第九話:魔法と地理
今回は説明回っぽいです。
第九話:魔法と地理
団長と別れてようやく自分の部屋に戻ってきた僕は特にすることもないので部屋のソファーに座り、今日ではなく前もって図書室から借りてきた(正しくは勝手に拝借してきた)本を読むことにする。
今僕の部屋にある本は二冊。それと今日拝借してきたこの国の周囲のことが書いてある簡単な地図が一枚。
本の題名は『基礎魔法入門』と『勇者アーサーⅠ』。
『基礎魔法入門』は前に図書室から借りてきたもの、『勇者アーサーⅠ』は仲良くなったメイドさんの一人から最近借りたいわゆる昔話の冒険譚のようなものだ。
「うーむ、やっぱ後ろのほうの項目も分からん」
読み始めて数分で『基礎魔法入門』を閉じる。
僕にも簡単な魔法ぐらいなら使えないかと思って借りてきたはいいものの、何回読んでも何が書いてあるのかさっぱり分からない。
書いてある文字自体はスキルのおかげで読めるけど、「魔力を感じてグワー」「手にギューっとしてピキーンでズドーン」といった感じで書いてあるのだ。これで分かるほうが凄いと思う。
でも、魔法が使える騎士の人いわく、「でも、マジでギューっとしてピキーンでズドーンなんだよなぁ……」と言われてしまった。脳筋か。魔法の癖に脳筋なのか。魔法使いにかしこさのステータスは不要なのか。あ、ちなみに団長さんは魔法は使えないらしい。
ただ、この本のおかげで魔法にはどんな種類があるのかは分かった。
魔法のジャンルには生活魔法・属性魔法・付加魔法・召喚魔法・ユニーク魔法の5種類がある。
生活魔法は火種を生み出すとか、飲み水を作るとか、そういった日常生活で使える魔法の総称だ。他にも周りの生き物を探知するなどといった生活には関係なさそうな雑務魔法もまとめてここに分類されている。
この程度の魔法なら魔法に大した適性のない人でも使えるらしい。
属性魔法は名前のとおりで、火・水・風・土の基礎属性。炎・氷・雷・岩の上位属性。光・闇の二極属性の計10の属性の魔法の総称だ。
付加魔法は属性魔法以外の魔法で、何かを付け加える魔法だ。強化をほどこす強化魔法以外にも、回復魔法や防御魔法などもジャンルとしてはこの中に含まれる。ただしスキルでは別々だけど。
召喚魔法も名前のとおりで、魔物を召喚したり、武器を召喚したりする魔法があるらしい。そして僕たち勇者を呼び出したのもこの魔法の最上級魔法の一つだ。他にはゴーレムを作る魔法なんかも、厳密には召喚しているわけではないがここに分類されている。
そしてユニーク魔法は、今生きている人の中に使える人が一人しかいない魔法のことをそう言う。それは生まれ持っている奇跡的な力だったり、昔から伝統的にその家系に受け継がれている奥義だったり、新たに開発された使い手が一人しかいない魔法だったりだ。
効果も千差万別で、魔法を打ち消す、魔物と会話出来るといったものから、水に触っただけでお湯が沸かせるといったよく分からない効果のものもある。
ついでに言うなら、木下くんのステータスカードに書いてあった【聖属性魔法】は属性魔法だと思っていたのだけれど属性魔法に聖属性なんてものは無かったのでどうやらユニーク魔法らしい。木下くんマジチート。
こういった知識が手に入っただけマシということにしておこう。
一方でメイドさんから借りた『勇者アーサーⅠ』は中々面白い。勇者が魔物と戦ったり町を救ったりしながら世界を旅する話なんだけど、これがなかなか面白おかしく読める。気がついたら勇者のアーサーさんの周りが女性ばっかりでハーレム状態なのに、何故かその女性たちが誰一人としてアーサーさんに恋愛感情を抱いていないという、何とも悲しい状態になっている。
これからさらに擬似ハーレム要員が増えるのか、最終的にアーサーさんがどうなるのかが気になって仕方が無い。
前の世界でも地味にラノベを読んでたからなぁ……。
ただ、「剣の一振りで魔物一万をなぎ払った」とかは作者である本人による誇張なのか、それとも実際にやったのか、そこが気になるところ。魔法なんてものがある以上実際に一撃万殺とかやっててもおかしくないから困る。
面白かったので現在二周目。また今度Ⅱ巻も貸してもらうつもり。
そして地図。
これはどこまで正確なのかはわからないけど、団長さんにも一応確認したのである程度は信用してもよさそう。
この国の地図だからか地図の真ん中にはガーナ王国が描かれていて、そこから東に行けば大きな山脈をはさんで隣国、コリアト皇国。北は黒く塗りつぶされていて、魔族国家とだけ書いてある。西は自由経済都市ソレスダン、南は獣人国イシュタルと、さらに南には海。他には点在するように小さな国がいくつか。
多分世界はこれだけじゃないと思うけど、とりあえず地図に書いてあるのはこれだけ。
そして南の海には凶悪な魔物が多数生息していること。北の魔族国家というのは魔王が統治する魔族の国ということ。そしてコリアト皇国との国境代わりにもなっている山脈にはドラゴンが生息していて、コリアト皇国へ向かう際には山脈を通らず大きく迂回しなければならないことなんかが書いてある。
僕としてはもう少し魔族国家のこともしっかり書いておけよ、とか思った。黒く塗りつぶすだけとかどうなのさ。
そうそう、ちなみにさっき出てきたドラゴンというのはその名のとおり、ファンタジーの王様、空を飛び火を噴くあのドラゴンだ。
分類としては魔物に分類されるが、強力な個体は知能も高く人語を解し、意思疎通も可能とのこと。
そしてコリアト皇国との国境の山脈に住んでいるドラゴンも人の言葉を理解し、話すらしい。
そのドラゴンのおかげでガーナ王国とコリアト皇国の間はこう着状態なのだと騎士団の人たちから教えてもらった。
ただ今回はもしかすると、コリアト皇国は山脈を迂回してでも戦争を仕掛けてくるかもしれないらしいが。
山脈を突っ切れば一週間くらいだが、迂回すれば一ヶ月はかかるらしいのに。
「…確かにガーナを乗っ取れば自由経済都市のソレスダンとも直接交渉がしやすくなるからな」
コリアト皇国が長年このガーナに侵攻したがっているのはこれが理由。
自由経済都市ソレスダンは、別名自由の街や冒険者の街と呼ばれている、一つの都市国家だ。その名のとおり商売などに特に制限が無く自由に商売が出来るし、(まぁ、商人同士のお互いに迷惑を掛けないように考えられた暗黙のルールとかくらいならあるかもしれないが)商人が集まる場所は経済が発展する。経済が発展した場所は人が集まる。人が集まれば冒険者への依頼も増える。
こうしてソレスダンは自由を謳う都市国家となった。
おまけにソレスダンには明確なトップが存在していない。冒険者ギルドのギルドマスターが冒険者に治安維持を呼びかけ、それである程度の治安は保たれているが、防衛軍といったものは存在していない。
冒険者ギルドが冒険者が受けた依頼の依頼料の一部を収入とし、そのお金を使ってギルドを運営したり治安維持に当てたりしている。魔物の素材の売買などもそうだ。
そして、そのソレスダンへとコリアト皇国が行こうとすれば、必然的にガーナ王国を通らなければならない。
だからコリアト皇国はガーナ王国を制圧し、ソレスダンへの道を繋げたいということだ。
「なのに何でウチの王様はコリアトの使者も今日の晩餐に呼んだんだかねぇ……」
メイドさん情報によると、今日の晩餐にはソレスダンのギルドマスターを含む使者団と、コリアト皇国の第二皇子を含む使者団も来ているらしい。ソレスダンは良いとして、コリアトは勇者使って威嚇するにしてももっと良い方法があっただろうに。呼んじゃったら今の国の様子が相手に筒抜けじゃん。
「今のところ分かっている情報はこのくらい、と」
一度記憶を整理するために、今手に入れている情報を魔ペンで紙に書いてみた。
あ、魔ペンというのは魔道具の一つで、正式名称は一般筆記用魔力伝達筆記具。
仕組みはよく分からないけど中に魔法陣が刻んであって、何でも空気中の魔力をインクのように固めて紙に書き記す筆記用具らしい。しかもペンの反対側にくっついている小さな丸い球体の部分で書いた文字をなぞれば、魔力が霧散して文字が消えるという、ようするに魔法版のシャーペンだ。
ちなみに書いたインクが半永久的に消えない特ペン、正式名称特殊筆記用魔力伝達筆記具というボールペンのようなものもある。
昔に魔力でインクを生み出すという変わったユニーク魔法の使い手だった魔法使いが開発したらしい。
どちらもペンは使うことが無いから、と言い張る仲良くなった脳筋の騎士さんから貰った。
「これからは速度と確実性が必要。絶対に騙しきって革命を成功させないとね」
コリアトが攻めてくる前に、革命を起こしてかつ国の基盤を固めないといけない。それに木下くんたち勇者の扱いもある。その辺りもきちんと考えてはあるが。
「よし、それじゃあ【着火】」
そういって魔法を発動し、指先の炎で文字を書いた紙を燃やす。
一応『基礎魔法入門』に書いてあった生活魔法の基本中の基本部分だけは普通に魔法の適正がない人でも使えるように、まだ意味が分かるように書いてあって理解できたので、【着火】と【湧水】の魔法だけは使えるようになった。
それ以外の属性魔法とかは「作者変わったの?!」といわんばかりに唐突に意味不明だったので使えない。
そもそもに魔力なんてものが元の世界にはなかったんだから、感覚で覚えろ! なんて熱血教育をされても困る。理論的に分かるように説明してもらわないと。
「証拠隠滅完了っと」
一応書いていた文字はこの世界の言葉じゃなく日本語だったけど、念には念を入れて燃やしておく。
――――コンコン
紙を燃やしきったところで、唐突に部屋のドアがノックされる。
「誰だろ……?」
僕の部屋を訪ねてくるような人はいないはず。メイドさんだって掃除は自分でするし、食事も自分で勝手に騎士団の食堂や厨房に食べに行くと言ってあるので僕の部屋には来ない。そもそも、もはや僕の立ち居地はもてなす立派な勇者様ではなく気のあう同僚くらいの認識になっているはずだし。
おまけに外はもう暗い。騎士たちは酔いつぶれてるし、メイドさんたちや料理長たちは晩餐の給仕だし、心当たりが無い。
「はいはい、ちょっとまってください」
警戒をしつつ、ドアを開ける。
「あ、雪車町くん。よかった……居てくれた」
そこには、パーティー用と思しき綺麗な薄紫のドレスに身を包んだ、早乙女さんが立っていた。