第二十一話:お月様も見ていない夜
第二十一話:お月様も見ていない夜
皆さんは、天体観測はお好きだろうか?
僕は嫌いじゃないし、星が好きな人はいても嫌いな人って言うのはあんまりいないんじゃないだろうか? まぁ、あくまで僕の考えだけど。
僕はああいう神秘的な光をみるとどことなく心が落ち着くし、何だか安らかな気持ちになれる。心が洗われる、なんて表現がピッタリな気がする。
まぁ、そういう柄にも無いようなことをつい言ってみたくなるくらいには好きだ。何か心がもやもやするときにはよく僕は星を見る。
何で唐突にこんな話をしているのか。それは簡単。
「……星、見えないな」
今、僕が星を見ようとしているから。
ここは王城の中庭。団長さんと酒を飲み、ジョセフさんをこちら側に引き込んだ、あの中庭の噴水の前だ。
見上げた空は満天の星空でもなんでもなく、曇り空のせいで星のひとつも見えやしない。
おかげで気持ちがまったく晴れやしない。
「……そーいえば、あの日も星一つ見えない曇り空だったっけ」
僕が、僕たちがこの世界に来た日も同じような星一つ見えない真っ暗な夜空だったっけ。
あの日僕はこの世界を楽しむと決めたはずなんだけど。
「まさかここまで割り切れていないとはなぁ……」
こういうときは忘れそうになるスキルの力がありがたいと思う。意識して平気なフリをしていなかったら正直どこかで躊躇っていたかもしれない。
「もう何を今更って話なんだけど」
僕は自分がやりたいように思いっきり生きたいと思ってるし、その過程で誰がどうなろうと知ったことじゃないと思ってる。それは本心だ。間違いない。
でもアリスや、早乙女さんや、木下くんや、椎名さんが傷つきそれでも立ち上がろうとする強さを見て怖くなる。
別にみんなを傷つけるのが怖いわけじゃない。自分で綺麗なものを傷つけることに心が痛まないわけじゃないけれど、それでもそんなこと気にしないくらいには僕はおかしいと思っている。
ただ、何一つ傷つかず割り切って、何とも思わない自分が自分で気持ち悪いだけだ。
普通、誰かを殺すことはいけないことじゃないのか? 普通、誰かを傷つけるのは躊躇うことじゃないのか? 普通、誰かを騙すのは心が痛むことじゃないのか?
ひょっとして僕は、本当はこんなことしたくないのに自分でも気がつかないうちに自分に嘘をついているんじゃないか?
そうやって考えるうちに自分がどれだけおかしいのかがわからなくなってきて気持ち悪くなる。
ことさら綺麗な心の持ち主が周りに多いせいで、自分の中身がどうなのかをまざまざと見せつけられている気分になる。
「あー、もう。ほんと嫌になる……」
「何が嫌なの?」
「っ!」
びっくりして振り返ると、そこには寝間着姿のアリスがいた。夜風は冷たいので、上からもう一枚上着を羽織っているけど。
「びっくりしたー。もう歩き回って大丈夫なの?」
「うん、色々あって疲れただけだし、もう大丈夫」
ほら、やっぱり強いや。
アリスは僕の隣に腰掛けると、僕と同じように空を見上げる。
「……星、見えないね」
どことなく、寂しそうにアリスが呟く。
「僕は星が見えないほうが好きだけどね」
「嘘でしょ?」
……………………。
「星が嫌いな人って、そうそういないと思うの」
「もしかしたら僕がそのそうそういない人かもよ?」
「だったらわざわざこんな夜に中庭まで出てきて悲しそうに夜空を見上げないでしょ?」
……僕は、悲しそうな顔をしてたのか。
「ねぇ。シューヤはさ、ひょっとして後悔してる?」
後悔しているのだろうか。いや、後悔はしていない気がする。むしろ楽しかった。やってよかったという達成感だってあると思う。
あくまでも、僕が自分に嘘をついていなかったらだけど。
「私はちょっとしてるかも。私が、あんなことをしたから大勢の人が死んじゃったんだって……そう考え始めたら、なんだか怖くて眠れなくて」
「それで散歩に?」
「うん。そしたらシューヤが居るのが見えたから、ね」
アリスが僕のほうを向いて悲しげに微笑む。
「ねぇ。シューヤはさ、これからどうするの?」
「これからって、どういうこと?」
僕のほうを向いたアリスの目を見て問い返す。その瞳の奥には、微かな怯えが見て取れた。
「その……シューヤが私に協力してくれた理由って、勇者の人たちのためでしょう? それで、私が女王になったからシューヤの目的は達成されたじゃない。
――それじゃあ、ひょっとしてシューヤはもう私に協力してくれないのかなー、何て思っちゃったりして」
「――――――」
「あ、ごめん。やっぱり今のなし! そうだよね。シューヤも好きでこんなことしたいわけじゃないのに、これ以上巻き込むわけにいかないよね…………」
そんなに。
「アリス――――」
「大丈夫だから。シューヤはこれからは私の国で平和に暮らすんだよね。そう、私がしっかりしなくちゃ、みんなのために良い指導者になるって決めたんだから――」
「アリス!」
「っ!」
そんなに、悲しそうな顔をしないで欲しい。
「な、何? どうしたのシューヤ?」
「アリス。僕がアリスに協力してた理由、本当はそんな理由じゃないんだ」
あぁ、駄目だ。これ以上言ったら。
「アリスは嘘って、どうして悪いことなんだと思う?」
「嘘……? それは、相手を騙すからでしょう?」
「騙すことの何が悪いんだと思う? 世の中には優しい嘘、なんて言葉もあるのに? 僕にはそれがわからないんだよ。ずっと今まで、下手をしたら物心ついたころからずーっと考えてきたんだけれど、未だにわからないんだ。自分にできることをしたいと思うのは悪いことなのかな?」
これ以上正直に自分を話したら。
「僕がアリスに協力してた理由はね、僕が好きなだけ嘘を吐くためなんだ。僕は、自分の力を存分に発揮できる舞台が欲しかっただけなんだよ。善意でもなんでもない。自分のためでしかないんだ」
最低だ。やってしまった。これできっと僕はアリスからも、軽蔑されてしまう。
でも、そう思っていた僕の心は、あっさりと裏切られた。
「よかった……」
アリスは、心底安堵したように、そう呟いた。
「よかった……?」
「うん。だってそれってさ。私が頑張り続ける限り、ずっとシューヤは私の傍にいてくれるってことじゃないの?」
え? どういうこと?
「私は確かにこの国の指導者になったよ? でも、そんな急に何もかも上手くできないよ。それに貴族の社会や国同士のやり取りなんて嘘とハッタリばかり。だったら私がこの国の指導者として頑張り続ける限り、シューヤにはどうしても嘘をつく必要が出てくるの」
…………それってつまり。
「だからお願いシューヤ。これからも、私と一緒に居て……私を助けてほしい」
僕を、必要としてくれているってことなのか?
アリスはただただ真っ直ぐ僕の目を射抜くように見つめている。
その目は、自分でも見えない僕の心を真っ直ぐに見ているようで。
「ははっ、何だ。そういうことか」
アリスは僕を必要としてくれる。僕の居場所を、存在理由を作ってくれる。僕が生きる意味を用意してくれる。僕を肯定してくれる。僕を初めから否定したりしない。
「そんなの――――裏切ったりなんかできるわけ無いじゃないか」
何だよこれ。初めから選択肢なんて無いじゃないか。
ようやく見つけた。
「シューヤ……?」
アリスが不安そうに見つめてくる。
あぁ、僕は何を悩んでいたんだろうか? 何を悩む必要があったんだろうか?
僕はしっかりとアリスを見つめなおす。
「アリス。これからも僕は、君のために嘘をついて、君を支え続ける。僕は君を決して裏切らない」
片膝をついて昔団長さんがアリスにしたのと同じ臣下の礼を取る。
見よう見まねだからどこかが間違っているかもしれないけど、今更そんなことは気にしなくてもいいや。
アリスの目を真っ直ぐに見つめて伝える。
これは、これだけは嘘偽りの無い僕の本心からの言葉。
そしてたぶん僕は、自分が楽しくないと思ったらすぐにでもアリスの下を離れてしまう。
「だから、アリスは僕をしっかり使ってよ? 僕を飽きさせないようにね」
僕の今の笑顔は、本心からの笑顔だ。長年の願いが本当に叶った喜びによる笑顔。
作り笑いみたいかもしれない。冷たい笑いかもしれない。嘲笑に見えてしまうかもしれない。
でも、僕は笑っている。これだけは間違いない。
「――うん。シューヤ、これからもよろしくね」
そういって微笑んだアリスの笑顔は、僕がアリスと始めてあった日の笑顔よりずっと輝いて見えた。
お読みいただきありがとうございます。
一応、これにて第一章は終わりになります。
二章までの間に閑話(?)を3つほどはさみたいと思います。
閑話は私の練習も兼ねて、三人称で書いてみたいと思います。
では、今後もよろしくお願いします。




