Part3 サイド・アームズ その4
「……まだ息があるな、こいつ」
視界に映るウィーバルクの体力ゲージには黒に染まりきらない部分が、僅かに残っている。
まだ終わっていないのだ。一時的に気絶しているだけ。
だが、トーシャにトドメの攻撃を撃つ術はない。
まだアイテム使用可能にならないのだ。
絢音が弾倉を開き、リロードする。
立て続けに三発を発砲。頭部を捉えるも、まだ体力ゲージを削りきれない。
トーシャは舌打ちした。――これは純粋な火力不足が原因だ。
元々銃火器、それも携行式の小型武器など、ゲームバランスの都合、速度や取り回しには優れるが、一発一発の威力は現実のそれと比べて大きく抑えられている。
装填数もたかが知れている。そのうえ、剣などの『線』でも魔法の【放射】のような『面』よりずっと有効範囲の小さい『点』の攻撃だ。
対人戦闘では特に的も小さく行動も予測に入れねばならず、命中は難しい。
時間対効果を考えれば近づいて殴りつけるか、取り回しが多少面倒でも重火器を用意するのが一番手っ取り早い――。
それがプレイヤー間での共通認識だ。
それにもかかわらず絢音がこれを使っているのは、ひとえに「取り回しの良さ」を重視しているのだろう。
頭の羽を使った3次元的な動作は他のアバターには真似できないものだ。
そのフットワークの軽さと速さを活かし切るプレイングの実現には、「持ち替え」「切り返し」「照準から着弾までのラグ」と言った要素に着目したのだ。
つまりそれらは「攻撃動作」。これがフットワーク同様の軽やかさを持っていることが望ましいだろう――と。
それは正解のひとつだ。これによって高い自由度とスピードを持った攻撃が実現できる。それは戦闘における大きなハードルである「攻撃の命中率」を大きく向上されるものだ。
もっとも――敵を効率良く倒す「時間対効果」の向上には、「命中率」に加え、敵の防御をぶち抜ける「攻撃力」に重きが置かれる。
それ故に、絢音の答えは大衆的な解にはなり得ていない――。
絢音が再び発砲する。今度は腕輪を光らせた。弾丸に魔法による属性付与を行ったのだ。
素よりもいくらか以上に攻撃力・貫通力・速度を高めたそれが、一斉にモンスターの頭蓋に着弾した。
効果は――薄くない。
体力ゲージはあとわずか。――わずかなのだ。
「炎熱系の属性付与は?」
ウィーバルクの体力の削れ方から、先の爆発のダメージが大きく反映された可能性は大きい。おそらく炎系の攻撃が弱点のはずだ。
「したよ。したんだけれど……」
では設置型散弾が弱点だったのか?
――違うはずだ。弾丸の属性は絢音が今発砲したものと同じ。
弾の改造で新たに属性が付与されているとは考えにくい。小さな弾丸に、それほどの機能を詰め込めるとは思えない。
さしものシシガミとはいえ、「空中に固定した後に接触感知ではじけ飛ぶ」機能の弾丸――その時点で既に機能は飽和状態だと考えるのが自然。
どちらも弱点属性でないことはあり得ない。
であれば、弱点が変更されたのか、元々【そういうもの】――体力値が何割かを切ることで防御力を向上させる底力を持っているのか、あるいは。
――今、このモンスターは気絶しているのではなく。
――単純に【防御】を取っているにすぎないのだとしたら。
「……体勢、っていうか見た目なんにも変わってないけれど……魔法かな?」
「あり得るな。そういうアビリティはプレイヤーサイドには用意されてるし。一歩も動けない代わりに無敵状態になるっての。
なんだっけ。メタライズ? だっけ? あんまりスマートでないもんで、なんかもう名前は忘れたが……」
「じゃあ、もしかして……さ」
「諦めて俺たちが後ろ剥いた瞬間――ぱっくりだろうな」
想像する。傍から見たそれは、まさしくパニック映画のそれだ。
未知のモンスターにトドメをさしたと誤認した若いバカな男と女が緊張から解けてへらへらしているところから――ばっさり。
もちろんそうしてウィーバルクな動いた瞬間から攻撃は有効化するため、片方をばりばりしている間に蜂の巣にしてやることもできるだろう。そうすればウィーバルクを仕留められる。
――とはいえそれも片方を餌にする覚悟と、二人同時にやられない保障があればの話だが。
「…………したこまトラップを設置してずらかるか?」
「それ、そこら辺の瓦礫とかも使えるの?」
「いくら弱点属性だったとしても、小石ぼっちの代物じゃーな。かといって、デカい瓦礫を引っ張るのは俺らの筋力ステ的に無理だ。
……アイテムボックスからさっきみたいにモノを取り出したって、そんな【俺爆弾っす】って看板下げたものに突っこんでくほど馬鹿じゃない。
……さっきみたいなのはまぐれみたいなもんだ。また決まるとも限らない」
やるのであればクレイモアのような球でなく線のトラップを編み合わせ、壁のトラップを創り上げるべきだろう。
それは飛びかかった瞬間「ふるい」にかけられたように、ウィーバルクの体が細かなパウダーになって四散してしまうような仕掛けだ。
できればバレないように。――が、当の相手は今、目の前で「寝たふり」をしている。どんなに策を練ろうが趣向を凝らそうが、土台無茶な話だ。
――これは。
「やれやれだぜ、こいつは……」
「どけ」
トーシャががりがりと後頭部を掻き毟る。それに鈍重な音源が突き貫いた。
反応を起こす前にトーシャの身は軽く吹っ飛ばされた。声も上げず抵抗も出来ず受け身も取れず、情けなく瓦礫の中に頭を突っ込んでしまう。
吹っ飛ばしたそれは、大きな手で一度風を握った後、肩に背負った得物を握り直した。
それは、彼の巨体に見合った重厚で巨大な――鉄槌。
「――ジョージさん?」
「あんだっ……くそてめ――――っ、はぁっ?! キン……グっ……だとっ……!?」
呆然とする絢音の脇を抜け、瓦礫の中でじたばたするトーシャを一瞥さえ向けない。動かないウィーバルクの前に立ち、ジョージは上段にハンマーを掲げ。
そうして、一鎚。
鎚の一端が竜の顎に変わり。
瞬間、狸寝入りを取り止め避けようとしたウィーバルクを、留めず逃さず噛み千切り、光の粒子に砕いて消し飛ばした。
殴り潰したハンマーを軽々と振り回し、モンスターが消し飛んだ跡に目を下ろした。
瓦礫に満ちた穴。大貴が落ちて行った穴だ。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい。テメーお前。テメーだよキング」
瓦礫の中からがばりと跳ね起き、どたどたとトーシャはジョージの近くに歩み寄り。
「いっきなり出てきてなんだよテメーは。なんなんだよテメーは。美味しいところだけかすめ取りやがってよぉ。このトーシローがぁぁぁッ!!」
「トーシャさん。そのひと、ここのチャンピオンだよ……」
――少なくとも素人と言える立場のプレイヤーではない彼に、無遠慮に触れた。
瞬間、トーシャが思い切り背後に吹き飛んだ。ごろごろと地面を縦に転がった挙句、強かに頭から瓦礫にぶつかり――ようやく停止した。
正直、アレでゲームオーバーになるんじゃないかというほど派手で痛そうな激突だった。
しかしトーシャは瓦礫のそばで倒れたまま動かない。ただそれだけだ。消え去らない以上、体力が尽きていないようだ。
「……気安い」
吐き捨てたジョージの顔には、濃い煩わしさが刻まれていた。
非干渉を欲している。だから無駄になれなれしいトーシャは排除し――【あの時】も、この場から一度は離れたのだ。
であるならば。
「……どうして、ここに戻ってきたんです?」
呟く絢音に、ジョージはやはり答えない。穴をふさぐ瓦礫の海を見つめ、ハンマーを振り上げ。
――飛び降りて。しばらくして。
瓦礫で埋まった穴から、爆風が間欠泉のように突き上がった。
さながら火山の噴火のように。瓦礫が弾となり、岩となり、灰になり、穴の奥底から噴き上げて来る。
「あー、ってて…………なんだあいつ。マジビリビリする。朝起きたら腕に血が通ってなかった時くらい感覚が掴めねー」
間欠泉の衝撃に煽られたのか、ふらふらとトーシャが起き上がった。
頭を押さえ、目は焦点が合わないのか、周辺をぐるりぐるりと見回している。
「……どうやら、ここ以外の穴ボコは塞がれてるみたいだな。
――ああ、なるほどなるほど。あの王様が干渉するのを防いでるわけだ。開けた穴をわざわざ埋め直して。誰かな。さっきのモンスターどもの親分か、それともどっかのデカイギルド様かねぇ」
トーシャが呟くように推理した。あまり具体像に乏しいものだが、可能性としては否定できないものだった。
間欠泉の勢いは徐々に弱まっている。――そろそろジョージが瓦礫を吹き飛ばしきれる。狂気的な破壊力だ。
「トーシャさん――」
「……と、とびこむの?」
「でないとタイキさんを追えないよ」
「いきいい、いるかもわからないんだぜ? 無事かなんて知れない。そんなやつのために、こんな敵の巣の中に飛び込むのか?」
「いるよ。いる。きっと――ふじばやさんは」
「どうしてそう思うんだ?」
「約束、したから。だいじょうぶだって。――だから、たいじょうぶ。だいじょうぶなんだ」
「……はっ、本気かよ? 正気じゃない」
「本気だし、正気だよ。ふじばやさんは、わたしとの約束は、必ずまもってくれるから」
やれやれ、とトーシャは軽く頭を振った。『折れた』のジェスチャーだ。
足の裏を通じ、俄かに震えが伝わってくる。【なにかが近づいてくる音】。
仮にトーシャの推理が正しかったとすれば――それは【ジョージを地下に行かせたがっていない誰か】だ。
モンスターどもの親分か、どっかのデカイギルド様か――。
どちらかはわからないが。先ほどのド派手な間欠泉が十分すぎるくらいの狼煙になっている。
仮に間違っていたとして、やはり先の狼煙は周囲に異変を伝えるには十分だ。地面の下、穴のなかで何かをごたごたとやっているモンスター達に伝えるものとしても。
どちらに転んでもここに近づいてくるのは――。
「武装した怖い人たちが血相変えてくるわけだ。……是非もねーなぁ、あーくそ。やだなぁ」
吐き捨てて、目頭を押さえるトーシャは穴の中へと飛び込んだ。絢音を追って。




