第十九話:語り合い
第十九話:語り合い
直後、僕の隣にいたはずの団長さんが、大体5mは離れている木下くんに切りかかっていた。だから何その瞬間移動。
「くっ!」
それを何とか受け止める木下くん。
「そらそらそらぁ!」
連続で団長さんが切りつけるが、木下くんはそれを自分の剣で受け流す。
木下くんも隙をみて切り返すが、団長さんは太刀筋を見切ってしっかり避け、さらにカウンターで切りつける。
木下くんのほうが押され気味だな。
団長さんの剣は普通の剣より大振りで、木下くんは受け流すようにしないと剣ごと斬られそうだ。
「流星! この! 【ファイアボール】!」
「木下くん! 【アイススピア】!」
木下くんを援護しようと、椎名さんと早乙女さんが団長さんに向けて魔法を放った。
大量の火の玉と氷の槍が、団長さんへと襲い掛かる。
と、いうより二人とも撃てるんだ。人に向けて魔法を。それとも団長さんはこのくらいで死んだりしないと思っているからかな。
「【らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!】」
それを団長さんは雄たけびを上げながら剣を振るい、魔法を打ち落とす。
相変わらずデタラメだなぁ。
でも、その隙は大きかった。
団長さんがバックステップで一旦距離をとろうとする。
「【ホーリースラッシュ】!」
だがそれより早く木下くんが一歩を踏み出し、団長さんが魔法を切り払った際に出来た隙を突いて団長さんの胴体へ向けて光の剣を振る。
ザグシュッ!!!
なんておよそ人間の体から聞こえちゃいけないような音と共に、団長さんの体から真っ赤な血が噴き出し、木下くんの真っ白な鎧を返り血で染める。
団長さんはよろめきながらも木下くんから距離をとった。
「おー痛ぇ……。俺のこの鎧も結構お高い奴なんだぜ? それをあっさり切り裂くとか……楽しくなってきたなぁ!?」
どうやら斬られる瞬間にさらに一歩引いたみたいで、血の割に傷の浅そう(とはいっても普通の人なら病院レベル)な団長さんが、凶暴そうな笑みを口元に湛える。
こっちはどうやら大丈夫そう。
でも。
「うあ、あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
木下くんが、真っ赤に染まった自分の姿を見下ろしながら狂ったように叫んだ。
当然、その血は全部返り血。木下くんは攻撃を喰らっていない。
でも、人を斬った。返り血を浴びたという事実は見えない刃となって木下くんの精神を深く削りすり減らす。
異世界に来て初めての敵が、初めて斬った相手が人間。それも、自分に戦い方を教えてくれた師匠のような人。
「流星! ――詩歌! 二人に回復魔法!」
「わ、わかった灯ちゃん! 【ヒールレイン】!」
早乙女さんの唱えた癒しの光が木下くんと団長さんの両方を包み込み、団長さんのお腹の傷はあっという間に塞がった。
でも、木下くんは茫然自失。剣を取り落とし、まともに立っていられずに崩れてしまった。回復魔法だって、残念だけど心の傷までは治せないみたいだ。
まぁ、ここまでは予想通り。
違う点があるとすれば斬られたのが僕じゃなくて団長さんだったってところかな。一回くらいなら斬られるつもりだったんだけど。痛いのは嫌だしまぁいいか。
ともかく。これで敵最大戦力は戦闘不能。
「チッ。だから言っただろ。そんな覚悟でここにいちゃいけねぇんだよ」
団長さんが腹立たしげに、勇者三人を睨む。彼だって、命がけで国を変えるためにこの場に立っている数少ない人物の一人だ。それなのに半端な覚悟で邪魔してきた勇者はあまり気持ちの良いものではないんだろう。
その理論で言えば、自分の楽しみのためにこんなことを引き起こした僕は殺されても仕方ないんだけれど。
僕も歩いて、アリスと一緒に団長さんの隣へ向かう。
「痛そうだね」
「んあ? こんなもん傷のうちにはいんねぇよ。ツバつけときゃ治る。つか治った」
「いや。それは無理があるでしょうに。ツバじゃなくて回復魔法だし」
流石にそんなに唾液は万能じゃない。というか人間の口の中って確かすっごいたくさんの菌がいるんじゃなかったっけ?
「リカード団長……大丈夫なのですか?」
アリスも心配そうに団長さんを見つめるが、団長さんは照れたように頭をかいて誤魔化した。手に自分の血がついているから真っ赤な団長さんの髪の毛がさらに赤くなった気がするんだけど。
「終夜くん!」
と、名前を呼ばれたので声がしたほうに目を向けると早乙女さんが僕を睨んでいた。
「どうしたの? 勇者さま?」
それに対して僕は自然すぎて不気味に感じるくらいの笑みを浮かべる。血の匂いが充満し、今も剣のぶつかる音と魔法の音、そして人の怒号と悲鳴が響くなかで自然に笑えるほうが不自然だ。僕だって、意識して演技していないと吐きそうになる。
「っ! どうして?! 約束したじゃない! 無茶しないでって。それなのに……」
「団長さん、まだ傷が痛いと思うけど、周りの制圧お願い」
涙をこぼしながら僕を見ている早乙女さんを無視して指示を出す。
「おう、かまわねぇぞ」
「あと、ある程度広場が落ち着いたらジョセフさんと共同で指示をだして、アリスを連れて城まで攻めあがって。そのまま城を制圧よろしく。出来れば国王と第一王女は捕らえておいてね?」
「つーか、お前さんが現場で指揮とったほうが良いんじゃねぇの?」
団長さんがそういう。
「団長さん勘違いしてない? 僕は軍師でも何でもないただの嘘吐きだよ? 現場の指揮なんかは本職の団長さんに任せたほうが安全ですよー」
「なるほど了解」
「アリスはこのまま大まかな指揮をとって。細かいことは団長さんにやってもらうから。こっち側についた貴族の私兵は指示通り動くかわからないから、策もなしにとりあえず王城に突っ込ませておいて。他の貴族と私兵が門とかで妨害してくると思うけど、たぶんこの様子とこっち側の優勢を見たらこっち側に入ってくれるなり逃げ出すなりするんじゃないかな。そうなれば門も簡単に開くし、あとはこっちのもの。ミリアさんはそのままアリスの護衛をお願いします。何だかんだで一番重要なんで頑張ってください」
「わ、わかった。任せて」
「了解しました」
アリスがミリアさんとともにジョセフさんの下へ。団長さんは嬉々して乱戦の中へ突っ込んでいった。何あのバトルジャンキー。
「雪車町!」
そうして指示を出し終えると、頭にきたらしい椎名さんがこっちにやってきて胸倉を掴まれた。
というか女の子とは思えない腕力なんだけど。無理やり振り払ったりとか出来そうに無いんだけど。ひょっとして勇者補正?
「どうしたの椎名さん」
「どうしたのじゃないわよ! アンタ、今自分が何やってるかわかってんの!?」
「わかってるよ。人殺しの指示でしょ?」
僕の言葉に椎名さんが何も言えなくなる。
「ひょっとして僕がおかしくなったからこんなことしてるんだと思ってた? 僕はいつもと変わらないよ。いつも通りだよ」
何を言っているのかわからない、という表情の椎名さん。手から力が抜けていたので、僕の胸倉を掴んでいた手を軽く振り払う。
「というか、それを言うとさっき椎名さんも早乙女さんも、団長さんに向かって魔法を撃ったじゃないか。あれ、当たったら死ぬんだよ?」
自分のことは棚に上げて、相手に考えさせる暇を与えない。
「それは……」
「さっき椎名さんがしたことと、僕がしたことと何が違うの? むしろ直接実行した二人のほうが駄目なんじゃないかな?」
頭に血が上っていた椎名さんの顔が、一瞬にして真っ青になる。
一気に畳みかけて、冷静な判断はさせない。
「そうだね。それじゃあもう面倒なことは要らないし、はっきりさせておこうか」
三人の勇者に向かって問いかける。
「このままこの国の人たちの現状に目をつぶって、この場で僕たちを殺して何も見なかったことにしてそのまま何も考えずに王様の言いなりのまま魔王とやらを倒しにいくのと、この国の人たちを助けるために王様を斬るのとどっちが良い?」
考え込むようにして黙ってしまう三人。
「勇者様! 大丈夫ですか!」
そこで空気も読まずにやってきたのは、騎士団副団長のガイオスだった。
「あー、もう。空気読んでよ。空気読めない人って日本じゃすっごく嫌われるよ?」
「何をふざけたことを! 貴様、勇者様に何をした!」
うなだれたままの木下くんと、泣き崩れる早乙女さんに真っ青な顔の椎名さんへ視線を向けたあと、僕に騎士剣を突きつけるガイオス。
その自分に酔った表情が無ければもうちょっとまともだったのにね。
「何って、久しぶりにあった友達にちょっと質問しただけだよ」
「この人の心を弄ぶ偽善者が! 殺してやる!」
偽善者とは失礼な。僕は偽善ですら一つもしていないよ。
とはいえガイオスも腐っても騎士団副団長。その実力は確かなもので、僕に向かって凄まじい速度で一直線に斬りかかってきた。
これは避けられないね。
「っ! 何故止めるのです勇者様!」
「………………………………………」
そんな斬撃を受け止めたのは、他でもない木下くんだった。
木下くんは黙ったまま、顔を俯けたまま、ガイオスの剣を受け止めている。
その姿を見た早乙女さんや椎名さんも驚いているようだった。
「勇者様は騙されているのです! こやつは皆様を甘い言葉で誑かし、この国を破壊せんとする悪魔だ! 第二王女様もきっとこやつに騙されているに違いない!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれるかなぁ……」
「黙れ! 退いてくだされ勇者様! 今こやつを斬らねば、必ずや滅びが訪れる!」
おや、周りの敵もあらかたこっちについたか、ジョセフさんの魔法で吹っ飛ばされたかしたみたい。
「皆さん! このまま王城へ! あの悪しき王を討ち取りましょう!」
アリスの言葉とともに、雄たけびが上がる。裏切ってこっちについた兵士たちも、場の雰囲気に流されているみたいだ。
「ガイオスさん、行かなくていいんですか?」
薄気味悪いくらい自然すぎて場にそぐわない笑みを浮かべて、ガイオスの目を覗き込む。
「貴様を殺してから止めにいく」
そういって再び剣を僕に向けて構えるガイオス。
「やだよ。それに、今更止まらないよ?」
周りを見渡せば多くの兵士が王城のほうへ向かって駆けていくのがみえた。
このままアリス指揮のもと、国王の首を取りに行くんだろう。
「…………………………………………」
木下くんは僕に背を向けて黙ったまま、動かない。
ただ俯いているのか、それとも返り血に塗れた自分の姿を見下ろして呆然としているのかもわからない。
「もういい。懺悔すらさせん。その時間すら貴様にはもったいない」
「時間を惜しむところには好感が持てるね」
「黙れ。このまま死ね!」
ガイオスは、無言で立ち尽くしたままの木下くんの横をすり抜け、僕に向かって剣を振り下ろし。
「―――――――ガッ」
その直前で。
「――――――何故、で、すか。勇、者さ、ま」
背中を大きく斬られ、体勢を崩した。
そのまま地面に倒れるガイオス。その背中は大きく斜めに裂け、血が溢れるように零れ落ちていく。
そしてその向こう側には、剣を振り下ろした体勢の木下くん。
彼の手の中の剣の切っ先から、真っ赤な血が滴る。
僕はその姿を見て、小さく笑い。
「いらっしゃい木下くん。ようこそこっち側へ」
そう呟いた。




