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Standard Game  作者: Nemlyc
第三章
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休息のひととき4

 片桐の身振り手振りを交えた説明を聴き終えた時、俺の頭は爆発寸前だった。

 説明の半分は頭の中から抜け落ち、残っているはずのもう半分も未だ処理しきれないでいる。……え、えっーとアレがこうでコレがそう?

「それで──結果的にどういうことなん?」

 おっと、微妙な関西弁が……。やばい、怒られる。誰にだよ。

「はぁ、馴染みが早いと思いきや、聞けてなかったのかー。ちょっと損した気分になっちゃったよ」

 片桐がため息混じりに言った。まあ仕方ない。俺の力不足だ。

 理解できていることを要約すれば、モンスターを討伐するという、とても一般的なクエストだ。初心者向きでもあり、ちょうどいいレベルである。

「一応聞いておくけど、この世界のバトルシステムはもう完璧に覚えてる感じー?」

「何も聞かされてねーよ……」

 ため息交じりの返事をすると睨まれた。本当に何も知らないのである。

 知っていることといえば、称号、ファイナルブロウとかいうアブナイやつ。

「春乃も教えてあげればよかったのに」

「……ちゃんと教えるつもりだった。て、手とり足とり……」

 自分のミスに恥じたからか、顔をうつむけ気味にして春乃が言った。言葉が尻すぼみになっていくのが春乃らしくない。あと、心なしか顔が赤い。……って、「てとりあしとり」って俺は何をされるんだ?

「ふーん。てことは、基礎的なことだけでも教えておくよ。あとでダダこねられても困るしー」

「そんなに子供じゃねぇ!」

 文句は言うけどダダはこねない。似たようなレベルなのは気のせいだろうか。

「その前に春乃、時間はどう?」

「私に訊かれても困る。でも、だいたいあと一時間くらい」

「おっけー。じゃあ手短に済ませようかな。あ、今のやりとりの意味は分かるよね?」

 額にかかった髪をかき上げながら片桐が訊いた。

 それぐらいわかっている。初日でこの夢の内容を思い出した手前、どんなからくりかは概ね理解しているつもりでいた。

「ああ、眠くなるまでの時間帯ってことだろ?」

 この世界が夢であることは、間違いなく本当のことである。夢は朝に起きると忘れれてしまう。努力すれば記憶にとどめておくことはできるが、それでも完璧に記憶しておくことはできない。

 それと同じように、この世界のことも俺は完璧に記憶していたわけではなかった。だが、印象的だったことだけは覚えている。記憶が芋づる式で回復できるように、グロい描写ばかり思い出した。あと、春乃の怪しげな剣を背負った禍々しい姿。

 そして、春乃が俺の腕の中で寝てしまったこと。

 そのあとからは、記憶以前に意識が無くなっていたように思う。

「すごいね、本当は夢を記憶にとどめるクセをつけるのにはもうちょっとかかるんだよ。もっとも、これが普通の夢じゃなくて、少し特殊だからそんな真似ができるんだけどねー」

「なるほどー!」

 うん、やはり微妙だ。わけがわからなくなってきた。ヘルプミー。

「詳しいことは歩きながら話そっか」

「わかった」

「同感。できるだけ距離を稼いでおきたい。あの平原はここから少し遠いから」

 俺と春乃が順に同意する。

「武器とってくるからっ。先に外出てて!」

 金属が軋むような錆びついた音を立てて、片桐が奥にある扉へと入っていった。その先に何があるのかまでは見ることができなかったが、恐らくは彼女の部屋だ。

 どんな武器なんだろうと、俺は胸を高鳴らせながら、春乃を誘導すべく彼女へと向き直った。

「行こうか」

 急に雰囲気を冷却して、どこか他人行儀で接してしまった自分に嫌気がさした。

 片桐との会話に夢中になって、春乃をだいぶないがしろにしていなかっただろうか。

 今になってそんな疑問が脳内に浮かんだ。

 なぜならば。


 ――そこに春乃の姿がなかったからである。


「そうかよ……」

 俺は吐き捨てるようにして、倉庫の出口の扉を開き、外に出た。

 外気が少し冷たい。

時間は意外と経っていたようで、その証拠に空は茜色に染まっていた。橙色に輝く太陽が地平線を目立たせて、白い海との対比でとても幻想的に見えた。

 と、その中に少女が一人。こちらを向いて立っている。

「沙輝。私のこと、どう思ってる?」

 一語一語がくっきりと区切られ、その意味を際立たせた。風が吹き、握りしめて汗ばんだ俺の両手に渇きを与える。

「ん? そりゃどういう意味だ?」

 何を求めているのか、俺には到底わからない。無表情キャラはどこまでも心情が読めない。

 だからこそデリケートなのである。

 少しのことでも、過剰に受け取ってしまう。

 そんな生活をしてきた俺だからこそ共感できることがらだった。

「そのままの意味。……どう思ってる?」

 今度は上目づかいで畳みかけるように春乃は言った。だが、俺は真意を読み取ることはできなかった。

 共感と理解は違うのである。共感しているだけでは、真に理解していることはない。

 つまり、俺が春乃のことを解き明かすことなどできないのである。

「まあ、なんていうかな……」

 だが、理解に努めてやらないこともない。要は、俺に言わせたいのだろう。あの言葉を。

 俺は拳を握りしめ、春乃の前に地面をしっかりと踏みしめながら立った。そこまでして、俺が言わねばならないものは。

「…………っ!」

 口をついて出てきた言葉は何もなかった。盛大な舌打ちと共に、俺はその場にしゃがみ込む。地面は雲だけあって、ひんやりとした感触を服越しに俺に伝えた。

「え?」

 耳に手を当てて春乃が訊き返す。何も言っていないから、答えることなど何もない。口にする前から、何も決まっていなかった。

「何でもねぇよ……。どうせ、こんなもんさ、俺は。自分でもよく考えてみな……」

 俺が発した言葉が消えると同時に、扉が開け放たれる音がして支度を終えた片桐が顔を出した。白いTシャツに胸当てをつけ、下にはミニスカートを身に着けている。右手には細長い何かを掴んでいて、左手はこちらに手を振っているようだった。

 俺は立ち上がってそっぽを向く。

「ご、ごっめーん! ちょっと遅くなっちゃった!」

 顔の前に左手を立ててかざし、許しを請う片桐に春乃がやさしく声をかける。

「大丈夫。それほど待ってないから……」

「ふぅー、よかった……」

 安堵したように片桐がホッとため息をついた。

 俺は一歩後退り、輝いている西日に見入る。こんな状態で片桐を直視できるはずがなかった。それにしては、春乃の対応が早すぎる。どんだけ器用なんだよ。

「よ、よーっし、じゃあ近くの街までは行こうかっ! 近いし、それくらいなら行けるよね?」

 なんでそんなに不安げなの?

 だが、そんなことを言っている余裕はない。今は急がねばならないのだ。

「おう、じゃあ行くか」

 あまり気乗りしない様子を俺は装った。できるだけ相手を自分の中に踏み込ませない。それによって自我を保つことができるのだ。これは、空気ならではの小技だ。伊達に空気として過ごしていたわけではないのである。

 先導して行った片桐に、オートパイロットでついていく。機械的な分、もし何かあったとき、対応に遅れてしまうかもしれない。

「沙輝くん。わたし、武器は槍を使うんだよ!」

「うんわかったから退いて前が見えない!」

 あーもう、びっくりした。

 目の前に片桐の顔があったので少々驚いてしまった。思考に耽っている時って、案外周りが見えないものなんだなぁ。

「もうっ。二人して沈黙貫いちゃってー。……このままだと、もう一人くらい欲しいかな」

 俺が一言で文句をまくし立てると、片桐はふくれっ面をして言った。

「わ、悪かったよ。もう一人呼ぶとか止めてくれ。俺のコミュ障なめんな」

「その皮肉たっぷりに話すやつかー。それは確かにキツいかも」

 わ、そんな風に思われてたんだ。性格変えたい、根本的に。

「でも、私はいいと思う。個性があるから、その分無機質よりはマシ」

「それをお前が言うか、春乃……」

「別に」

 何はともあれ、一応ペースは取り戻したようだった。会話もそれなりには保てているだろう。

 女子と付き合っていく上で、一番大切なのは会話だ。どこぞのテーマパークでも、会話の継続度で飽きられる可能性がある。それに、交際へ持っていくにあたっても、会話というものはかなりの影響力を秘めている。

 だから俺もコミュニケーション能力を上げていかねばならない。将来的に。あ、ここ重要だからテスト出るよー。


 それから、一度のエンカウントもなく、新たな街へとたどり着いた。というより、十分しか経ってないから当たり前か。ホント近いなココ。

 前の街には、周囲に壁はなかったのだが、この街には三メートルほどの外壁が設けられていた。おまけにご丁寧にもアーチ形の門まである。それほどにモンスター対策に特化した街なのだろうか。

 アーチ形の門は、周囲の壁のように模様が一切ないということはなく、むしろ派手な装飾が施されていた。竜みたいなやつがところどころに描かれていて、その周りにはちゃんとしたエフェクトもついている。見た目は古代の人が描いたようなものだが、黒電話らしきものが映り込んでいるからよくわからない。ギャグセン高いなこの門。

 そこをくぐるや否や、しばらく無言だった片桐が口を開いた。

「あー、疲れたー! 何時間歩いた?」

「二時間。結構歩いた」

「十分ちょいだよ!? 何言ってんの、春乃、片桐?」

 どんなボケだよ。てか疲れすぎだろ。

「おいおいつれないなー。ここはもうちょっと引っ張ろうよ。もう解散になっちゃうんだしー」

 未練がましく言う片桐は、近くで見つけた街の案内掲示板を眺めていた。妙に真新しく、字もきれいで、少し遠くからでも大変読みやすい。

「沙輝は疲れないの?」

「このくらいじゃあな。サッカーやってたし。春乃は中学の時なんかやってたか?」

「そのころは病気がちで、ろくに部活動なんかには行けてなかった。毎日毎日病院通い。今も一週間に二度か三度は病院へ通っている」

「へえ、なるほど。なんかごめん。夢っつっても体力とか影響するのな。てっきり無限に走れるかと……」

「もしそうだとしたら、ゲームとしてとてもつまらない。最低条件を破棄している」

「なんだそのゲーマー思考……」

 いやあ、恐れ入る。一日のほとんどを何らかのゲームで消費する俺ですらそんな考えは抱かなかった。それだからチート要素を求めて前言のような結論に至ったのか? だとしたら俺の方がゲーマーだったわ。

「ちょっと、二人ともー! ここのカフェ行こうよ。わぁ……おしゃれ~」

 一人でテンションを上げた片桐が言った。もし犬のしっぽとかついてたら、絶対振ってそうなハイテンション具合である。

「いんじゃん?」

 俺は春乃に問いかけた。

「そこで、解散」

「だな。またあっちで会おう」

「うん」

 俺と春乃の意思が一致した。先ほどの下りなんて気にしてない、という風な様子だった。それが一番なのだろう。無理に刺激してしまっても意味がない。

 女子二人と談笑し青春していたことに、俺は苦笑した。以前ならば、絶対にあり得ることではない。

 何らかのリスクを冒したからこそ、手に入れたもののような気がした。

 まあそんなこともある。

 ふとしたきっかけで、何かが変わること。

 そんな世界に身を委ねてもいいのではないか。今ならそう感じることもできる気がした。

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