第二十六話:奴隷落ち、飼い殺し
第二十六話:奴隷落ち、飼い殺し
ダルクスと別れ、城に戻ってきた。
今日の仕事はこれにて終了。あとは個人的な自由な時間だ。立場上あんまり好き勝手はできないけど。一応僕は国の要人なのですよ。
今まではこの時間ですら執務にあてていたから大変だったんだけど、今日からは多少はゆっくりできる。
「そろそろ真剣に部下の一人も欲しいところだよね」
とはいえ流石に手が足りない。そりゃ僕はこの世界の人の標準から比べれば読み書き計算のレベルは高いけども、それでも元の世界ではテスト前に夜遅くまで粘るようなただの高校生だったわけで。眠気を覚ますための目薬もコーヒーもない世界なわけで。
「もうそろそろ眠気がヤバイ……」
休暇とかもらえないかな? 無理だろうなー。
「とはいっても……僕の仕事の補佐ができるのって読み書き計算ができて、頭がそこそこ回って、それでいて絶対に秘密を漏らさないような口の堅い人で、場合によっては僕の代わりに嘘をつける人で、他の国に見せても問題ないレベルに教養があって……」
……駄目だ。ハードル高すぎる。そんな人材がホイホイいたら今頃人手不足で困ったりしてないし。
「そんな都合の良い人――――あ」
いた。すっごくちょうど良い人。
「あとはその人を納得させるだけだけど……何とかなるか!」
よし。決定。
「そうと決まれば――――…………はぁ……」
……なんか、最近独り言が増えた気がする。
今まで仲のよかった下っ端騎士たちやメイドさんたち、料理人さんたちは突然にとんでもなく上の立場になった僕に対してどう接すれば良いのかわからないみたいだったので、俺のほうから普段は今までどおり気軽に、仕事のときは立場をわきまえてくれれば嬉しいと伝えてあるから、別に独り言を誰かに聞かれて僕の評判が下がる心配もないんだけどさ。それでも何だか嫌だ。陰で変人扱いされそうで。
気を取り直して、そうと決まればさっそく行動。
廊下ですれ違うメイドさんたちに気軽に挨拶をしつつ、僕は目的の場所へたどり着く。
「あれ? シューヤ……様?」
「いや、無理して様つけなくても良いよ……。今は仕事じゃないしね」
見張りをしていた兵士にぎこちなく声をかけられ苦笑い。
「おお、そうか。まだあんまり慣れないんだよなー。それで、こんなところまでわざわざどうしたんだ? 仕事じゃないんだろ?」
「うん。ちょっと個人的にここに用があってね」
「個人的……?」
首をひねるのもわかる。普通、こんなところ仕事以外で訪れる人なんかいないだろう。むしろ僕みたいな役職の人なら仕事でもまず寄り付かない。
「個人的にこの地下牢に用事って、どういうことだ? 今入っているのは一人だけだが……まさか?」
そう、ここは地下牢。それもただの地下牢じゃない。王城の地下牢は普通の罪人を入れるためのものじゃない。もっと国家に関わるもの、例えば捕まえた他国のスパイなんかを絶対に逃がさないための場所。
「ま、いろいろあるのさ」
見張りに一言断ってから明かりの蝋燭を受け取り、僕は地下牢へと降りる。
地下牢は薄暗く、掃除はある程度してあるもののやはり地下だからか空気が埃っぽく淀んでいた。出来たばかりの奴隷館の地下の檻とは現実味が違う。
今、この地下牢に入れられているのはただ一人。
歩くたびにカツカツという音が暗くて狭い空間に響く。
やがて、目的の牢屋にたどり着いた。
近くに明かりの蝋燭を置き、中にいる人物に声をかける。
「やっほー元気? 最近調子どーう?」
聞いた人が苛立つこと間違いなしな無駄にハイテンションな声色で。
そうやって相手を苛立たせるつもりで言ったのに、牢屋の中からの反応は釣れないものだった。
「誰……ですか……?」
手を上に挙げた状態で壁から手錠で繋がれたまま、顔だけをゆっくりとこちらに向けた彼女は僕の顔を見て驚いたような表情をする。
「っ! 貴方は!」
「はいどうも。元・勇者候補兼、現在は国外総合管理大臣という肩書きを貴方様の妹君につけられた雪車町終夜です。大体一週間ぶりくらいかな、元・第一王女のエミリア様?」
僕は相手を小馬鹿にするような態度で元・王女と鉄格子越しに顔をあわせた。
「……何の用」
「いやー、最近調子はどうかなーと思って。どう? 牢屋暮らしは。案外快適だったりするの? あ、いや。両手が吊られてるからそれはないか。紅茶が飲めなくてつらいとか、三時のケーキがなくて悲しいとかそういうのないの?」
「っ! 本当に何の用なのよ!」
小馬鹿にしたように話しかけていると、流石のエミリアさんも声を荒げた。
よし、いい調子。
「ねぇ、今どんな気持ち? 自分で呼び出して、騙して上手く使ってやろうと思っていた相手に逆に騙されて今は牢屋の中だけど今どんな気持ち?」
「うるさいっ! 早くわたくしも殺しなさい!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶエミリアさんの姿は、僕の目から見ても凄く惨めだった。
王女のドレスはどこへやら。今の彼女は申し訳なさげ程度に服の形をしたぼろぼろの布を身につけているだけで、美しい王女だったころの姿はどこにもない。
手につけられた手錠の痕が手首に赤くついていて痛々しいし、食事だって確か一日二回硬く焼いた黒パンとかろうじて野菜の入った塩味のスープだけのはずだ。おかげで頬は少し痩せこけて、よく眠れていないのか目には隈が。美しかった金色の髪も、くすんでしまっている。
「惨めだね」
だからストレートに言ってやった。
「っ! うるさいうるさいうるさい!」
エミリアさんが怒りで体を動かすが、手を上に挙げた状態で手錠につながれているため壁から伸びる鎖が虚しく音を立てるだけだ。鉄格子にすら届いていない。
「貴方が! 貴方が邪魔したんでしょう! お父様を殺して! あの子に協力して! どうして! 私たちだってこの国のことを考えていたのに! どうして貴方は私に協力しなかったの!? どうして!」
エミリアさんは目に涙を浮かべながら叫ぶ。
「そんなの、面白くないからに決まってるでしょうに」
何を今更。
「おも、……しろ、く……ない?」
「そう、面白くない」
まぁ、僕たちを騙して利用しようとしていたのが気に食わなかったって言うのもあるけどね。僕を騙せるだなんて思わないで欲しい。
「何よ、それ……。私はそんな、そんなくだらない理由で……?」
エミリアさんの表情に絶望が浮かぶ。さっきまでの怒りもどこかに行ってしまったかのような、純粋な絶望。言い換えれば、思考の放棄。
――よし、上手くいった。
目から涙をこぼし、半笑いのような表情を浮かべるエミリアさんに僕は、悪魔の提案をする。
「ねぇ、ここから出たくない?」
ビクリと反応するエミリアさん。だけど、それ以上の反応は示さない。
「実はこの国に新しく奴隷制度が出来上がったんだよねー」
「…………それはつまり、私に貴方の奴隷になれということ?」
「そ。話が早くて助かるね」
こういう頭の回転、理解の速さ。王女として身につけた様々な教養。僕を騙そうとしたくらいには自信のある演技力。そして奴隷にしてしまえば首輪の魔法で秘密を喋れなくするのも容易い。
まさに優良物件。外交の手駒として他国に嫁がせるのはやっぱりもったいない。しっかり使い潰さないと。
「…………断りますわ。誰が貴方なんかの奴隷になるものですか」
おっと。ここまで精神を弱らせたのに乗ってこないのか。強気だね。
「あららー連れないね。でもいいの? ずーっと一生その檻の中で。僕が定めた奴隷制度ではね、奴隷の最低限の衣食住を保障する義務が奴隷主に発生するんだよ。きっと奴隷のほうが今の君よりマシだろうね。もう少しまともな服を着て、もっとマシな食事を食べて、何より外を歩ける。今の君みたいに手足を拘束されて何も出来ない惨めな姿には決してならないだろうね?」
「………黙りなさい」
「あーあ残念だ。せっかく僕は君にチャンスを与えたっていうのに。もしかしたらもう一度お日様の光を浴びれたかもしれないのにねー。それに今の僕の役職知ってる? 国のトップスリーの一つなんだよ? そんな人間の奴隷なんて普通の奴隷より待遇がよくなっても不思議じゃないのにねー。あーあ残念だ本当に残念だ。まさかせっかくのチャンスを棒に振って一生その牢屋の中が良いなんて、またまた変わった趣味をしてるねー」
「黙りなさい!」
「牢屋は埃っぽくて辛いでしょ? 夜は寒くて辛いでしょ? 手枷が痛くて辛いでしょ? 暗いと不安になって余計なことを考えちゃったりするでしょ? 自分はこれからどうなるんだろうか。自分はいつ殺されるんだろうか。自分の人生は――もう終わったのだろうかってね。そう考えるたびに不安と恐怖が襲い掛かってきて、でもその不安を否定してくれる人は誰もいない。個人的には君の気が狂うまで閉じ込めていても良いんだけれど? 死の恐怖と一人の孤独に怯えながらゆっくり衰弱していくのを見るのもそれでまた楽しいと思うんだけれど?」
「――――やめて……」
「ん、聞こえない」
「もう――――やめて、下さい」
よし、折れた。
「じゃあもう一度考えたほうがいいんじゃないの? ――君はそういう損得勘定、得意でしょ?」
悪魔の笑みでエミリアさんを見つめ返す。
僕の渾身の、邪悪な笑みを見たエミリアさんは言葉につまり、やがて考え込む。
僕は笑みを浮かべたまま、じっとエミリアさんの目を見続ける。
目は口ほどに物を言う。まさしくそのとおりだと思う。今、彼女の眼には様々な感情をごちゃ混ぜにぶちまけた様な虚ろさがあった
「…………仕事は……」
「僕の全仕事の補佐。禁止事項は今から言う四つ。
――僕に直接間接を問わず危害を加えない。
――知った情報を僕が許可していない他者に漏らさない。
――僕に対して嘘をつかない。
――僕の許可なくこの城の敷地内から出ない。
この三つを破れば即、死とする。あとは僕の命令に逆らった場合は相応の苦痛を与えるようにもするけど、僕に逆らわなければ問題ない。口ごたえくらいなら許可だね」
「……待遇は……」
「僕の今の生活と同じ水準を保証しよう。王女だった頃の君の生活とは劣るだろうけど、それでもかなりの高待遇だと思わない?」
「………………………」
再び考え込むエミリアさん。
やがて、小さく口を開き。
「…………わかったわ……貴方の、奴隷になりましょう」
「ん? 何で上から目線なのかな?」
ここでもう一撃。
「…………貴方の、奴隷にして、下さい」
「そうこなくっちゃ。そういう感情論抜きで損得勘定できるとこ、流石だと思うよ」
たしか倉庫に奴隷契約用の首輪があるってジョセフさんが言ってたな。取りにいってこよう。
「でも一つだけアドバイス」
「?」
「僕が言ったことが真実だと確証がないのに信じるのはどうかと思うよ? もう少しだけ人を疑ったら?」
今のエミリアさんには僕が言った条件が本当かも、ましてや奴隷制度が本当にできたのかもわからないのにね。
ま、それが嘘でも本当でもエミリアさんには選択肢はないんだけど。
「っ! 貴方まさか!」
「大丈夫。さっき言ったことは嘘じゃないよ。今ここで騙しても僕に得が無いからね」
せっかくの手駒なのに嘘をつく意味もないし。
よし、これで少しは仕事が楽になれば良いな。




