次へつなぐ術
不定期更新で、かなり時間が空きましたが、ついに投稿しました。
盛り上がったまま、放置する形になってしまってすみません。
これからも少し間隔は空きますが、更新していきますので、お楽しみ(?)ください。
目覚めると、いつもの見慣れた風景があった。
馴染み深い木の匂いが鼻をつき、俺は今の状況を悟る。
手元には固い板が鎮座しており、俺はそこからゆっくりと身体を起こした。
意識は朦朧としていて、何があったのかは順を追って考えていく必要があった。
まず、江戸川と平田と名乗る人物が現れた。そして、何やら挑発的に話し始め、それに影響を受けた春乃がその場からの脱走を図った。それは見事に成功し、片桐と俺の二人は取り残された。
江戸川からの勧誘を断り、まずはダンジョンから出ようとしたところで……
「──そうだ、春乃!」
俺は椅子を引いて立ち上がった。
背中を冷や汗が伝い、俺のもともと高くない体温を奪った。
保健室に来てみると、もう中には誰もいなかった。
「やっぱりダメなのか……?」
でも、もともと期待はしていなかったから、こんな状況でも納得することができた。
春乃は自分の過ちを自覚し、悔やんでいた。それをわざわざ指摘する必要があったのだろうか。
外見からして大人なのだから、見逃すということもできたのではないだろうか。
だが、今回こうなってしまった。つまり、それができない大人もいるということである。
そのような場合、正攻法では勝つことができない。だったら、スキをついた攻撃が必要ということになる。そのためには協力も仰がなければいけない。
「急がなきゃな」
俺は学校を出てそのまま家へ帰宅することにした。
明日、片桐には家を知らなかったと伝えておくことにしよう。
嘘は方便。やさしい嘘は必要である。
*
翌日、俺と片桐が合流すると、早速作戦会議が開かれた。
昨日、学校で会えなかった旨を伝え、これからこの世界の中でどう合流するか、ということに関しての話し合いだった。
無論、俺なら会おうと思えば会うことができるし、片桐だって無理をすればその可能性を作ることができる。
それを承知の上での会議だった。
「それで沙輝くん、最後の街に着くまでに、もう一つ称号を手に入れなきゃいけないんだけど……二人だけでどう頑張る?」
「そこら辺のモンスターを率いて戦うとかか?」
「そんなコミュ力あったら人間関係には絶対に困らないよね!」
「ぐっ……」
何か皮肉を言われているような気がした。
「困らないよね、ね!」
俺の学校での立ち位置が割られているようだった。
でも、ぶっちゃけそれはどうでもよくて。
「最悪の場合、人員確保しなきゃいけないんだろうな……」
「もしそうだとしても、ここってあんまり人いないから集めにくい気がするんだよね」
「うーん……。アテがないわけじゃないが、例の古参の人たちは嫌なんだろ?」
「嫌というよりは、後々春乃があの人たちに助けられたっていう真実は認めたくなさそうなんだよ」
「とんだわがままだな!」
と、この先のことを考えていた俺たちだが、一つだけしなければならないことがある。
ここ、エルフたちの村を越えなければいけないということだ。
春乃の話によれば、ダンジョンを荒らした対価となるものを請求されるそうだった。対価とはまさかのお金である。
この世界ではなぜかモンスターを倒してもお金は発生しない。リストバンドのような素材アイテムは発生することがあるが、それも頻度は稀である。
お金は基本的にそれらの素材アイテムの換金だけだ。それも、日本円と同じ価値の金貨、銀貨、銅貨である。金貨は五百円、銀貨は百円、銅貨は十円で、物価が高くないためか紙幣はなく、端数も切り捨てられているため一円という概念はない。
とにかく、そのあたりの設定はかなり甘いといえる。
「片桐、洞穴の中もなんだし、そろそろここを出ないか?」
「そうだね! でも、わたしたちお金持ってないよね……。どうする?」
「まあそこは強行突破じゃねえか? 多分春乃もそうしてる。無差別で殺してそう……」
「春乃はそこまで狂暴じゃないはずだよ!」
「ま、とりあえずいこうじゃん」
ダンジョンの入り口から村へ顔を出すと、澄み渡った青が視覚を覆う。
雲ひとつない空──地面が雲と同じ高度なのだから当然だが──に群れを成した鳥が飛んでいた。きれいなV字を描き、俺の視界の片隅を横断していく。
「鳥を観察している暇はないんだよ?」
肩を叩かれ、俺は現実へと引き戻された。
「わかってるって」
どこがそうなんだか、とでも言いたげな片桐は小さなため息を漏らした。言おうとはしたがやめたようだった。
「じゃあ、経路なんだけど、さっきわたしが見た限りでは、突っ切るしかなさそうだよ!」
「当たって砕ける感じか?」
「当たって貫く感じだね!」
「ふうん……」
渾身のネタを流された……。
「えー、コホン。と、とりあえず、考えなしに突っ切っても意味がない。なんか作戦とかないのか?」
「あったら強行突破を提案した沙輝くんがよくわかってるはずだよね」
「ま、まあな……」
そんなこんなで、俺は背中につっている鎌に手をかけた。
鈍い金属音がして、片桐が槍を地面に突き立てたのがわかる。
「臨戦態勢のまま、できれば戦闘なしでいくぞ」
「らじゃ!」
物陰に潜むべく、俺は藁葺きの建物の近くへ寄った。店が出回っているところに集中しているのか、緑の姿は少しも見当たらない。
安全を確信した俺は、無音で足をスライドさせていく。
大丈夫だ。物音はしない。
少し進んだ先で目の前に遮蔽物を構え、俺は向こうの景色を見渡した。
思ったとおり、商店街と思しき場所にエルフは集中している。
「このレベルならいけそうだぞ。あの商店街ならエルフの数を考えると問題なさそうだ」
「了解。でも、堂々としながら、人気のないところを通るんだよ? コソコソしてたら逆に不審に思われちゃう」
「それでも、人気のないところなんだな」
人混みに恨みでもあるのかよ。
心の中で毒づきながら、俺は少し歩んだ。
大通りに差し掛かる。
絶え間無くエルフたちが行きかい、緑を基調とするカラフルなコントラストが俺の視界を遮っていた。
「ここを抜けたら、出入り口まで行くのにはそう時間はかからないはずだ」
「すごくたくさんいるんだけど……」
俺のとった行動が不服だったのか、片桐はふくれっ面を作って見せた。だがそうしたところで、人気のない場所を見つけるようなことは俺はしない。
「すみませーん。通りまーす」
俺は拡声器よろしく口の横に手を当てて、大きな流れに割って入った。
「わわっ、ちょっと待ってよ!」
苦戦しながらも、片桐はついてくる。
「貴様! 私の足を踏むな!」
きんと張り詰めた声が上がる。
「わ、ごめん」
即座に俺は返す。
「おい、荷物に当たったぞ!」
「割れちゃってたらすみません!」
我ながら適当である。
「てめぇ、もっと罵れ!」
「お前誰だよ」
なにその流れに乗ってみました感。あれですか、某選択肢ですか?
「そういえばホモネタじゃなかったな」
よくわからないつぶやきを残し、俺は流れの激しい河川を渡った喜びを噛み締めていた。
「あたっ!? ふぅ、やっと出れた〜」
へなへなと片桐は座り込み、視線で俺に待てと伝えてくる。
「ああ、そうだな。ボスを倒した気分だ」
俺も横に座った。
小さく息を吐いて、片桐は俺に顔を向けた。
「さーて、もう時間がないわけだけど、脱出したあとの計画を練っておこう!」
「おー……。とりあえず休むとこ探そうぜ」
「そんなのはあとでいくらでも決められるよ……。いま決めたいのは、春乃と会うまでの手だて。だから、真面目に考えて」
「なんだよ、マジレスはやめろ。俺が死にたくなる。……春乃となら、俺が学校でなんとかするよ。それより、攻略が先じゃないのか?」
俺が言うと、片桐はうーんと唸り声を上げる。片桐は一点だけを見つめるだけで精一杯の人間ではないはずだ。
「そうだね、けど……」
俺の考えとは違い、片桐は言い淀む。
確かに双方とも欠くことはできない。だが、視野に入れなければならないことに変わりはないのだ。
「いや、なんでもないよ。……これはチャンスにもなるんだから」
「は? チャンス?」
「ううん、なんでもない。わたしはわたしで変わらなきゃいけないんだから。目を背けてなんかいられないから……」
放心する片桐を俺は横目に流すと、青い空を見上げた。
「それじゃ一発やってやりますか!」
二人の足は順調に進んでいた。
門が迫り、村を護る衛兵たちの姿が目に入る。
バトルアックスを持っていたり、ロングソードを持っていたりと、重量に焦点を置いた戦闘が予想された。
まして、相手はモンスターである。一瞬でも気を抜けば、戦闘になり、数的不利で負ける可能性も高い。
いつもより、慎重に行動する必要が出てきた。
鎌を強く握りしめる。汗がにじむ。
その工程を何度か繰り返し、ようやく決意が固まったところで、俺は一歩前に出た。
出口付近の掲示板の影から顔を出すと、二人の衛兵が簡易な門の辺りをうろうろとしているのが見えた。
「片桐、残念ながら戦闘は避けられなさそうだ」
「そうだね。わかってる」
片桐の表情は強張っていて、返事の調子もいつもと違った。先ほどからずっとこのような状態が続いていて、俺としては気になって仕方が無い。
「本当に大丈夫か? 緊張してるのか?」
「大丈夫だってばあ!」
「ちょ、声を上げんなって……」
「ご、ごめん」
もう一度確認すると、衛兵たちは二人で談笑していた。平和なやつらだ。
そこで、不思議と俺のや○気スイッチが入った。
「……あの調子だと、たぶん二人とも座ると思う。だから、その隙をついて正面突破な。もし、ゲームのような仕様だったら、モンスターは一定のエリアから外へは出られないはずだ」
「うん、……だね」
そのタイミングがやってくるまで、そう長い時間はかからなかった。
旅人ひとりこないのに門を守るというのは、非常に退屈なことだろう。俺だったら、確実に抜け出す。
彼らも例外ではないらしく、地面に腰掛けてうつらうつら船を漕いでいたり、手に持っているロングソードを手入れし始めた。
「そろそろだな」
俺の忍耐力も、もうじき切れてしまうことだろう。
そうなる前に、俺は切り出した。
「……」
無言のまま肯定を返した片桐は、小さく息を吐いた。
右手を鎌の柄に手をかける。だが足はこわばり、左手は収まる場所を探していた。戦闘態勢をとりながらの隠密行動に、俺は向いていないようだった。
「……行くぞ」
右足から前に歩み出す。
音はならなかった。
緊迫する空気のなか、遮蔽物を巧みに利用し、俺は徐々に距離を詰めていった。
かすかな物音を聞き、背後に目を向けると、片桐がいることに気がつく。
それだけを考えると、自分がどれほど集中していたかがわかるようだった。
無言のまま、俺は数歩移動した。
目の前には藁葺きの家があり、俺はいまその壁から衛兵の動きを観察している構図になる。
距離は直線にして数メートル。これから先、目立った遮蔽物はない。
衛兵たちの視界からはずれた時がチャンスだ。
「大丈夫だよな……?」
こういう時、必ずと言っていいほど起こることがある。
もしこれがラノベの中であるならば、なにかアクシデントが起き、俺の姿がばれ、強制的に戦闘へ引きずりこまれるのだ。なんとしても、それだけは避けたい。
注意を促す視線を片桐に向けると、小さな首肯が返ってくる。
──一応信用しといてやる。
次の瞬間、衛兵の視界が俺たちの方から外れた。
依然、暇なのだろう。片目で周囲を警戒しながらも、彼らは小さな寝息を立て始めた。果たしてやる気はあるのだろうか。
「片桐、できるだけくっついて歩け」
「りょーかい!」
タイミングを見計らい、ここぞとばかりに、俺は勢いよく身を投げ出す。なるべく、死角を意識しながら慎重に進む。
門まではもう一メートルもない。距離からして、少しでも予定を外れれば、感知されるのは必須だった。
「ふぉー、暇だぁ……」
ビクッと震えた衛兵からもれたのは寝言だった。
だが、俺は立ち止まってしまう。
そして、「いっ!?」という小さな悲鳴を聞いてから、俺は重大なミスを悟った。
「……走れ!」
できるだけ小声で呼びかけ、真後ろにいた片桐の手を取って俺は駆け出した。
「ちょ、どうしたの? ……あ!」
ほぼ同じタイミングで衛兵が意識を覚醒させた。
「……ん、お、おいお前ら、ちょっと止まれ」
やはり感づかれていた。
先ほど、俺が立ち止まった時、ほぼ密着状態にあった片桐は急に対応することができなかったのだ。そして不意をつかれた反射で、声をもらしてしまった。仕方ないこととは言えど、ミスをしたのは俺の方だ。
だから、誘導するのも俺である必要がある。
「まずこの森を抜けよう、そして奴らが追って来てるかを確認する!」
「追ってきてるの……かな?」
「え、追ってくるもんじゃねえの?」
「知らないよ!」
振り返ると、ロングソードを構えた衛兵が一人、俺たちを追ってきているのが見えた。
「滞在料を置いてけッ!」
いや、なんですかそれ。
「知らねーよ!」
「だから言ったよ? 成果とかを要求してくるんだってば!」
「成果とかなんもあげれてないから。コウモリ倒してもリストバンドしか落とさなかったから」
「普通は落とすんだけど……」
「どんだけ俺は運が悪いんですかね!?」
とにかく、このままでは追いつかれてしまいそうだった。
木々のすき間を縫うようにして進み、茂みをかき分け、ただひたすらに俺たちは逃げ惑う。
出口がどこにあるかどうかなど、俺は知らない。
片桐がちょくちょく進路の変更を申し出るが、俺がそれをことごとく無視するため、ため息が絶えず聞こえていた。
「あとどれくらい走ればいいんだよ! てか追ってきてんのか?」
「さあ、わからないよ。沙輝くんが適当に走っちゃうからあ!」
気づけば、追っ手の気配はなかった。随分とあっけなく終わったものだと俺は思う。
「まあ、しつこいエルフと言えど、ここまでは追ってこないよ……」
「は?」
「テリトリー外だし、実力差を感じると、すぐに引くから」
「じゃあ強行突破でもよかったんじゃねえの?」
「……それは、あまりに沙輝くんがたよ……じゃなくて、迷惑かなーと」
「さりげなくなんて言いかけたよ、オイ」
「わ、わからないな〜、わたしには!」
そっぽを向いて白を切る片桐を、どついてやろうかと右手を構えて、俺は思い直した。
労力の無駄である。
「さて、春乃が行ったところを探さなきゃいけないわけだが、……アテはないんだよなぁ。じゃあ趣向を変えて──」
今度の言葉は、脳裏にひらめいたことがそのまま口をついて出て来た。
それが、ちゃんとしたものであったことに、俺と片桐は驚嘆する。
春乃がもしラストボスに挑戦すると言うのならば、それは必然的に入手することになる。
類する言質をとっていることから、それは確実なようだ。
だから、俺たちはそこを目指すことにした。
俺は知らなくとも、片桐が知っているそうだ。
その道中で、誰に出会おうと、どうでもいいことのように思える。
いまの俺たちに必要なもの。
それを目指す過程の上で、寄り道をする必要などあろうものか。
俺は、俺がすべきことを無意識に、そして同時に悟る。
それはいますぐにでも行わなければならないようだ。
片桐に気づかれないよう、決心をつけ、俺は腹をくくった。