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Standard Game  作者: Nemlyc
第四章
12/14

クエストの終わり

「──バカぁぁぁぁ!」

 その聞き覚えのある叫び声に、俺ははっとして目を開けた。

 五メートルばかりもある翼を広げた勇姿が俺の方向へ倒れてくる。

 羽毛が辺りに散り、黒い全身が淡い光に包まれる。心臓部には、その輝きを反射して銀色に光る何かがあった。

「沙輝、よけて!」

 その声は鋭く俺の脳内に木霊する。

 ──春乃?

 言われるがままに動こうとすると、手に力が入らず、足も震えるだけだった。

 刹那、俺の視界を黒いモノが塞ぐ。

 巨大生物はもうこの場からは退場していた。……じゃあ何?

 目を細め、至近距離に存在するそれを俺は眺めた。

 それらは二つ重なって俺の視界を塞いでおり、それぞれ共に細いという特徴を持っている。さすがに、全く同じというわけではないが──、

「──あぶねーよ! 何で武器投げてんだよ!」

 目の前にあるものは、二本の武器だ。

 それも、あろうことかインパルスドライバーと槍である。

 投擲されたのだ。

 インパルスドライバーの方は、俺が敵に刺しておいたので、恐らく押し込まれた類いなのだろうが、槍に至っては確実に巨大生物の体を貫いている。

いや、射抜いている。

 おっかねぇ……。

「よかった。……生きてる」

 安心しきった様子で春乃がつぶやいた。

「ふぅー、間に合ったー……」

 片桐がためていた息を吐き出すようにして言い、そしてぺたりとその場に座り込む。

 俺もすっかりリラックス状態にある身体を起こし、二人と向き合う姿勢になった。

「どうして春乃が?」

 まず思ったことを口にする。本音で語り合うのって大事だと思う。やっぱり嘘はダメだもんね。

 たとえ失礼にあたることだろうと、俺は誠実であるべきだと思った。今。

「……見過ごせなくなった」

 顔を俯けて春乃が言った。前髪が目に掛かり、それを右手で後方へと流していた。あまり明るい雰囲気ではなさそうで、まだ戦闘前の状態からは立ち直れてはいなさそうだった。

「まー、正義のヒーローってやつだよね。遅れて参上っ、て感じの!」

「遅刻じゃねーか」

「いや、遅いからこそ意味があるんだよー!」

「じゃあ遅刻してもいいのか。毎日昼飯前に行くぞ?」

「うーん、それとこれとは違うかな? 登場シーンが遅い方がキーキャラっぽいって意味だよ!」

「ほう、つまり春乃がメイン……」

「あっ、だめ! わたしも入りたいー!」

「そういう問題なのか……」

 苦笑いで俺は返す。

 そこで軽口を叩く必要があったのかはよくわからない。先を促せばよかったのかもしれないし、あえて触れないでおくという手もあった。

 しかし、触れないでおくのは俺の性に合わない。非常に私的で悪いのだが、突き止めたい謎は突き止める主義である。

 和み、話しやすい雰囲気となったところで、俺はそっと口を開いた。

「……春乃に聞きたいことがある」

 弛緩していた空気は、すぐさま張り詰めたように堅苦しくなり、どうしようもない緊迫感が俺を襲った。

「なに?」

 ただ無表情のまま春乃は言った。

「単刀直入に言うよ。その剣で、人を殺したのは本当なのか?」

「沙輝くん……!」

 片桐が俺を止めようとしたが、俺もそう簡単には引き下がれない。

「今聞いておきたいんだ」

「……」

「……事実、だとすれば?」

「さあな。なぜ、この世界ではそんなリスクがあるのかを知りたかったんだ」

「はあ。意味がわからない」

 ――分からなくていいよ。

 俺はその言葉を呑み込んだ。代わりにこう答える。

「気にすんな。それより事実かどうかを教えろ」

 もしかしたら、今の俺は先ほどのモンスターより怖いのではないのだろうか、そんな気持ちが脳裏をよぎった。まあ仕方ない。いつもこうしてきた。だから性格難と捉えられて避けられもしたし、すすんで関わりを持つことを拒絶されることもあった。

 そこまでして、俺が守りたかったポリシーは何なのか。まず前提としてあるのかどうかが不明だが、今回は気にしないことにする。

「人を殺したのは事実……。称号剥奪、装備の全解除を起こした」

「動機は?」

「ふ……不可抗力」

 俯け気味に言う春乃を俺は見つめた。

 頭の中には疑問が渦巻く。

「不可抗力って……。そんな殺人があるかよ。まあ、この世界なら、どうせ今も生きてるってオチなんだろうが、それにしても、なんか腑に落ちないな……」

「いろいろあるんだよ。春乃、ちゃんと説明してあげたら? 多分この人ダメだ」

「んだと? 俺はまだ生きてる」

「そんな意味で言ったんじゃないよ!」

 まあそれはいいとして、と俺は話を一旦切り、春乃の方に向き直る。春乃にはいつものような覇気は依然としてなく、放たれるオーラはいつにも増して弱い。口にしろ。

「沙輝、向こうに落ちてるリストバンドをつけてみて」

 春乃は俺の左斜め後ろを指差した。片桐と俺が顔を見合わせ、振り返る。

 砂でざらつく地面に、黄色い何かが落ちていた。遠目でみると何かまでは分からないのだが、言われてみれば判断がつくような気がする。

 側面に砂がつき、ミニチュアのはちまきのようになったそれを俺は拾い上げた。

 やはりあまりきれいには見ええなかった。縫い目こそ荒は目立たないが、フェルトのように薄く、すぐに破れてしまいそうだ。

 疑いの目を向けながら、俺はそれを手渡した。

「……どうした?」

 春乃が俺の背後を凝視したのが見えた。額にしわを寄せ、まるで何かを探すような。

 つられて俺も後ろを見るが、やっぱり誰もいない。

 いるとすれば気配はわかるくらいに俺の感覚は敏感だと豪語できる。そんな変人が感じないのだから、恐らく思いすごしか何かだろう。ちなみに根拠はない。

「ごめん、沙輝。続ける。このリストバンドの称号は……く、クロウハンター。つまり、さっきのがカラスということ」

「うん、名前でわかったよ」

「それで、第三段階の称号を手にすると、自分の武器を魔力解放させることができる」

 春乃はわずかに語気を強めて言った。

「待ってよ、春乃。それでどうなったか知ってるでしょ? そのせいで……」

「でもそうしないと、沙輝は強くなれない。枷を外さないと得ることができないこともあるから」

「なるほど、ハイリスクハイリターン、つーことね……」

 全然意味わかんね。いや、恐らく武器のことでも話しているのだろうが。

「で、魔力解放とは?」

 俺が訊ねると、春乃が片桐を制して説明を始めた。

「武器の本当の力を抑えている封印を解除して、本当の実力を手に入れること。私のは……そのせいで制御が効かなくなって暴走した」

「全ての武器が暴走するってわけでもないんだけど、ポテンシャルと称号の強さが見合わなかったりすると、ね。あとは、称号が剥奪されても解放状態は続いちゃうから、それで暴走しちゃう人もいるって噂もあるよ」

「ふーん。でもさ、俺の武器と春乃の武器とじゃ強さがあまりにも違いそうだろ? 差別じゃねーか」

「それがそうでもない。称号が最上位になれば、全ての武器の強さは、程度の差はあっても基本的にはほぼ同じ強さになるとも言われてる。……でも、私は称号が最上位の人は見たことがない」

 それほど難易度が高いということだろうか。このように時間に縛られている中、成し遂げられたことがなさそうなものをクリアすることができるのか、俺は遅まきながら不安になった。

 春乃のチート的な力があればどうにかなりそうだが、経験によると自滅の可能性もあるらしく、安易に取り入れるわけにはいかなさそうだった。

 じゃあどうすればいいのだ。各々(おのおの)が強くならなければいけないというのは必須だが、漠然としているというのも俺は気に入らない。

「ま、とりあえず当たって砕けるのが善作のようだな」

「そうだけど……」

 不安そうに言う片桐を宥めるように、俺は言葉を続ける。

「人事尽くして天命を待つ。直にチャンスはくると思うぞ?」

 ふう。言ってやった。

 歓喜に浸る俺は、浴びせられる冷たい視線にたじろいだ。なんで? いい言葉だよ?

「わたし、あんまりことわざは信用してないかも……」

「同意」

 ああ、これだから現代っ子は。だから意味とか取り違えちゃうんだよ。情けは人の為ならず、これがいい例だ。

 それはともかくとして、ここでじっとしているわけにいかないのは確かだ。

「まー、いつになるかはわからんけど、さっさと終わらせちゃおうぜ。そろそろ俺の心臓にも悪い。やっぱこの世界怖いわ」

 主に味方が。

 俺は出口を探すために周囲を見回す。ところどころに穴があり、ダンジョンらしさがにじみ出ていた。一応目星をつけられる程度には覚えておいたつもりだが、どうも見分けがつかないところがある。

「こっちだよ。沙輝くん、もしかして方向音痴?」

「んなバカな」

 そこんとこは知らん。

 帰る場所を目指し、俺は先頭を切って歩いた。後ろにいるであろう二人も俺に続く。

「あー、なんか一生分の恐怖を味わった気がしたな……」

 無意識にそんな言葉が俺の口をついて出てきた。

 それは誰に向けられたものでもなく、また俺に向けた労いの言葉でもない。ひょっとすれば、そうなのかもしれないが、俺にとってはそんなつもりはなかった。

「まだまだある。これで終わりだと思わないで欲しい」

 春乃が冷淡に事実を告げる。

 やや解け始めた空気が、また冷たく感じられるようになる。

「まあまあ。はぁ……」

 そして、キンと張り詰めた空気を和らげるように片桐が口を挟むが、本心であるため息は正直で、再び空気は冷たいものへと変化した。


 ──タン。


 そんな中響いてくる物音は明白で、一同は揃って息をのんだ。

「やっぱり…………」

 そう春乃が漏らした。

 俺はそれを聞き流すことなく追及する。

「やっぱり、ってなんだよ。……知ってたのか? モンスターではない何かがいることを」

「確信がなかった」

「そういう……!」

 問い詰めようとした俺を片桐が牽制する。

「待って。実はわたしもこの視線(・・)には覚えがあるんだ……」

「俺だけないがしろか? 全く心当たりがないんだが」

「そりゃそうだよ。だって──関わりがあったのはここではわたしと春乃だけなんだから」

 片桐の言葉が空気に消えるとともに、岩陰に身を隠していた何かがそっと姿を現した。

 その存在に、俺は全然気がつかなかった。

 何かがいる、ということはわかったけれど、俺はそれを定めることはできなかった。

 その目標が目の前にいる。

 俺はその立ち姿に目を疑った。


思ったより長くなってしまった四章がやっと終わりました……。

お疲れ様です。

長く書きたいところですが、ここから先は活動報告の方で書かせていただきます!

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