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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第1章 「藤林大貴」
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Part1 「藤林大貴のありふれた休日」その4

「ほーら、はじめるぞ」


 自問のド壺に嵌りつつあった大貴の肩を強めにたたき、巧はパソコンモニターを指差した。大貴が悶々と考えているさなかにデモンストレーションは終わり【ガーデン・レイダース・ネットワーク】のタイトル画面が表示されていた。


 巧はスタートボタンを押す。ニューゲームや環境設定などのいくつかのメニューアイコンを一瞥し、コンティニューを選択する。


「これが『ばーちゃれありてー』なのか? 思ったよりふつーだな」


「そりゃあ俺たちはツールをつけてないからな。いくら対応タイトルだからって【サイバーブルース】なしで仮想現実的に近くできることはない。当たり前にな。それともモニターに吸い込まれると思ったか? それじゃあただのホラーだろ。

 …………おい怖い話はやめろ。やめろ。いいか絶対だぞ」


 首を傾げる大貴に、巧は半眼になって口端を歪めた。


 画面ではイヌに似た二足歩行のキャラクターが立っている。茶色の毛並みに垂れた長い耳、ホウキのようにぱさぱさとしたしっぽを垂らし、くりくりした目を光らせている。頭にはウエスタンハットをちょこんと乗せて、首には赤いスカーフなぞを巻いている。黒の革ベストに星形のバッチを付け、青のジーパンに長い革ブーツと、一見して西部劇のガンマンのような風貌だ。


 しかし腰に下げているのは拳銃ではなく刃物である。このキャラクターの身長はわからないが、家庭内で扱う包丁と刃渡りは違わないように見て取れた。


「どうだ。これが俺のアバターだ。ハンドルは【マスター】。巧だけに」


「はぁ……」


 ――ずいぶんかわいらしい趣味してるのな、お前。


 そう答えかけた大貴の意図を汲み取ったのか、ちっちっち、と巧は芝居かかった調子で指を振って見せる。


「甘い。甘いぞ大貴。見た目に騙されていちゃまだまだだ。もっと本質に目を向けろ。こいつは確かにかわいらしくてしょうがないが、ぶっちゃけこのゲームじゃ最優の種族だ」


「はぁ……?」


 大貴にはあまり例えにピンと来ないようで、巧の意図とはまた別のところで首をひねる。【最優】というからには、このゲームにはいくつか種族があるのだろうか。


 ああ――少しだけ「しまったな」と頭の中だけで口にした。


 巧の悪癖が発動する。ちゃんと聞いても半分以上頭に入ってこないアレが。


「まずこいつらバゥン族は種族固有スキルがヤバい。【においをかぐ】。いや名前で判断するな。フィールド情報から敵の配置、トラップも低レベルのものならすべてマッピングする。通信はデフォルト機能だから、もともとクラン内での意識疎通にはほぼ支障はない。敵の配置が理解できるから連携を取りやすいんだ。この種族がいないクランはダンジョン解析スピードがかなり遅くなる。

 もちろん別種族の職業スキルの中にはそういう解析系もなくはないんだが、大雑把でもマルチに解析できる分、やっぱりこいつは効率がいい。まずどのクランも一人は欲しがる。

 ステータスも満濃タイプだから初心者には扱いやすいんだ。物理のクドマ族や魔法のカーリ族ほど露骨に火力があるわけじゃないのは難点かもしれないが、割かし技の隙も少ない。逃げやすいし連携につなげやすいってわけだ。ツボにハメれば上位ターゲットや巨大怪獣でもガンガンイケる。

 ニャル族と同じで手数で圧倒するタイプだな。状況によっては格上にも勝ちやすいから経験値もためやすい、プラス、アシストボーナスでかなり効率がイイ」


 ふふんと巧は自慢げに語りを終えた。


 大貴は素直に感心している。語りの内容にではない。「案外短く終わったなー」とかいう、つまりそういうことである。内容の主旨を言えと言われてもできないだろう。


 そんな大貴の頭の中など露知らず、コントローラーの上、巧の指先が慣れた手つきでボタンを叩く。


 人通りの少ない路地の角にスポットをあてていた画面が、あっという間にいくつものウインドウで塗りつぶしていった。


 その中身は様々である。街の地図らしいイラストや「アイテム」「装備」などと窓を縦に積み重ねたウインドウ、巧のアバターの【マスター】のシルエットを背景に「HP」やら「MP」やらのパラメータ値を淡々と示したものもあった。


 巧はそのうちのコマンドを並べたウインドウから「BBS」を選択した。途端に画面上の【マスター】の足下が円形に発光し、それに飲み込まれるようにして、シュンと効果音を残して消え去った。


 おおー、と大貴が呆けた感嘆を漏らす前で画面は閑静な路地端から賑やかな大通りに切り替わった。また画面上に現れた光の円形から、今度は【マスター】が吐き出された。トンと着地した【マスター】は水を吹きかけられた子犬よろしく体を素早く強く震わせる。


 正面にはいくつもの大きな板が並んでいた。大貴はふと、中世の堀で囲まれた城と外界を繋ぐ城門をイメージする。とても人では飛び越えられない距離を繋ぐ、鉄鎖で吊られた長く広い木造の跳ね橋だ。


 この板の大きさは、今仮に倒れてきたら【マスター】はもちろん、通りの対岸の店舗を踏み潰してしまうに違いない。大通りを今まさに行き交う数十の人々も巻き添えにしてしまうだろう。圧巻の大きさだ。


 巧はそれらのひとつの前に【マスター】を立たせてボタンを押した。ほどなくまた画面がウインドウに潰される。


 それは【依頼掲示板】という名前を頭に掲げ、下には延々とテキストアイコンが並んでいた。それは「クランメンバー急募!」であったり「依頼【虹の蔓】求む」であったり「デュエルの助っ人募集中!」であったり――やはり大貴には書かれている意味がよくわからない。


「こっちはめぼしい仕事はナシか」


「仕事をするのか? ゲームなのに」


「ああ、俺はまだまだレベルが低いから、こういう依頼取ってレベルと一緒に信用と報酬で稼いでいかないとなかなか上には上がっていけないんだ。普通にやればな」


「レベルに信用に報酬、ねぇ……随分いろいろ絡んでくるんだな」


 ――ゲームのくせに。


 それだけ煩わしいと、現実と何も変わらなくなってきてしまう。


「『入り込める』分自由度が高いからな。絡む要素も多様に設定しとかなけりゃ、自由も阻害されるってものだ。

 ちなみに端から攻略情報掲示板、雑談掲示板、騎士団掲示板……ああ、騎士団っていうのは運営のことだ。『公的組織の騎士団が民間の団体、【一味クラン】やその集まりの【組合ギルド】に仕事を依頼する』って形だな」


「ははぁ。そういう設定なのか」


「そういう設定なのだ。……さて、まだ暇はあるだろうし、街中散策でもするか」


 ウインドウを閉じ、巧は大通りに視点を戻した。改めてじっくりと目を向ければ、行き交っているキャラクターにも様々な特徴が垣間見られる。


 大きな剣や槍を背中に担いだ屈強な戦士や、だぼっとしたローブを着て細い木の杖を抱えた魔法使い、ロングコートで肌を隠した分類不明の謎めいたキャラクターも歩いている。そのいずれもにネコやクマやリスのような「基になった動物」の特徴が耳元や尻尾や手足の先々に見て取れた。


 そのすべてが二足歩行でしっかりと人の輪郭を残しているあたり、巧の言う「人が入り込むための処置」なのだろう。


 そうしたキャラクターをプレイヤーはもちろん、システム上の都合として何人か混ざっている「NPCノンプレイヤーキャラクター」さえも特別感動した様子もなく自然と石造りの街中に溶け込んでいる。そういう亜人種が普通に共存している世界観なのだ。


 大貴は戦争ゲームということで殺伐としたものを想像していたが、その実かなりファンシーのようだ。


 細やかなグラフィックというのは巧の弁であったが、大貴の目から見ても街並みは綺麗なものだった。暖色系の石畳の微妙なくすみ方や壁に貼られている貼り紙の黄ばみ方、【マスター】の衣装の傷み方など――いやに生活感や使用感がある。


 街を歩く黒毛のクマの亜人が肩に背負った巨大な斧ですら、見ている相手に実物のような重量感を伝わせるのだ。もっとも、そんな実物を扱ったことも観たこともないのだが。


 その細やかな現実感へのこだわりに反したファンシーなテイストのグラフィックは、ある程度のコミカルさを感じさせていた。


 我が物顔で街を闊歩する、デフォルメされたキャラクターたち。空も淡く黄色の靄がかかったようで、また遠くに見える山々の色も赤から緑のグラデーションを作っている――。


 その様は、リアリティのあるグラフィックの中に異質感を埋め込んでいた。


 こうした現実感と幻想感の共存こそ、電脳世界に五感を送り込むヴァーチャルリアリティ技術を導入した『潜る』ゲームに必要なのだろうか――そう大貴はぼんやりと考えた。


「この街は楕円形でさ。さっきの掲示板の奥には【灯台】がある。世界に4つある【絶対に消えない光】が点いている灯台だ。この街はそれを中心に広がってる。

 灯台のふもとに【行政区】で、【居住区】【商業区】って形で東に延びてるんだ。そのラインを境に北のブロックには工房やクランホーム……要はアジトが固まってる。南側には闘技場とかオークション会場とか、ゲーム運営が管理している施設だ。

 ここは灯台の近くの行政区。ほらな」


 また巧はモニターに地図を描いたウインドウを表示させる。楕円形の壁に覆われた街の輪郭が描かれ、赤い矢印が【現在位置】だ。縁の左端の区画の真ん中あたりを示していた。


「この画面からなら、街の中限定だが、ある程度自由にワープできるんだ。ゲーム開始のプレイヤーが出てくるのはこの行政区のはずだから、あまり動きたくはないけれどな」


 痺れを切らして絢音が動き回らないとも限らないから――そう巧は付け足した。


 冗談めかした言い方だったが、その絢音の行動は、大貴にも容易に想像できた。おそらく、まず確実にとる行動だろう。


 このゲームはメージャーマイナーのあまり込み入ってないゲーム、と巧は言っていたが、街の中には十分すぎるほどキャラクターが行動していた。無論歩けないほどではないのだが、例えば軽自動車がこの道を走ろうとすれば、数十人は怪我させてしまいそうな程に。


「でも行政区ってゲームの中で政治やって……ああ、運営って意味?」


「そう。そこの掲示板みたいなユーザーサポートやら、要望の申請やら、企画の告知とかもな。運営の企画イベントはサプライズ以外、そこで告知されてるはずだ。まぁ、そのサプライズが一番重要なんだがな。

 ……とりあえず闘技場でも見てみるか。オークションより派手でいいだろ」


 そう言って、巧はまたウインドウを開いた。メニュー画面から地図を表示し、下側の区画にポイントを合わせてボタンを押した。下側の区画のみがズームで表示される。


 区画の中には小さく丸印が点在していて、その下には「灯台の街ネィクド・オークション会場」や「灯台の街ネィクド・南ゲート」や「パブぱおぱぶ」と記されていた。


 その中に「灯台の街ネィクド・闘技場」の文字もあった。そこにポイントを合わせ、途端に【マスター】はまた光にパッと消えていく――。

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