第五話:舞台裏で
そろそろ主人公に動いていってもらいたいけど……
第五話:舞台裏で
お昼前。
窓の外から、遠くで木下くんたちが訓練している声や音が聞こえる。
ちらっと聞いた話だと、木下くんは剣の才能を発揮して、椎名さんは何やらすごい魔法を習得して、早乙女さんは回復魔法を唱えて、それぞれが凄まじい成長具合だそうだ。バランスも近接魔法剣士・攻撃魔法使い・回復&補助魔法使いと、完璧。まさにパーティー組むためのメンバーだね。
ちょっと訓練の様子を見てみたい気もするけど、近づいたら巻き込まれそうで近づいていない。噂からして明らかにやばそうなんだよね。
僕たちがこの世界に召喚されてからだいたい二週間たった。
皆、それぞれ頑張って修行を積んでいるらしい。本来なら半年くらい掛けて武器の扱い方や戦闘スキルを叩き込み、それから魔物の討伐など実際の戦闘をしたり野営に慣れさせながら近隣の魔物を討伐させて、それから魔王を討伐に……という予定だったらしいんだけど、あまりにも三人の戦闘スキルの上昇が凄まじいからこのペースだと三ヶ月くらいで基礎の訓練が終わりそうなんだとか。そのうち魔物の討伐も実際にやるそうです。
え? 僕は何をしているのかって?
それは――
「いつもわざわざありがとうございます」
「いえいえ、これでも暇なもので」
――雑用?
現在僕は城のメイドさんの持っていた荷物を半分ほどもって、それを厨房まで運んでいる。他にも厨房の料理を手伝ったり、庭師さんと一緒にお城の中庭の掃除をしたり、騎士団長と仲良くなって騎士団の修行を見学してそのまま一緒にご飯食べたりしてきた。
ちなみに騎士団って言うのは総メンバー300人くらい、見習い30人くらいの王城が抱える固有防衛兵兼近衛兵みたいなものだ。このなかから城の警邏とか門の見張りとかをしている。
この国の戦力としては王城直属の精鋭である騎士団と、一般にも募集を掛けている一般兵(これの主な仕事は国内の治安維持と戦争時の兵力)。あとは各貴族の所有する自前の兵士たちだ。
それはさておき修行の話。
あの城の面会の日のあと、次の日から勇者として修行をすることになった。
ただ、やっぱ僕のスキルは他の人からは見えていないらしくて僕だけ修行から、というより勇者メンバーからはずされた。みんなは聖剣だとかじゃないものの、それでもなんか凄そうな魔法のこもった専用の武器を貰ったらしいけど、僕は貰ってない。まぁ、貰っても使えないけど。
ご飯もどうやら勇者メンバーは国王様とか、エミリアさんとか貴族とかといっしょに豪華なものを食べているらしいけど、僕は隔離気味。いやまぁ、僕は僕で勝手にメイドさんとか騎士団の下っ端隊員さんたちと一緒に楽しくご飯食べてるけどさ。
国王様はどうやら修行は僕だけ別メニュー。食事もそれにあわせて別だとかちょっと苦しい言い訳で僕のことを誤魔化しているらしい。ちょっと無茶が過ぎると思うんだけど。
正直、僕の能力は前の世界から使ってきたものと対して変わらないから修行とかそういうことは必要じゃないので、とりあえず状況を正しく把握するために僕は裏側から侵食していくことにしている。
メイドさんたちや厨房の料理人さんたち、庭師さんたちの仕事を手伝ったり、騎士団の下っ端隊員たちと一緒にご飯を食べたりして仲良くなり、そこから情報をそれとなく聞き出している。
そのおかげで、今の国王の民衆から人気の無さが分かってきた。
民衆の不満が爆発するほどではないものの、重い税やら何やらで不満は高いらしい。
むしろその搾取のバランスが取れてるってことは、別の意味で優秀な国王だな。
「はいはいー、食材持ってきましたよ料理長ー」
「おお、シューヤ来たか! 悪ぃが手ぇ空いてるならそこの野菜切りを手伝ってやってくれねえか?! 国王様が貴族や他国の使者を集めて親睦を深めるだか何だか知らねえが、晩餐会を開くそうで忙しくて正直手が足りねえんだ!」
「了解っす料理長。エプロン借りてきますねー」
こんな風に、今日は晩餐会があるのか、とかね。たぶん勇者三人は参加するんだろうけど、僕はそんなもの聞かされていない。まぁ、城のメイドさんとかに三日ほど前から他国からの使者が来てるって聞いてたからなにかしらあるとは予想してたけど。
「シューヤ悪いな、手伝わせて」
「いいよ僕も暇だし。それよりジョス、予備のエプロン貸してもらうぞ?」
仲良くなった料理人見習いのジョスから、予備のエプロンを借りてそのまま野菜切りに参加する。残念ながら野菜を切ること以外なら火の番をするぐらいしか出来ない。
別に僕が料理が出来ないわけじゃないんだけど、こんな王城に勤めてるようなプロの料理人たちには勝てないからね。
「なぁ、いつも思うけど、お前って一応勇者なんだよな?」
隣から同じく野菜を切っているジョスから聞かれる。
「んー、一応そうして呼び出されたけど、僕は戦えないから戦力外通告くらってさー。で、すること無いから僕はこうして野菜切ってるわけ」
ため息をつきながら答える。
「なるほど大変そうだなぁ。……お前もうここで料理人見習いしてれば? 俺と一緒に」
ジョスがそんなことを言う。
「んー、それもいいかと思うけど、そういうわけにもいかないんだよなぁ」
「そうなのか? 何かあるの――「おいコラ、ジョス! 口を動かす暇があったら手ぇ動かせ!」――は、ハイ!」
そういって慌てて野菜切りに専念するジョス。
馬鹿だけど、何というか憎めないね。
「さて、僕も頑張りますか」
右手の包丁を外は大根、中はトマトみたいな謎の野菜に振り下ろす。
…………この野菜、切るたびに小さく悲鳴を上げるから嫌なんだよなぁ。
「ふぃー」
野菜切りくらいしかすることが無い僕は、昼過ぎくらいに仕事が無くなった。
「お疲れだシューヤ。ほれ、賄いで悪いが。飯、まだだろ?」
厨房の隣の、休憩室で座ってくつろいでいると、料理長が簡単なチャーハンのようなものを持ってきてくれた。
「おお、ありがとうございます」
そのままお皿とスプーン受け取り、早速食べ始める。うま。
料理長もそのまま座って「はぁー」と長い息をついた。
「お疲れ様です料理長。でも厨房抜けて大丈夫なんですか?」
チャーハンうまし。ちょっと行儀が悪いけど食べながら話す。
「ん、一応は一段落したからな。……ったく、晩餐とか料理作るこっちの身にもなって欲しいもんだぜ。どうせ大半は残るのによ。まったく貴族の考えることはよく分からん――あ、今の聞かなかったことにしといてくれな」
「言いませんよ。にしても晩餐なんて、ほんとに何がしたいんですかね?」
チャーハンをモグモグしながら言う。
ただ、僕はこの答えを知っている。
騎士団長さんからの情報提供で、勇者たちがある程度の戦闘能力を持つようになったから、近々貴族たちにお披露目するんだろうとのこと。そうすることで貴族への威圧をしたいんだと思う。あと、近隣国に「ウチの国には勇者がいるんだぞー」というアピールも兼ねてるね。他の国の使者も呼んでるし。
まぁ、勇者の修行もまだ続きそうだし、魔王を倒すたびにでるのはしばらく先のことになりそうだけどさ。
「ま、何があるのかは知らないが、勇者が来たことで色々と忙しいからなぁ……。あ、悪ぃ、お前のことを言ってるんじゃねえから。おまけに隣国のコリアトが攻めてくるかもしれないって噂で食料の値段も高騰してるし」
「分かってますって。食料の値段が高騰、ね。戦争なら武具の値段も高くなってるでしょう。それより、そろそろ厨房戻らないと怒られますよ」
僕がそういうと料理長は、「おっといけねぇ。そろそろ戻るわ」といって休憩室を出て行った。ドアを開けっ放しで。
「って、料理長ドアぐらい閉めていきましょうよ」
スプーンをおいて、ドアを閉めるために立ち上がる。
「ったく…」
ドアを閉めようとドアノブに手をかける。
「あ」
「「「あ」」」
そこで、僕は修行が終わって帰ってきたのであろう、勇者三人組とばったり出会った。実に二週間ぶり。
「そ、雪車町くんっ!」
早乙女さんが抱きつかん勢いでやってくる。
「雪車町! 今まで何してたんだい?!」
木下くんや椎名さんも遅れてやってくる。
「何って――――雑用?」
隣の調理室に軽く目を向けながら答える。
「って、あんた修行は?」
椎名さんが聞いてくる。
「修行? 何それ」おいしいの?
『え……』
僕の言葉に三人とも絶句してしまう。
「で、でもそんなんじゃ魔王と戦えないんじゃ……」
「そもそも僕、戦力外通告くらってるし」
その僕の言葉に再び絶句。
「僕のスキルって戦えないから、戦力外通告くらってね。みんなとは一緒にいけそうにないや」
戦えないというより、戦場が違う。僕の戦場は彼らと違うところにあるから。
「それより、噂は聞いてるよ。もうすぐ魔物との実戦訓練もあるんだっけ? 頑張ってね」
そういうと、三人がそれぞれ悲しそうな、複雑そうな顔をした。
僕はそれに気付かない振りをして言う。
「それじゃ、とりあえず魔王討伐頑張ってねー。あ、あと今日の晩餐会の料理は力作ぞろいだから是非ともお楽しみに」
そういって手をひらひら振って、その場を後にする。
「――僕は、別のことをするから」
とりあえず、次は図書室かな。色々と情報も集めないと。情報はあって困ることもないしね。
入室許可は無いけど、見張りの騎士さんに「暇だから本いくつか見繕っていい?」って聞けばたぶん目をつぶってくれるだろう。
なんてったって、僕は嘘吐きだからね。