再会
気づくと、いつの間にか俺はそこにいた。
意識がなくなったことを感じなかった。瞬きして目を開けると一瞬にして移動──眠っていたようだ。まあ、最初からそんな感じだったのだが、徐々に適応していっているのか、今回は全くといっていいほど違和感を感じなかった。
昨日の記憶通りのカフェがあり、俺はその付近に立っているようだ。依然として雲の足場は変わらず悪い。
席の関係からか、俺が座ったままリスタートすることにはならなかったようだ。席に座ったままだと、そこで他の人も現実世界に帰還した後だとして、もし俺とその人が同時にここにきたとき同じところからスタートしてしまうからだろう。普通の場所でも同じことが言えるようだが、そこはいくらでも調整が効くので気にするまでもないことだった。
まだ俺の他に人はいなかった。
春乃はゲームだと言っていたし、他人と合流できたことから、オンラインゲームの一種かと思っていたのだが、それにしては人が少なすぎないだろうか。俺は春乃と片桐の二人としか出会えていない。女ばかりだと緊張して困る。話のわかる男とかいねーかな。
一つ息をついて、俺はカフェの入り口へと歩いた。
「みんな集まるまで待つとするか……」
ここはNPCがいる店で、支払いはこの世界での通貨で支払うことになっている。この世界の通貨を所持していない俺は、昨日は春乃に奢ってもらった。
ウエイトレスNPCから声を掛けられるが無視して奥まで入り込んで行く。
白を基調とした高級感あふれる壁が、仄かに明るい電球によって照らされ、シックなイメージを与えた。
カウンターを過ぎると、奥には広い空間があった。白の机が点在し、歩くスペースが広く取られている。さらに奥にはテラスもあり、昨日はそこで現実世界に帰還した。
そこで待っていれば皆気づくだろう、そんな気持ちで俺は行動する。
集まるまで、鎌の様子でも見ていようか。
テラスからは、先ほど俺が出現した地点が見えるのでちょうどよかった。
しばらくして、俺は睡魔に襲われた。
現実世界に戻ってしまうような、強烈なものではない。ごく自然的に現れる厄介なやつだ。授業に音もなく忍び寄ってきて……パクッてしてくるやつ。おかげで随分と評価を下げられたものだ。覚えてろ。
それはともかく、二人は遅すぎやしないだろうか。まさか……ハメラレマシタカネ?
いや、ないない。信じたくない。
現実側の状況を知る術がない片桐の方はともかく、春乃くらいはそろそろ来てもいいはずだ。俺は俺が出現してきた地点を出現点と踏んでいたが、彼女らはまた違う場所なのだろうか。
まあどちらにしろ遅いのは確かだった。もう三十分は経っている。
俺がついに待ちかねて、白い格子状になった椅子の肘掛けに手を置き、足を伸ばしてうんと姿勢を悪くした時である。柔らかい弾むような声と共に何か、いや誰かがカウンターの方からやってきた。おう、危うくモノ扱いするとこだった。
「おっまたせー!」
「…………」
片桐が陽光を浴びて淡い栗色に光るポニーテイルを揺らしながら手を振った。その傍らに、怜悧で美しい、まるで人形のような面持ちをした春乃もついてきていた。その黒髪は風で舞い、だがしかし彼女の表情は無を貫き通している。
それにしても、テンションが違い過ぎやしないだろうか。低いぞ春乃。高いぞ片桐。何事もやはり、節度を保つことが重要である。
「ごめんねー。ちょっと延長しなきゃいけない用事があって……。どのくらい待った?」
「んー、さん……いや全然待ってないな!」
女の子の前では、是非とも謙虚でありたい。印象こそ重要である。いんぷれっしょん!
いやほら……面接とかでも第一印象は重要でしょう?
俺は、昨日の戦闘衣のままである片桐から春乃へと視線を向けた。
何らかの刺繍が入ったシャツの上から茶色のジャケットを着込んでいて、下も茶色の、ミニスカート。注視してみると可憐でなんともラフな格好なんだ!
というか、それよりも気になることがあった。
「春乃。なんか昨日と服装違わね?」
「うん。さっき買ってきた。昨日のより戦い易いものを選んできたから」
なぜか自慢された。そして、何かを期待するような目で見つめられる。態度違い過ぎるだろ。教室でのあの不躾な態度はなんなの?
「いいんじゃないか? 似合ってるよ」
どうせこんな言葉を期待していたのだろう。得意気に俺は言った。心が込もっているかは別として、ちゃんと言ってあげることが大事なのだ。
その予感は当たっていたようで、春乃は若干頬を赤らめて、「ありがと……」と呟くように言った。時々女の子なところって、ついグッとくるもんなんだよな……。
にしても、俺と春乃の現実世界でのやり取りは片桐に悟らせないつもりなのだろうか。知らせることのメリットは少ない。むしろデメリットの方が多い。だが、態度を使い分けてまで俺に限定して冷たくあたるとは……。どんだけ嫌われてんだ。
──若しくは、俺にだけ与えられたメッセージがあるとでも言うのだろうか。
人の言動を逐一深読みしてしまう悪癖を持つ俺の思い過ごしだろうか。
杞憂であって欲しいものだ。
「さーて、揃ったところだし、クエストに行きますかっ。沙輝くん、途中で教えてあげるから心配しないでね!」
音頭を取ると共に、片桐は俺へのフォローも入れた。ホント、コミュ力高いな。
「私は……守ってあげる」
流れで言ってみた感じに春乃も続く。あれ、これって俺も続かなきゃいけない感じかな。でも、俺はこういう時は決まって空気を壊すから、敢えて今回は壊しにいこう。
「ああ。二人共、よろしく」
俺の反応が予想外だったからか、春乃はきょとんとした表情を見せた。あれ、どう返したらいいの? なんとなくの苦笑いを返してから、既に歩き出している片桐に続いた。
アーチ型の不思議な門を抜け、俺たちは平原へと出る。微妙な風が吹いていて、そのせいで臨場感が数倍増した。片桐の格好はともかく、春乃のラフな格好はやりすぎではないだろうか。見えちゃうぞ。
「何を考えていたのか知らないけど、早く行くから武器の準備を」
見透かされていたわけではないだろうが、タイミングよく声をかけられた俺は言葉を無くす。
「もう、何やってんの? こっからはエンカウントありなんだから、しっかりねー!」
俺は背中から鎌を引きずり寄せて右手に装備する。しっかりとした重量が伝わってくるが、持つ分には平気なので、左手も塞がれることはなかった。
「これから、もっと北に行ったところに、大きなダンジョンがあるんだけど、そこでモンスターを討伐します」
唐突に片桐が言った。事前相談なしに直前相談なのね……。
「難易度自体はそんなに高くないから大丈夫なんだけど、そこまでの道のりがちょっとアレでして……」
片桐は急に言葉を濁す。アレって何? おいしいの?
「ああ、アレ……。私、苦手」
春乃が険しい表情を浮かべた。彼女が苦手とするものとは何なのだ。新手のモンスターか、はたまた人か。
「そういえば、知らなかったんだよね。じゃあ、これも含めて説明してあげるよ」
片桐が空気を読んでインフォメーションを入れた。いい人だ。相手の心を察して、適度に距離を取ったり接近したりしてくれる人。そんな人にはいままでに出会ったことがない。俺の周囲にはいなかったのだ。なぜなら、もしいたならば少なくとも会話はしているはずだからだ。自慢じゃないが、俺は高校では未だに他人との会話が皆無である。担任や春乃を除くと、落ちた消しゴムを取ってあげて「ありがとう」と言われたり、「この部活入ってよ」とアニメ研究部に勧誘されただけである。俺、そんなにオタク要素強いですかね……。
「おう、来いや」
これが俺なりの心構えだ。難しそうだが、頑張って理解してやる。
「わたしたちは、一般的なレベル制じゃなくて称号というもので強さがわかれてるんだよ。称号は、特定のモンスターがリストバンドをドロップするんだけど、それを着けてると効果が発揮されるんだ」
俺は春乃と片桐の左手首に目をやる。二人とも綺麗な真っ白な手をしていて、とても繊維質な輝きが……でなくて、その手には何もなかった。もう片方にも何もない。
「春乃たちも称号はないのか?」
「ちょっとわけあってね……。だよね、春乃?」
俺の問いに片桐が気まずそうにして答えた。語尾が心なしか強調されていて、わずかなむず痒さを俺は覚えた。
「……うん。わけあり。ちなみにこれが称号剥奪。剥奪されると、モンスターは称号をドロップしなくなる。剥奪を直すには……PKして奪うか、魔王の街まで行って、特別なクエストを受けなければならない。……それがかなり高難易度」
称号剥奪か。前にも言っていたような。
そうか、あの時だ。春乃がどうかしてしまった時。
「わかった。俺が強くなって、その手助けをしてやればいいのか?」
「んー、そうじゃないんだよ。魔王討伐までに、称号はないといけないんだけど、それも、五段階の最上位レベルのね。でも、必要なのは一人だけで、一人だけでも最上位の称号を持っていれば魔王に挑戦できて、それに攻撃する権利を与えられるんだよ」
聞くからにして、かなりシュールな話である。というか、俺は甘く見ていたが、この世界では意外と緻密にシステムが練られているようだ。
だが、所詮は人が作ったもの。
同じ人間であれば、攻略は可能なのである。
「要は俺が強くなればいいってことだよな? でも……大丈夫なのかな。まだ一度もモンスター倒したことないんだが」
「えーっ! それはさすがに重症だよ……。こんなビビリ初めて見たよ……」
「ぐふぅ!」
思ったよりダメージを受けた。やはり辛辣な言葉に対する耐性低いな、俺。いつも言われていればいいというわけでもないようだ。中途半端に慣れているだけではまだまだ未熟である。他者との接点を完璧に切れて、初めて傷つかなくなるのだと俺は知った。
「ともかく、アレの退治が必須。困る」
春乃が、目的地が近づくに連れて明らかな恐怖心を見せ始めた。何がそこまで恐ろしいのだ。
「あのさ、さっきからアレって言ってるけど、そのアレってなんなの?」
「アレはねー。んー、端的に言えばモンスターなんだけど、中でも厄介なエルフだよ……」
俺の質問に片桐が答えた。エルフと言えば、妖精で耳が長いとかのイメージで、さして厄介には思えない。わからん。
「そのエルフがなんなのさ」
口にすることをはばかるように、唇を噛んでいた春乃が、そっとその答えを述べた。
「ウザい。この世界のエルフは」
「なんだそりゃ。聞いたことねぇよ」
「まあまあ沙輝くん。見てみればわかるから……。ホラ、もうすぐだよ」
見ると、平原はもう少しで途切れ、その向こうに深い林が見えた。察するにその向こうにダンジョンがあるようだが、そのためには林を通過するしかなさそうだ。
二人とも心なしか顔を青くしていた。そこまで苦手なのか。
「ここを越えなきゃ、行けないんだろ? 行かない理由がどこにある」
「沙輝くんのその清々しさが羨ましいよー。もう本当にげんなりするからね」
ため息混じりに片桐が漏らした。
林まではまもなくだ。
何も知らない俺は、強引にも膝丈まで茂った草を蹴散らしながら入り込んでいく。このようなスキルは、全て食堂から得たものだ。俺の学校は本当にあそこすごいからね。
視界には深い緑が広がり、木々が何本も立ち並んでいて、奥まで見通すことは敵わなかった。
後ろに二人がついてきていることを確認すると、俺は探索する速度をあげた。草が揺らぐ音が、より一層激しくなったことから、二人も速度をあげたことがわかる。
前方に一筋の光を見たとき、俺は目の前に広がる光景に一瞬、色々な意味で目を奪われた。
「なんじゃこりゃ!?」
そこに広がるのは、一つの小さな村だった。決して多くはないが人々が行き交い、日常生活を普通に営んでいるように見受けられる。大人から子供までちゃんといて、今まで見てきた街には感じられなかった現実味を少しは感じることができた──。




