第二十九話:キャンプ
第二十九話:キャンプ
僕と勇者一行は山を歩いていた。
「はぁ、はぁ……。ちょ、ちょっと休憩しない……?」
「何よー。だらしないわね雪車町。アンタ体力無さすぎじゃない? もっと鍛えたら?」
「さ、三人が勇者補正で、体力、おかしい、だけだって……」
「終夜くん大丈夫? ひとまずあそこの川の傍で休憩しよっか」
いや、もはや僕の場合死にそうなんだけど。
何で僕がこんなところを木下くん達三人と歩いているかというのは、そもそも僕の作戦が原因なんだけどさ。
僕の作戦は簡単。コリアト皇国に行く前に寄り道して、ドラゴンと仲良くなっちゃおー作戦である。
山の中で小さな川を見つけたので一回休憩。近くの倒れた樹を椅子代わりにして座って、腰にぶら下げてあるアイテム袋の中から水を取り出して一気に呷る。
「んぐ、んぐ、ぷはぁ……。生き返るー……」
「大げさだなぁ雪車町は」
いやいや違うよ木下くん。歩き慣れない山道をかれこれ半日歩きっぱなしなんだよ? しかも山登りに適したルートじゃなくて人が歩くことを想定していない道なき道なんだよ? 荷物は全部アイテム袋の中に入れていて重くないとはいえ大変だ。
それを軽い素材とはいえ鎧を着て歩いて汗一つかいていない木下くんがおかしいだけ。僕は流石に制服で山登りは大変だから動きやすい服装で、制服はちゃんとアイテム袋の中に入れてある。
この山脈の最寄の村まで馬車で移動。ガタガタ揺れる馬車で辛そうな三人とは違い、僕としてはそこまでは楽でよかったんだけれどそこからの徒歩の行程が辛いです。
「うーん。雪車町もこんなだし、日も暮れてきたし、今日はここで野宿にしようか」
「そうね。雪車町がヘタレだからしょーがないわね」
「へタレ言うな。僕が普通なんだってば」
ちょっと椎名さん酷くない?
ともかく今日の行程はこれで終わり。
ここなら隣の川の水も使えるし便利だろう。水が透き通るほど綺麗とはいえ流石に飲むのは憚られるけど。
みんなでアイテム袋から野宿用のテントなどを取り出して組み立てていく。
「……何気に雪車町、手際良いね」
「そりゃ僕は趣味で色々やってたからね。そういう木下くんも中々手際良いと思うけど。というより、みんな手際良いよね。キャンプとかしたことあるの?」
元の世界のキャンプ用のテントみたいに簡単に組み立てられるようなものじゃなくってかなり面倒くさいものなんだけど、みんなテキパキこなすね。
「私達はそういう訓練もしたから」
「そうそう、そのうち野営とかもするからって、リカード団長からあたしたちも野宿の訓練を受けたのよ」
女性陣用のテントを建て終えた椎名さんと早乙女さん。
「あー疲れた。もう寝てしまいたい……」
テントを建て終えた僕はさっそく男性陣テントの中へ入って寝転がる。
「駄目だよ終夜くん。まだ晩御飯も食べてないし……」
と、早乙女さんに窘められてしまった。
「もうすぐ日も暮れるし、火、熾す? 火種ならあたしが魔法で出せるし」
「そうだね、じゃあ僕と詩歌で薪を――――」
「はいはい、空気読みなさいよ流星。あたしと流星で薪集めてくるから二人は休憩してて」
「え? でも灯ちゃん――」
「詩歌はそこのヘタレな雪車町を見ててあげて。あんたの魔法ならへばってる雪車町も多少マシになるでしょ?」
「だからヘタレ言うな。え、何? 椎名さんに僕何か悪いことしたっけ?」
何で僕こんなに椎名さんに罵られてるの? え? 僕は別にそういう罵られて興奮する趣味とかないよ? むしろ他人を手の平の上で転がしてニヤニヤするようなドSタイプだよ? 何で?
「じゃああたしたちは薪集めてくるからね」
椎名さんは僕をナチュラルに罵った後、半ば無理やり木下くんを連れて再び山の中へ入っていった。
…………………………。
「…………えと、終夜くん」
二人が離れると、早乙女さんがおずおずと呼びかけてきた。
「どうしたの?」
僕はテントの中に寝転がったまま返事をする。
「ええと……その、疲れているんだったら回復魔法かけてあげよっか? 回復魔法って実は怪我だけじゃなくって疲労も回復するんだよ?」
「へぇ、そうなんだ。だったらお願いしようかな」
足とか「あー、これ明日は絶対筋肉痛だわー」って分かる感じだしね。疲労回復とはかなりありがたい。
早乙女さんは僕が寝転がっているテントの中に入ってくると、僕のすぐ傍で正座をした。そしてそのまま自分の膝をポンポンと叩く。
…………これは……?
「? 終夜くん、頭。こっちのほうが回復魔法かけやすいし」
膝枕ですね分かります。いや、分かんないけど。
でもせっかくのご好意。ありがたく受け取ろう。テントの下に直に頭置くのも痛いし。
僕は一度頭を浮かせて、そのまま早乙女さんの膝の上に頭を置く。
……うむ、何と言うか、これはすごいな……。
当然ながら僕は女の子から膝枕をしてもらうなど初めてである。
まず、後頭部の感触がヤバイ。柔らかい。いやもう、柔らかいとかそういう次元じゃないわ。何ナノコレ。何で出来てるの? メイドイン何処の枕?
そして早乙女さんの顔を見ようとすると、どうしても視界に入ってしまう二つの山の威圧感というか存在感が半端じゃない。何なんだコレは。
いえいえ、僕だって男子高校生なわけですから。そりゃ多少は気にしちゃいますよ。態度に一切出さないのと色恋沙汰に大した興味がないだけで。
ただ流石に早乙女さんも恥ずかしいみたいで、若干頬が染まっている。
「……ねぇ、早乙女さん――」
「詩歌」
「…………詩歌さん、恥ずかしくない……これ?」
この子、自分は二人っきりのときのルール忘れてたのにこっちのことは覚えてたのね。
僕が尋ねると、詩歌さんは頬の赤みを強くしながら。
「でも、このほうが回復魔法かけやすいし……」
と誰かに、自分自身に言い訳するみたいに言った。
「じゃ、じゃあいくね……?」
詩歌さんの手の平が僕の額に優しく添えられる。じんわり温かくて気持ち良い。
「【ヒール】」
僕の額に触れている詩歌さんの綺麗な手が淡く光る。
「おぉ……これは……」
うわぁ…………気持ち良いなこれ。たとえるならぬるま湯に全身浸かっているみたいな感覚。じわーっと疲れが抜けていく。
「ふふっ、どう? 気持ち良い?」
詩歌さんが僕の顔を覗き込みながら聞いてくる。
……どうでもいいけど、そうやって少し前かがみになられると視界が圧迫されるんですけど。何に、とは言わないけどさ。
「……うん、これは、寝ちゃいそう……」
ここまでの疲労も相まって、眠くなってきた……。
「あはは……寝ちゃってもいいよ?」
あぁ、そんなこと言われちゃったらもうお言葉に甘えさせてもらおうかな。
そのまま僕は目を閉じた。
「っ!?」
一気に目が覚めた。
「っふあぁ!?」
僕が顔を上げると目の前にあった詩歌さんの顔が弾かれたように離れる。
「詩歌さん」
「ち、ちがっ、何もしてないよ!?」
……何を顔を真っ赤にして否定しているんだろうか。
そんなことよりも。
「詩歌さん、周り」
「え?」
「囲まれてない……?」
自分でもいつの間にこんなに周りの気配に敏感になったんだろうか。寝ていたのに周りに何かやばいのが来てるのが分かって目が覚めた。
僕と詩歌さんは慌ててテントの外に出る。
すると周囲には。
「グルルルルゥ……」
唸り声をあげる、三匹の狼が居た。
狼といっても地球に居るようなものじゃない。あっちのほうがまだ可愛げがある。
四肢を地面につけた状態でも僕より高い。大きさは2mは越えるんじゃないだろうか。目が赤く血走っていてかなり怖い。正直、雰囲気だけで判断すると最初に出会っちゃいけないタイプの魔物だと思う。最初はスライムとかゴブリンとかの弱そうな魔物で経験積まないといけませんよ。
「マジか……」
僕の魔物とのファーストコンタクトがこの状況ですか。
「……詩歌さんって、戦える?」
「……水属性の魔法で攻撃魔法が少しだけあるけど、この狼には大して効かないかも……」
おおっと。それは困った。僕の装備はいつかにダルクスから買ってそれ以来一度も使ったことの無いナイフが一本だけ。とてもじゃないけどあの見るからに丈夫そうな毛皮に刺さりそうに無い。
「……どうしようか」
実は一つだけ、僕に出来そうなことがある。
でもそれは始めてやることだから出来るかどうかに自信は無い。でも木下くんも早乙女さんも椎名さんも、勇者としての訓練を詰んだ彼らのスキルというのは少しずつ成長しているらしい。だったら僕のスキルも成長していてもおかしくないと思うんだよね。
失敗したら不味いんだけど……。
「…………やるだけやってみるかな」
そう思って僕はナイフをカバンから取り出して正面に構えた。
と、同時に狼が吠える。口の前になにやら魔法陣のようなものが浮かび上がった。
「え、うっそ」
「危ない終夜くん! 【ウォーターベール】!」
瞬間、狼の作り出した魔法陣から火の玉が飛んでくる。それは詩歌さんが作り出した水の膜のようなもので防がれた。
「え? 魔物って魔法使うの?」
「魔力を持った獣が魔物なの! だから魔法が使える魔物もいるの!」
し、知らなかった。危な、詩歌さん居なかったらこの段階で僕の人生がゲームオーバーだったわ。
この間も火の玉はバンバン飛んでくる。今のところ水の膜で何とか防いでいるけど。
「……詩歌さん、これいつまで持つ?」
「んー、しばらくは耐えられるけど……」
ふむ、これは手詰まりってやつですな。どうしようか。
そう考えたときだった。
「ふっ!」
目の前の狼の首が飛んだ。
崩れ落ちる狼の体。血飛沫が舞い紅の華が地面に咲く。
「【ヒートレーザー】!」
続いて残りの狼の頭を貫くように二本のレーザーが迸った。
わずか五秒弱で倒された三匹の狼。
「大丈夫か二人とも!?」
流石、勇者なだけあるね。
狼(正確にはハイファングって言う名前の、それなりに上位の魔物らしい)は木下くんと椎名さんのコンビによって文字通り秒殺された。
そのまま狼三兄弟には僕たちの晩御飯に。
パチパチと音を立てて燃える焚き火のそばで、血抜きをして食べやすい大きさに切った狼の肉を適当な枝に刺して焼く。味付けは塩コショウのみのワイルドな味付けだけど、肉の旨味が引き立ってこれはこれでありだな。
「美味しいね♪」
早乙女さんが肉を小さく齧りながら、僕にそう言う。
「うん、おいしい」
「あはは、そう言われると何だか照れるんだけど……」
ちなみにこの肉を焼いたのは椎名さん。火加減とか塩コショウの量が完璧。実は家庭的なのね。……いや、肉を豪快に焼くのが上手いっていうのは家庭的というより野性的かな……?
僕は流石に動物の血抜きとかしたこと無かったんだけれど、野営の訓練を受けていた木下くんが出来るそうなのでお願いした。そして焼くのは椎名さんの担当。
何だかんだで器用な勇者だね。いやでも、実際に考えてみたら必要な技術ではあるよね。物語の中の英雄さんたちは旅の道中、どうやって過ごしていたのだろうか。
「あー美味しかった。流石灯ちゃん♪」
早乙女さんが上機嫌にそういう。
「はいはい、お粗末さまでした」
対する椎名さんはいつものことと早乙女さんをあしらった。
「明日はドラゴンとご対面だし、今日は早めに寝よっか」
「そうだな。雪車町の言うとおり、今日は早めに休んだほうが良いだろう」
食事を終えた僕達は、それぞれテントの中に入っていく。
「それじゃーお休みー」
「お休みなさい」
「うん、お休み」
「お休みー」
テント越しに女性陣にお休みを返して、僕と木下くんは眠りにつくことにした。
ちなみに夜の見張り番は必要ないのかと思ったのだが、実は椎名さんの【風属性魔法】のスキルの中に、風のカーテンのようなものを周囲に設置してある程度の大きさの生き物がそこを通ればそれが察知できる魔法があるらしい。
実は薪を拾いに行く際にも使っていて、その魔法があったから僕達が狼に襲われていることを素早く察知して急いで戻ってこられたそうだ。
この魔法があれば、夜に見張り番を立てる必要も無い。
安心して寝られる。




