮し、頭をただただ垂れるばかりである。
曇天な空が覆うニヴルヘイムを遠くから煉が見つめる。その手をニヴルヘイム上空の曇天に向け、力を込める。そして、巨大な炎球を放つ。曇天に炎球が当たると今までの曇り空が嘘のように晴天へと変わる。踵を返し、また旅に出る。
王は窓から炎球が飛んできた方向を見る。そして、笑みを浮かべて国家魔術師を従えると謁見の間を後にする。闇は一つでない。強大な闇がいくつも渦巻き、国を・・・世界を飲み込もうとしていた。