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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第2章 「弓引く先に」
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Part4 「悪魔の証明」その1

『異常です。これは』


 ニルが言った。これは短く現状を総括した言葉だった。


 ぼんやりと、大貴もそれに同意した。同意の意識は持っていたが――形に表現されなかった。


 藤林大貴はそれを黙殺していた。まるで他人事のように、映写機に映し出されたひとつの作劇を観るように。


 なんの感慨もなく。感情の指先を動かさずに――動かせずに――?


 凍り付いたように、時間が止まったように、ただの機械のように。


 目の前の光景を眺めている。


 それは前後がまるで噛み合わなかった。初巻を読んだあとすぐ最終巻を手に取ってしまったかのような心地――だった。


 暗がりの中、大貴は走っていた。地を掴む足がいやに軽い。膝や腰運びといったモーションが柔らかに動作する。


 蹴った地面が小さく砕け、粒子が淡く巻き上がった。音も小さい。しかし体は大きく加速し、風を切った。


 非常に――効率的な動きだった。


 体全体をバネのように使い、蹴り込む力を励起させている。それでいて、いたずらに力を散らさないようベクトルを制御している。


 物理法則を捻じ曲げているようにしか思えないほど反作用を大きく抑えた蹴り込みで加速する。


 低く。鋭く。速く――暗がりを駆け抜ける。


 現実ではにわかに信じられない、理想的――否。空想的な動作で。


 ――なんのために?


 ぼんやりと、そんな疑問が頭に浮かぶ。


 ええと、そう――あう、ため。あのこに。


 頭でニルが違和感を叫んでいた。異常事態。あり得ない。実現し得ない。理解不能。理解不能。理解不能。こんなことがあっていいはずはない。


 偽。間違いだと主張し続ける。


 ――だが。


 「また」数匹のモンスターが行く手を阻んだ。


 屈強な体と鋭い牙。腕には羽毛が生え、肩甲のあたりから鳥類の翼の形を取っている。恐竜が進化する中間点、といったフォルムだ。名前は確か――「いや」。「どう」「でも」「いい」。


 誰かも知れないモンスター達は大貴を威嚇していた。しゃー、とか、ぎゃー、とか。鳴き声をあげて。案外高めの、金切り声のような。


 それに紛れ込ませて、モンスター達は奇声とともに電光を口から吐き出した。


 はじめの高い音波に晒され、若干鈍った集中力のほつれを狙った奇襲攻撃。これがこのモンスターの基本戦術なのだろう。


 だが、大貴には「見え」「て」「いる」。


 感情は凪いでいた。音の荒波にさざ波さえ立てず、向かい来る弾光を双眸に捉えた。


 あとは自然に、導かれるように。


 反射的に、自動的に――機械的に、体が動いた。


 全身のバネの中、腰周りから始まる回転が加わった。体はきりもみし、辿る軌道が歪む。


 雷光のひとつは脇を抜けた。ひとつは背中を通り過ぎ、ひとつは差し出した手の甲を伝い、僅かに弾道を逸らして肩口から後方に消えてゆく――。


 腕には小さな痺れが残る。振り払える程度の小さなものだ。


 モンスターの攻撃は足止めにさえならなかった。ただ、薄暗いこの穴倉を淡く照らし出しただけに留まった。


 大貴は尚も地面を蹴る。地面からは細かな砂が舞い、体はまた加速する。


 モンスター達の後ろに増援の影はない。先の雷の明かりで十二分に確認できたことだ。


『敵影の戦力はこちらを凌駕しています。このまま退避を』


 ――聞こえる。「これ」「は」――なんだっけ――?


 ゴーグル上の表記に目を走らせる。武装選択。セレクト。B。装着。


 足の【スレイプニル】がジェットを噴射する。断続的なそれはゲージをじりじり削りつつ姿勢を矯正し――。


 感覚が、思考が、加速し――。


 ――機を見て一気に「火」「を」「つけ」「る」。


 体が空を突き抜けた。モンスターの間を縫う。ゴーグルの端に引っかかる。敵に重なるマーク。それが危険色の黄と赤に。


 そこへ。柔らかい脇や関節部位めがけ、「すれ違いざま」に「左腕」「が」「一矢」「を」「浴び」「せ」「る」。


 鋼鉄の体故に、特別な武装などせずとも大貴の四肢は鈍器程度の攻撃力を誇っていると言っていい。


 それに加えて、この左腕は強化を施されている――誰に? そうしてもらったんだっけ?


 通常よりやや長い左手の爪――硬く鋭利な5つの小刃がモンスター達の肉を貫き、骨を抉った。


 これを高速状態から弱点箇所を狙って射し込まむのだ。刺突。派手さはないが、高いダメージを叩き出した。


 これにモンスターの群れは怯んだ。


 大貴は、群れの背後に立つだし。









 ――広域の高出力攻撃を弾きだせば一掃できる。それがニルの、状況を推察しての結論だった。


 それができる装備は大貴の手元には左腕の【スレイプニル】のみだ。それはタメが大きい。この怯みの短い間では不十分。


 もっと距離を取る。十分な距離を稼ぎ、溜め、撃ち込む――。


 ニルはそれを推奨した。


 勿論、賭けの要素が絡む。しかしながら、技量には依らない。


 故にそれが未熟な大貴には最も妥当な選択肢だ。


『もっと距離を取るべきです――

早く!』


 機械的な言葉遣いを忘れたかのように声を荒げ、張り上げた。


 だが。


 大貴は応じない。


 届いていないかのように――否。ニルの声は「内部からの声」だ。そんなはずはない。


 聞こえていないかのように――それも否。認識できない訳も、理解できない訳もない。


 遮られているかのよう――誰に? 誰ならニルと大貴の間に入れる?


 手の届く間合いに身を置き――「大貴」「は」「鋭く」「身」「を」「翻」「した」。


 目と鼻の距離には怯んだモンスターがいる。「再び」「地面」「を」蹴っ」「た」。


 モンスターたちの怯みが解除されたのとほぼ同時に――「大貴」「は」「切り」「返」「した」。


 モンスターらの構えが戻る直前。そのがら空きの体を「手刀」「で」「切り裂い」「た」。


 そうした一連の立ち回りを経て、初めの地点に「戻っ」「て」「きた」。


 つむじ風が身を巻いている。それに乗るように、「大貴」「は」「また」「身」「を」「翻す」。


 眼前では――クリティカルダメージの連発に耐えきれなかったモンスターたちが地面に沈んでいる。体が薄暗い洞穴の中、光の粉になって散っていく。


 アイテムボックスに素材アイテムが自動的に加わり、経験値が入る。軽快な音がレベルアップを告げた。


 それに特別感動を見せず、「大貴」「は」「先」「に」「進む」。


 おかしい。そうニルは脳裏で警笛を鳴らした。


 「大貴」「は」「走り」「続け」「て」「いる」。


 気づかない。気づけない――?








 おかしい。それは大貴も!ぼんやりと思っていた。


 演者としてではない。観客としての視点で、だ。


 ――こんなこと、できたっけ……?


 たとえば、今のモンスターの撃退方法――。


 時間的・エネルギー効率的に見て手持ちのカードの中で最もロスの少ないモンスターの撃退手段だ。


 だが、それをセレクトして成し遂げる技量なんて――。


 ――なんだ。なぜだ。


 他でもない当事者であるはずなのに。大貴は自分を頭上から観察しているような気分だった。


 それは幽体となって地上を見下ろす死者の視点であり、盤上を見つめる棋士の視点。


 そう――キャラクターをコントローラのボタンひとつで動かすような、画面の向こうのプレイヤーの視点。


 自分以外の誰でもないはずの「藤林大貴」は薄暗い洞窟を走っている。


 なぜ。こんな――「できる」「に」「決まっ」「て」「いる」「だろう」。


 これは……なにかが思考に差し込まれてくる――?


 妨害。これが嘘と思わせないよ――「違う」。「オレ」「は」「自由」「に」「動い」「て」「いる」「だけ」。


 「藤林大貴」「は」「望む」「こと」「を」「し」「て」「いる」。


 ――まるで国語のテストだ。虫食いの空白に言葉をあてていく。誰かが。


 なにかが、大貴を食い散らかし、隙間を埋め、取り繕っている。


 実際――頭に何かが這っているようだった。


 這い寄っている。縋り付き、貼りつき、溶け込み、浸食しようとしている。


 体が思うように動か――「動い」「て」「いる」。


 「そう」。「今」「も」。


 「望む」「こと」「を」「し」「て」「いる」。


 思い出す。ペッパーの豹変。


 頭の中でなにかが、気色悪く騒いでいる――と。


 これか?


 押し込まれていく。塗り潰される。心が――「欲望」「に」。「正直」「に」「な」「る」。


 「動作」「する」。「正しく」。「人」「に」。


 意味が、分から――「わか」「る」「だろ」「?」。


 【なにか】が大貴を――【頭の中さえ弄れるヤツ】だ。


 【何】に従って――【欲望】?


 【どこ】へ向かっている――?


 ――「それ」「なら」。


 「疑問」「で」「すら」「ない」。


 「望む」「場所」「だ」。


 「オレ」「が」。「のぞん」「だ」。


 ――「藤林大貴」の――?


 「そう」。「自分」「の」。


 「求め」「る」「人」「の」「下」「に」。


 「向かっ」「て」「いる」。


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