プロローグ
何を望む………。
そう問われたら人は欲望のまま願いを述べる。
そして望みは、より大きく壮大で。
より深く無限に。
『全てを望み』
『全てを叶えようとする。』
人はなるべく完全へ。
人はなるべき完璧へ。
願いを叶えるために、理念を果たすために、欲望がままに……。
ただ望む。
しかし………。
望みを叶えることができず。
願うことすら、望むことすらできない。
そんな欠陥のような。
まるで欠陥していて終わっているような。
そんな人間も存在する。
生きる喜びは何?
楽しみは何?
快楽?
全てを削がれている。
世界に見離されているような……そんな人間も、また存在する。
………。
月下月はいつもにも増して騒がしい校内を一人で歩いていた。
周りからの視線が痛い。
周りにいる連中が自分を見ているのが判った。
何故なら今日は2月14日
世間ではバレンタインデーで若者達からいい歳した中年までもが、やたらとソワソワして舞い上がっていた。
私の通う大学もまた同じような感じだ。
チョコがどうとかこうとかあちこちでうるさい。
「よう、月夜じゃあないか。久しぶりだな。」
校内の外庭を歩いていると、すれ違いざまに一人の背の高い男が声を掛けてきた。
「どうかしたのか?何怒っているんだ。」
「うるさい七ツ屋沙耶。私に話し掛けるな。」
とげとげしい口調でそう言って返す。
目の前に立っていたのは七ツ屋沙耶。
沙耶という男にはめずらしい名前をしている。
まあ、こいつの性格上かなりマイペースでおとなしめなので女みたいな性格をしている。
顔も顔立ちがよく肩まで伸ばした男にしては長い黒髪は大半の女性の顔以上に綺麗に見える。
それに加え180後半ある長身は人目につきやすい。
私と七ツ屋は一年前に出会い。
この大学、外に置いても唯一の話相手である。
「うわぁ―……相変わらずだけど、きついな君は」
「関係ないだろ。それに、お前なんで着いてくるんだ。邪魔だ帰れ」
七ツ屋は無視して通り過ぎようとしたら、何故か後ろから着いてくる。
「いや、今日はバレンタインだからね。君が誰に渡すのかが気になってね。」
冗談を言うようにふざけた口調で七ツ屋は言う。
「うるさい。私はバレンタインなんか嫌いだ。それに誰にもやるつもりなんかない。」
「そうなのか?なら、その手に持ってるチョコはなんだ?」
七ツ屋はそう言って私の右手に持ってる袋を指差した。
私はぶっきら棒に袋を七ツ屋に突き付けて。
「朝から知らない男子生徒に貰った。そのせいで朝の授業に遅れてしまったんだ。」
「なるぼど……。それで怒ってるのか。何事にも完璧人間だからな君は……。それにしても多いな、このチョコ。いったい何人に貰ったんだ?」
大きな袋の中に目をやり七ツ屋は聞いてくる。
「44だ。」
「44!………すごいな君は、さすがうちの大学のミスグランプリなだけはなるな。これじゃあもてている男子よりも貰ってるんじゃあないか?」
「うるさい。私としても嫌だよ。めんどくさい。チョコはお前にやるよ。」
「いや……いらないよ。それにしても44個って数もまた不吉な感じだしね。」
困ったような顔をする。
「なら捨てておいていいよ。私はもうだるい。帰る。」
「もうだるいって、まだ朝だぞ。」
七ツ屋はあきれながらものを言う。
「そんなこと時計を見れば分かる。私は朝にしか授業を取らないんだ。」
「そういや、そうだったね。今年になってから授業を昼に寄せているから最近は君とは全然合わなかったけど。なら、昼からはバイトかい?」
「いや、バイトはしていない。」
淡々とした口調できっぱりと言う。
「ふーん。なら急いで帰る必要もないんじゃないかい?」
「チョコ………」
私はぼさっと呟いた。
「チョコ?」
七ツ屋は聞き返してくる
「学校にいると、またチョコを貰うだろ。また人を相手にするはめんどくらいからな。」
「ははっ、君は他人を嫌うのは一流だな。人間恐怖症かい?」
「違う。ただ、めんどうなだけだ。ところでお前はどこまで着いてくるつもりだ。」
「君とならどこまでも……」
七ツ屋は相変わらずの冗談まじりの口調でそう言った。
その瞬間、私はポケットの中のナイフを手にして七ツ屋に向かって振りかぶった。
七ツ屋は上半身を反らして瞬時に避ける。
「殺すぞ?」
「いや……ごめん今のはさすがに笑えないよ。なんでナイフなんて持ってるんだい。」
「………。人には必要な物だからな。」
「うーん……。真顔で言われると、それはつっこんでいいのか、わからなくなるな。まあ、なら僕は授業があるから戻るとするよ。さすがに殺されたくは無いからね。」
冗談を口にして軽くほほ笑み七ツ屋は来た道を戻っていった。
私はナイフを閉まって、一息をついて再び歩き始めた。
日がまだ高く昇っている午後のころに家に着いた。
家は大学にそう遠くない便の良い位置にある。
七階建てのマンションの七階。
景色は良いが上がるのが面倒な位置である。
親とは高校のときから離れており、もう一年は合ってはいない。
もともと、月下の家系はエリートであり、父親は医者。
母親は教授、あと兄は医者になっている。
もちろん月下月もスペック面に置いては器量満載である。
しかし……。
私は外れている。
何かがおかしい。
何かが壊れており、何かが欠けているような欠落した人間だ。
両親と話したことはほとんど無い。
人とは接しない。
何故か?
人と共にすると何かが起こりそうで………。
ただ恐かった。
ある意味、七ツ屋の言っていた人間恐怖症なのかもしれない。
私は力無くソファーへと腰を掛けた。
家の中は無音に近い。
別に、これといって何もないのに張り詰められた空気が流れて、刻が経つこと一時間が過ぎた。
ソファーから立ち上がった。
立ち上がって、そして外へと出掛けた。
ただ何と無く出掛ける……。
そんな気分のはずだった……。
街は人が集まって、人混みが出来ている。
友達と遊んでいる人……会社員、老人、子供と様々だった。
私は人が混み溢れるような場所は嫌いであった。
若者の女性が何故街を好んでいくのか理解がしがたい。
私はその人混みを掻き分けて、人が少ない通りへと出た。
さっきまでの人混みが嘘のように無くなって、辺りには前方に歩いている男性が三名のみ。
その男たちのただ後ろを歩いている。
そんなつもりだった。
しかし………。
刻が止まったかのように辺りがスローモーションに映し出される。
なんだろう?
異様な感覚に襲われる。
気分が悪い。
吐き気がする。
気持ち悪い。
はやく………。
早く…………。
………しなきゃ。
何を?
はやく………。
早く…………。
………やらないと。
早く………殺さなきゃ。
……………っ。