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Standard Game  作者: Nemlyc
第三章
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休息のひととき3

「──はぁ。なるほど。その、片桐暮羽さんは、春乃の知り合いで、あののっぺら武器屋をやっていると。そういうことか」

「知り合いじゃない、友達」

 俺がため息混じりで一息に呟くと、春乃が冷静に訂正した。

「知り合いと友達って結構違うものなのか?」

 俺は二人に向かって問いかけた。

 すると片桐が、色素が薄い栗色の髪のポニーテールをゆらして俺の方へと歩いてくる。釣り上がった目で、挑戦的に俺を見つめた。

「わかってるくせに言わせるとかぁ、沙輝くんって意外と下衆いねー」

 そして片桐は八重歯を覗かせてにこやかに笑った。素で毒を吐けるとかマジぱねぇ……。

 片桐は再び俺を見つめる。まるで品定めをするかのように。俺はそのおぞましいまでの視線に寒気がした。何しやがる。

「まあ、別に渋ることでもないんだけどー」

「どっちだよ」

 片桐は呑気に笑う。正直このやりとりは面倒臭かった。

「で。……こんなやつと友達なのかよ、春乃」

 遠まわしに悪口を言う形で、俺は春乃に問う。

「こんなやつとは失礼。れっきとした友達」

 俺に保護者面されたのが気にくわなかったのか、春乃は棘を含めた言い方をする。その様子に心打たれたかのように、片桐は春乃の下へと駆け寄った。

「そう、れっきとした友達なのですっ!」

 二人で肩を並べて歩き出す。何なの?

 と思いきや急に立ち止まり、友好の証か、握手をしてその劇は幕を閉じた。

「そうそう。暮羽、あの武器屋「かたぎり」に行ってもいい?」

 そして、今思いだしたかのように春乃が付け足した。人差し指を突き立てて、片桐に見せつける。

「え……なんで?」

 片桐は首を傾げた。春乃の言葉が指す意味を理解していない様子で、頭を抱えて唸り始める。

「ちょっと、武器を作りたい。お願い、店長!」

「そう! わたしが店長なんだよね! ……でも何かあんまりここじゃ自慢できる肩書きじゃないなあ……」

 暮羽が深刻そうな表情をして肩を落とす。それを見た春乃までもが重苦しい空気を感じさせ始めた。

「おい、二人ともどうしたんだよ。いきなりテンション低くなってさ」

 俺が問いかけても、二人は何も言い出さなかった。どこか地雷を踏んだようでもあって、俺は何かしてしまったのだろうかと疑問を抱く。

「や、でもさ、今は楽しくやってるから……わたしは大丈夫だよっ! ほら、春乃も元気出して」

「う……わかった」

 二人は生気を取り戻し、ちょっとした談笑を始めた。

 黒髪の美少女に、金髪っぽい栗色の髪の少女が二人並んでイチャついている……。このシチュエーションには、さすがの俺も興奮を隠せなかった。

「俺の目の前に、女の子がちゃんといる……」

 独りぼっちをなんだかんだ言って貫いていたころは、二次元が友達だった。周りに女子がいないということはさすがになかったが、話したことはほとんどない。つまり、二次元がそばにいたのだ。

「よーしっ! そうと決まれば、武器を作るために戻りますか!」

 両手でガッツポーズを決めた片桐が言った。

「おー」

 言わねばならない空気を感じたのか、かなり小さな声で春乃も乗じた。声量が、言ってないも同然だぞ。

「はぁ……また移動かよ。いつになったら現実に戻れるんだよ」

「正確な時間はわからない。ただ、レム睡眠を延長させているから、そこまで長引かせることはできないはず」

「つまり、黙って従っとけってことだねー」

 まあそうなるわな。

 俺は移動を始める二人について行くべく、頭に浮かんできた煩悩を振り払った。


 俺たちは先ほどと同じ移動を繰り返した。

 まず特訓、という計画は結果として本末転倒となったわけだが、通しての目的は達成できたので良しとしよう。

 それはつまり、片桐との合流である。

 彼女は、今俺の目の前を行く女の子だ。栗色の腰まであるポニーテールを揺らしながら歩いている。身長が俺より少し高く、どこか底の見えない性格の持ち主だった。

 俺には関係のないことだが。

 間も無くして、例の武器屋「かたぎり」にたどり着く。行き程には時間がかからなかったように思う。それは、俺が春乃と片桐の会話を聞いて楽しんでいたせいかもしれない。

「うーん、自分の名前付けちゃうのって、なんか気味悪いなー。片桐の店のかたぎり! うーん……」

 開口一番に片桐が感想を述べた。誰にあてたわけでもなく、自然と漏れた一言のようだった。その呟きは虚空に消える。雲一つない青空が清々しい。

「そう? 私はばっちりだと思う」

 首を傾げながら、毎度のボケを春乃がかました。

「やっぱお前ネーミングセンスどうかしてるだろ……」

「どうしたの? わたしと会わない間に頭どうかした?」

 俺と片桐の息が合った。驚いて顔を見合わせる。

「あはは〜、タイミングぴったりだねっ」

「そ、そうだな」

 あー、緊張した。最近やらかしまくりだな、俺。

 そんな光景を、春乃がじっと見つめていた。

「むぅ……」

 右と左の人差し指を合わせたり離したり……、劣化版○Tデスカ。

「ま、まあ、武器の相談でもしよっかー! で、どんな武器なの、春乃?」

 片桐が場を取り持つように陽気な声を放つ。ややぎこちない感じがあるのは気のせいか。だが、おかげで白けそうな空気をどうにかすることができた。俺だけだったらどうやってもたせようか……。そもそもこんな空気になることはないだろうけど。

 今回は、片桐の空気読みスキルが功を奏したようだった。

「武器……本当は、沙輝のものを新しく作ろうと」

 春乃が発言の真意を明かした。それを聞くと、片桐は怪訝な表情をして俺の方を睨んでくる。釣り目が怖いです。

「それでも男の子ー? 春乃は女の子なんだから、せめて自分のことくらい自分でいいなよ?」

「あ、ははい。すすすみませんでしたッ!」

 急に話を振られ、どうしたものかと噛みまくったが、謝罪を要求されていただけなので助かった。慣れているからな。

 謝罪になれるとは何とも悲しいことである。それだけ人の心を理解できないということかな。……てことは、俺って人じゃないの?

「はぁ……。とりあえず、ちょっと待っててねー」

 そう言い残して片桐は武器屋「かたぎり」の店内もとい、ショウカウンターの奥へと入って行く。よく駅前とかにあるキ○スクみたいな感じの店内になにがあるのだろうか。見たところ、ショウカウンター以外に目立った内装はない。ほとんどが加工された木でできている、シンプルな建物。

それにしても、小学校の教室一つ分はありそうな外見なのに、ショウカウンターしかないというこの店の秘密が露骨に気になった。

「なあ春乃。この奥どうなってるか知ってるのか?」

「まるで知った風な口……。私は知っているとは一言も言っていないはず」

 やや怒っているようなご様子で……。いつもより棘が多めの言葉を俺は受け取った。

 会話を聞く限りそれなりに長い付き合いだとは思っていたのだが、特別親しいというわけでもなさそうだった。

「やー、お待たせ! あれ? なんでこんな深刻な雰囲気なの!?」

「ん、多分気のせいだ」

「同じく」

 俺の言葉に春乃が続いた。春乃はそっぽを向いていて、どうやら俺と話すつもりがないらしい。……女の子の横顔ってきれいだなぁ。

「ちょっと、どうしちゃったのー!」

 片桐が俺と春乃の冷めた対応を見て狼狽する。まあそれもそうだろう。俺だってその気持ちはわかる。そんな時は黙ってこの場を……

「どうでもいいけど、長くなるかもしれないから、打ち合わせしよーよ」

 そうくるのね、別にいいけど。

 俺は、片桐の精神力に尊敬の念を抱いた。もしかして察していないだけというオチはないだろうな?

「ちょっと聞かせて欲しいんだけど……」

 片桐は突然声のボリュームを落とした。まるで放心したような様子である。

「うん?」

片桐の態度があまりにも変わるので、俺は不自然な声を漏らした。それに、俺を見る目がお金を見るように異様に輝いていて、何か怖い。

「その鎌、もしかしてだけど、初期装備なのかな?」

「そう初期装備! 暮羽は見たことある?」

 俺への問いを春乃が横取りして答えた。とられた俺は口を上下させただけで終わる。

「あーっと、うーんと、見たことないなー。ここには思いの外、人がいて、ときどきわたしの店にくるけど、鎌なんて見たことないよ」

「へぇ、そうなのか。……てか春乃、俺のセリフ取るなよ」

 素早く返答することで、うまく割り込むことに成功した。ふぅ。

 俺は腕でかいてもいない額の汗を拭った。かいてないからね。

「二人だけで話してる沙輝が悪い。私も入れて」

 春乃は俺の服の袖を握って、懇願するようにそう言った。潤った大きな瞳に吸い込まれるように見入っていると、片桐から声がかかる。

「……何やってるのお二人さん。今はそんな時間じゃないよー。大事な武器を考えてるんだからっ!」

「そうだな。話を逸らしてても仕方ないし。春乃、手早く済ませようぜ」

「う……うん」

 さてと、と片桐は店の方へと歩き出した。

「そうだなー。やっぱり店の中に行こう? その鎌、ちょっと興味あるし」

 俺は中が見てみたいだけあって異論は無い。あとは春乃次第だ。流れを無視することはいだろうが、一応俺は聞いておくことにした。

「いいよな? 春乃」

「どっちでも」

 ぶっきらぼうに言い放たれた言葉を聞くや否や、片桐は急に歩き出す。

 俺も片桐に続いて歩き出す。途中、後ろに春乃がついてきているかを確認した。

 うん、ちゃんとついてきている。

 それからは、しばらく会話がなかった。

 片桐は店の裏側へと歩いていく。先ほどはあまり気にしなかったが、入り口のショウカウンターとは別に、出入りがあるようだった。

 白で塗装された外装はところどころ剥げている。質感からして、ショウカウンターと同じく木でできているのだろう。新たに改築された様子がないことから、店長もとい片桐が手入れに念を入れているのはショウカウンターだけのようだ。

 他も気にしろよ。

 俺は不自然な雲の足場を歩きながら思考する。街の中だけでなく、ここのような普通のフィールドも舗装してほしかった。妙にリアルを追及したような不思議な感触が気持ち悪い。足を踏みしめるたびに地面が軽く沈む。まるで泥沼が延々と続いているようなものだ。走ろうものなら蹴り応えがなくて滑って転んでしまう。

 俺は足場に気を付けながら、ゆっくりとそしてしっかりと歩んでいく。この夢に限らず、将来の夢へも歩んでいくつもりだ!

 春乃に目をやると、唇を噛み締めてややぎこちない様子でついてきていた。顔も俯け気味で、後ろを向いていても目が合う気配はない。

「春乃、どうした?」

 見兼ねた俺が声を掛けた。やさしー!

「何でもない……」

 春乃にしてはやけにテンションが低い。いつも単調で冷たく返してくるのだが、今は更にドライだった。

「ふうん。大丈夫ならいいけど」

 こういう時に、俺が誰かにしてやれることなどない。素っ気ないが、これが俺の最善手なのである。

 春乃からの返事はなかった。

 俺はすぐに、片桐が入るのに続いて店の内部へと入る。

 内部は暗く、倉庫といった感じだろうか。物騒な武器が段ボールの中に乱雑に入れられ、そのまま棚に積まれていて、いかにも武器屋といった感じである。湿っぽい空気もまた、それらしく感じさせる要因となっていた。

「ここは……?」

 俺が問うと、先に待っていた片桐が答えた。

「見ての通り、倉庫だよ。ここに、わたしが手に入れた武器や、作った武器が置いてあるんだよ。まだ数は少ないけどね」

「へえ。これから、ここが満杯になっていくんだろうな……」

 俺の呟きは空気中にとどまることなく消えていく。いわゆる無視だ。

 ドアを開閉する軽快な金属音がして、春乃がこの倉庫内に入ってきたことが分かった。

「じゃー、本題行くね。ここになかったら、取りに行くってことになるんだけど……ここに欲しい武器はあるかな? ここにある分なら、ツケでタダにしてあげてもいいよ?」

 片桐が、倉庫目いっぱいを指していった。まだ在庫が少ないからか、棚に関してはさほどの数はなかった。壁に沿って、十段の棚が点在している。段ボールに入っている武器の数は少なく、一つの棚の五十パーセントにも満たなかった。

「片桐、この鎌に似た武器ってないかな?」

 俺が訊くと、片桐は考え込むようにしてこめかみに手を置いた。うーん、と遅れて聞こえてくる。上を向いたり下を向いたりする度に髪のが顔にかかり、それを払う姿を俺はしばらく見ていた。

 鎌にこだわる理由はちゃんとある。

 ランダムに選ばれたであろう初期装備の一つであるのは確かだが、俺のもったいない精神が手放すことを許さなかった。なぜなら、手に武器を持つことが新鮮だからである。現在、平和を守ることが常識となっている世の中で、日常的に武器に触れる機会がほとんどない。触れられることができるのだって、少なくともゲームの中だけだろう。それも平和を維持するにあたってどうかとは思うが……。もちろん、鎌を触る機会だってほとんどない。

 剣の方がもっとないな。

 だったら見てみてはどうだろう。

 そう思い立った俺は、段ボールを出して中身を見たり、そこにあった奇妙な剣を試し振りしていた。どの剣も持ってみると意外と重い。特に、日本刀のような細い刀身なのにハンマーよろしくかなり重量のある剣などは、将来絶対に持つことがなさそうな類のものだった。数が少ない割にクオリティ高そうだな。

 視界の端には春乃が見えた。ドアの付近で腕を組んでうつらうつらしていた。こちらは何も見る気がないようで、俺と片桐の話が終わることを待っていたようだった。今の装備に不備はないということだろうか。まあそうだよね。

本当にいつも背中に背負っている剣が恐ろしくて仕方がない。まっこと恐ろしい。

そして、無言のままかなりの時間が経過していたりする。

俺はこの倉庫内の武器を八割方見終わり、春乃がまだかなー、とでも言うようにこっそりと薄目を開けてこちらを見ていた時だった。


「あ、そういえばっ!」


 突如、片桐が声をあげた。

 物音がほとんどしないからか、倉庫が音を響かせやすいのも手伝ってその声は普通よりも大きく響いた。

 本当のところ、かなり大きかった。春乃なんて耳を塞いで縮こまっている。時々すごく仕草が可愛いなぁ……。そんなことを考えている俺は、何もできなかった人間の一人である。

「どうしたの? そんなに大声をあげて」

 春乃が面倒臭そうに訊く。ついでに表情まで相手を迷惑がるようなものだった。そんな顔してやるなよ。友達じゃないの?

「思い出したんだよ! えっとー、確か……」

 そんなこと気にする素振りも見せず、片桐は続けた。見ないでやるなんて実にいい奴だ。というよりは、そちらの方向を向いたのが春乃の発言の後だったので見えなかっただけだろう。

「整理して喋れよ……」

「そんなことはどうでも良くって、わたし――いいクエストがあるのを思い出したんだ!」

 俺のあしらうような言葉が効いた様子は微塵にも感じられなくて、俺は片桐のメンタルに恐れ入る。

それより、クエストという単語に俺はつい引っかかってしまった。

「クエスト……って、そこまでゲームを追及してるのか!?」

「だから、ここはゲーム」

 春乃が人差し指を俺の口に押し当てた。指先は妙に温かい。そして、春乃の顔も近づいてきて、俺に迫る。

 心臓が早鐘を打つように鳴り響く。

「少しこの話に興味がある。だから黙ってて」

「な……」

 春乃は俺に答える余地を与えなかった。

「後でよく教えてあげるから」

 そして春乃は片桐の方へ歩いて行く。

「じゃあ、教えて」

 それが当然かの如く、春乃は訊ねた。

「それはちょっと無理な相談かなー。……ちょっと独占欲強すぎじゃない?」

 対する片桐は、いやらしい笑みを浮かべて春乃をあしらう。

 この二人のやり取りからは、あまりいいような雰囲気は感じられない。むしろ険悪である。本当に友達なの?

「はぁ……」

 春乃が小さくため息をつく。そして、何を思ったか俺に向かって手を振ったのだった。

 もちろん、俺としては予期していた事態ではある。だが、なぜ言いくるめられたかが気になった。確かに、春乃は俺が介入することを拒否した。それを覆すとは……片桐も中々やるようだ。

「何してるのー? 早く。知りたかったら詳しく教えるからさー!」

「お、おう」

 俺は二人の視線に射すくめられ、仕方なく歩み出す。……もう帰りたい。

 いろんな意味で修羅場である。

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