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Standard Game  作者: Nemlyc
第四章
10/14

討伐クエスト2

 あの時の感覚を思い出そうとする。

 がっちりと腕を固定し、今度は右上段に構える。俺の感覚が正しければ、どこからでも発動できるはずだ。

 コウモリも待ってはくれない。

 俺が呼吸を整えている間に、超音波で会話をし、フォーメーションでも考えているのだろう。それを一発で片付けることができれば、勝負はこちらのものである。頑張れ、俺。

「うぉおお!」

 いつかテレビで見た、農家の人を思い出す。彼らは小さな鎌で雑草を刈ったり、小さな鎌で……このイメージって何か役に立つのかな。鎌の大きさ違うわ。

 俺は近いものとして鍬を想像しながら、似て非なる農具の鎌を振り下ろす。農具を武器として用いている時点で終わっているようなものだが、もう今更気にしてはいられない。

 再び鎌に手応えを感じ、振った軌道に白いエフェクトが走る。

 木の鎌と一体化したような錯覚を覚える。

 ああ、こんな感じなのかーー。

 刹那、生々しい破裂音が俺を現実へと引き戻した。あまり見たくはないものだが、コウモリたちが地面に落ちて砕ける音だ。俺に叩き落とされたコウモリは瞬く間に風となって消え、数秒後には叩き落としたやつらは消えていた。少しラグがあるのは、残っていた体力の違いだろう。

「ふぅ……」

 俺は鎌を片手に持ちかえ、余った方の左腕で見えない汗を拭った。

 数までは把握していなかったが、今春乃たちが戦っている分で最後だろう。

 もしピンチなようだったら加勢しようかと思ってはいたのだが、数分と経たぬ内に、戦闘は終わってしまっていた。さすがはプロだ、先輩だ。

「あのビビりな沙輝くんがこんなにも早くファイナルブロウが使えるようになるとはねー」

「うるせ、片桐」

「でも、不思議なのは事実」

「春乃もなの!?」

 完璧に少数派だ。二人とも自慢気に胸を張っているのが腹が立つ。

「何だよ。そんなにすごいのかよ……。まあ、ありがと」

「沙輝くんのツンデレきたーっ!」

「きゃー」

「春乃、そこまでキャラ作らなくていいと思うぞ……」

 笑顔ひきつってるし、声が裏返ってる。こういうの、声優に向いてないよな。関係ないけど。

「にしても、クエストのモンスターまではまだっぽいな……」

 俺が受領の際に聞いていた限りでは、ピッグバットというヘヴィ級なモンスター、まあ豚みたいなコウモリか。今のようなちゃちなコウモリではない。一撃で倒せちゃうようなやつじゃ……すみません、言い過ぎた。

 それと、ピッグバッドは称号指定されているモンスターだそうで、俺が倒すとリストバンドを落とすらしい。そのためには俺が一定ダメージ以上与えなければいけないらしく、任せきりというわけにはいかないようだ。

 そうなると、当然やる気が失せてくる。先ほどのような初心者レベルモンスターならともかく、称号指定とは……。どのくらいの強さかは知らないが、称号指定というランクと、名前からして強そう。

「大丈夫。さっきの感覚を覚えていれば心配ない」

「沙輝くんなら行けるって! 一定量ダメージ与えたら代わったっていいんだからさー!」

「だよな……」

 すげえ心配。でもここで立ち止まっているわけにもいかない。

「もし……アレなら、頼むな。──っしゃ! 行ってやる!」

 俺は地を蹴り、ダンジョンの最深部を目指す。

 構造は螺旋状になっていて、ところどころに穴があり、そこから出入りしたりして、奥へと向かうようだ。春乃のアドバイスを参考にして進む。


 やがて五分くらい経った頃だろうか。

 奥の方から悲鳴もといそれに似た鳴き声が聞こえてきた。それは黒板を爪で引っ掻くような音で、聞いていて愉快なものではない。非常に不愉快。

「沙輝、今度は聞こえる?」

「ああ。てか、こんなの聞いてたの? よく無事だな!」

「はぁ。そうでもないように聞こえるけど。どうかした?」

「余計なお世話だ!」

 春乃との無益なやり取りを交わし、俺は胸中に渦巻く不安感を消し去った。

「怯えちゃダメだよっ、沙輝くん! いろいろ大事なんだから!」

「わ、わかってる! ちょっと静かに……」

 俺は遠くから聞こえてくるこの不可思議な音に耳を傾けた。黒板を爪で引っ掻くような音が次第に近くなって大きく聞こえるようになったのにつれて、もう一つ聞こえてくるような気がする。もう一つというのは、数の問題ではなく種類だ。

 数で考えるならば、桁が違うレベルである。

「確かに……。沙輝、暮羽は下がってて。私が見てくる」

「わたしも行くよ?」

「いい。ここは一人で行った方がリスクが少ないから」

 春乃は片桐を押さえると、一人で先に向かった。俺たちも後を追うが、当然間は空いている。

 先ほどから落ち着かない様子を見せる片桐の肩に俺は手を置いた。

「あんまり焦るなよ。あいつが大丈夫って言ってるんだから大丈夫だろ」

「そうだよね。……うん、元気出た」

 となると、俺は不意に彼女が気にかけていたことが気になった。

 相手が誰だか、まるでわかっていたような口振りだったからだ。

「この先に、何がいるんだ? 羽音がたくさん聞こえるから、まあモンスターがいるのは確実なんだろうが」

「うーん、わたしが睨んでるのはね、春乃が一人で大丈夫なのかなってことなんだよ」

「そりゃ大丈夫なんだろ。少しは信用してやったら?」

 ううん、と片桐は会話を一度途切れさせた。前方を指差し、春乃の立ち姿を俺に見せてから、このダンジョンの壁に響かないような小声で漏らす。

「ああ見えて、あの子アドリブに弱いんだ。窮地に追い込まれた時には、いつもハラハラするんだよ……。だからさ、今のうちに心の準備しておいて」

 普段明るい片桐から放たれた言葉は、俺の心に突き刺さった。

 心の……準備?

 何が起こるというのか。

 そんなことはニュアンスからわかってしまう。

 けれど、それを認めたくない俺は、思ってもいないことを言う。

「な、何を言ってんだ。何が起こるんだよ」

「ま、それは後ほどねー。今は準備が肝心だよ! ホラ急ぐ急ぐ!」

 答えても意味がないと判断したように、片桐は話を切り上げた。

 俺は片桐に連れられてダンジョンの中を駆ける。岩で視界が悪いが、そのおかけで春乃に見つからず、なおかつ気づかれずに接近することができた。

 今、俺の目の前には二メートル程の岩があり、それを挟んだ向こう側に春乃がいる。そこから下ったところに、音の発生源があると春乃は見たようだった。下る坂の両サイドは高くなっていて、地下駐車場に行くようなシチュエーションでもある。

 普通に緊張感が違う。

 ドライバーはやったことがないから知らないが、多分これからモンスターに挑まんとする場面の方が緊張するに決まっている。

「この先に……」

 どこか重苦しい雰囲気が流れるこのダンジョンは何を秘めているのか、それを俺は知らない。知らないから探究心が芽生える。

 それなのに行動することができない自分に腹立たしさを覚え、俺は歯ぎしりをした。


 *


 中が広いから音がかなり反響する。

 広いおかげで明かりもよく拡散するのだが、そのおかけで見えた全貌に、春乃は愕然とした。

 地下駐車場に向かうような坂を下ると、広場の向こうに一本道が続いていた。明かりは灯ってはいるが奥は見えず、しかしそれはボス戦の前のようで、何をしたらよいか具体策を見出すことができない。このまま一人で行けばピッグバッドを倒せることは必須だ。だがそれでは、沙輝が攻撃しなければならない条件を満たすことはできない。

 そもそも、この先低級モンスターがいないとも限らない。

 もしもの場合、アレを使うこともできるが……。

(そんなことはできない……。もうあんな思いは……)

 そう思ってしまうことが枷となり、やはり抜けないのだ、これは。

「まずは……、先を確かめるのみ!」

 腰に差したサバイバルナイフを抜き、暗い一本道を疾走する。先ほど明かりは消しておいた。それでも辺りは明るい。

 五十メートル程の一本道を走り終えると、半径十メートルくらいのドーム状のエリアがあった。

 周囲の岩壁にランプが数センチ感覚で並び、一本道よりかは明るかった。

 天井を見上げると、ちょうど天頂付近に、大きな黒い塊が鎮座していた。時折砂埃が落ちてくることから、生物であることは確実だ。

(体力の三分の一を沙輝が奪えば判定が出てリストバンドをドロップする。だったら私が減らしておく、というのも手か。でも、呼びに行く時はどうしようか。置いてきてしまったし……)

「くっ……」

 効率を優先するならば、先に呼びに行った方がいいだろう。幸いまだターゲットされてはいない。

 戻ろうかと思ったその時、四方から大きな羽音がした。

「……なに?」

 鎮座している黒い塊──恐らくピッグバッドだ──は微動だにしなかったようだが、どこかに隠れていた子分のコウモリが春乃の存在に気がついたようだった。

 サバイバルナイフを構え、視界の上半分全てを埋め尽くさんばかりの数のコウモリに立ち向かう。

 怖い。

 抱いた感情は正直だ。

 いくら鉄扉面を貫いたところで、心までは騙せない。

 でも、耐えることはできる。支えることはできる。

 まだ距離はあったが、群れの中から数匹が春乃目掛けて飛んできた。

「……ヤァ!」

 左から右へと一閃。

 腹部を斬られ、押し返された奴もいたが、まだ攻撃を受けていない奴もいる。

 ナイフを逆手に握り直し、春乃は左腰からもう一本の短剣を抜いた。右手のサバイバルナイフとはサイズが違うが、一応二刀でもできるように練習はしてある。

 左手を手前に構えると、重心を落として心を落ち着かせた。

 前方に飛び込み、全身を右へとひねる。回転して生まれたエネルギーに身を任せ、両手で逆手に握った剣で迫り来るコウモリたちを薙ぎ払う。

 心には殺意が渦巻いていた。

 何もかもを上手にこなすことができない自分に対する失望感と、それに便乗するかのように畳み掛けてくる現実に対してだ。

 一回転し終わった後、左右上段からコウモリの群れに向かって斬りつけた。

 躍動する黒いエフェクトが軌道を追随し、横へと広がった。

 これで粗方片付けたはずである。

 すっかり息が上がっていた。こんなに激しい戦闘は久しぶりだ。

 まるで、あの時の──。

(これ以上は思い出したくない! もう少し剣術に集中しようか……?)

 エフェクトが晴れた視界には、コウモリは見当たらなかった。ただ一つ鎮座しているものを除き、排除に成功したようだ。

「ふぅ……」

 一つため息をつき、次に起こすべき行動を模索する。

(沙輝と暮羽を呼びに行こう)

 一応辺りを見回して、安全であることを確認すると、天頂にある塊を睨んでから春乃は元来た道を引き返そうとした。

 直後、耳をつんざくような金切り声がした。

「まだいた……?」

 天頂の方を振り返る。

 非常に大きな翼を展開した勇姿が、その影を映していた。

 黒い毛皮に包まれた全身は、三メートルはあろうか。翼を合わせると、横は優に五メートルを超えるだろう。

(こんなものと……。できるわけがない!)

 恐怖を噛み締め、舞い戻るべく振り返る。

 だがその直前に、再び四方からコウモリが沸くのが見えた。

 耳をすませば、どこかから足音が聞こえるような気もする。新手のモンスターだろうか。

(それにしてもリポップが速い……。いや、ボスが出現したことによるリポップ? だったら不味い。倒しても際限なく出てくるタイプなら尚更不味い。できることなら、ここで足止めしておきたい……けど、私に倒せる数じゃない)

 春乃は唇を噛みしめた。

 戻るべきか。

 戻らずに戦うべきか。

 その二択を迫られた。

 今、その選択肢のどちらを取るかは、このコウモリの数を鑑みると自明だった。

 やはり質より数だ。

 この式がいつでも成り立つとは言えないが、今回は成立する。

 春乃が一人で太刀打ちできる数ではない。

(だけど……)

 もう一つ隠している手がある。

 これを用いれば──。

 春乃は両手に持っていた短剣たちを捨て、右手を背中へと持っていく。

 完全に抑えられる、という保証はない。記憶が余計に蘇る恐れもある。また誰かを傷つけるかもしれない。

 だが、そのリスクを冒すに足る利益を春乃は見込んだ。

 あるべき場所に安置されているモノを見つけ、その柄に手を掛ける。握るのも精一杯なほどの大きさのグリップが、春乃に一時的な安心感を与えた。

 ──今の私ならできる!

「ごめんなさい……」

 自分を信じ、それだけに身を委ねた春乃がソレを振り抜こうとした時、背後から鋭い声が響いた。


「そこまで! 紫ノ山春乃、装備を置いて投降しなさい!!」


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