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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第2章 「弓引く先に」
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Part3 サイド・アームズ その3

「へっ……」


 トーシャは目を白黒させた。


 モノクロの視界の端には絢音がいた。見切れている。少し遠い宙をばさばさと飛んでいる。


 ウィーバルクの翼が起こした強風に飛ばされたのだ。


 それは知っている。わかりきっている。当たり前のこと。大型の風の『剛』を前に、絢音の細身は 耐えられるはずがない。


 むしろ引き千切られなかった分、上手く風に乗れていたと褒めてやりたいほどだ。そうしたい。そうしよう。


 ――まぁ、こうして地上に残されたトーシャが両手を広げたところで。


「トーシャさん、やれたね」


 などと言って、トーシャの穢れた欲望で塗れた片手とおもむろにハイタッチした。


 ――飛んでるお嬢さんにかかり、とてもクリーンに処理されてしまった。飛べない都合、彼女から飛び込んできてはくれないのだから仕方ない話である。


 ――それよりも。


 ――いったい、ウィーバルクの突進を阻んだのは。


 なんだ。


「あっぶなかったぁ……。風強くって、もうちょっと遅かったらうまく設置出来なかったよ」


「設置……? じゃあ、アヤちゃんもなにか置いたのか?」


「トーシャさんのとは、ちょっとちがうかな。クレイモア……っていえばわかる?」


「うへっ……」


 絢音の言葉を聞いてトーシャは顔を歪ませた。


 クレイモア――。


 設置系魔法攻撃の一種で、オーソドックスな最初級攻撃は接触するとダメージを受ける魔法の球体を空間に設置する、というものだ。


 熟練度や魔法そのもののランクアップによって単純に威力が増すだけでなく、持続時間や判定範囲を広げていく。


 また設置の時の設定如何によっては任意に魔法片をばらまく爆発を起こしたり、その場に付与した属性を張り付かせる――火の海やアイスバーンなど――ことができる。


 そして大きな特徴に【連鎖判定】がある点が挙げられる。


 クレイモアは通常、魔法の球体に接触してダメージを受け、仰け反り怯む。


 しかし設置したクレイモアの位置関係や付与した性質によっては、その怯んだ状態で別のクレイモアの攻撃を受けてまた怯み――脱出できない【ダメージ連鎖】を起こしてしまう状況があり得る。


 ハメて放っておけば敵を倒せるお手軽な戦法として当初プレイヤーの中で重宝された。


 だが時間対効果はかなりよろしくないのだ。


 コンボ補正でダメージは増加していくはずだが、ただの設置技のクレイモアの本来の長所は持続性である。そのため、破裂させなければ大きなダメージにはなり得ない。


 なによりその場からプレイヤー自身が離れられず、じれて攻撃してうっかりハメから敵を逃がしてしまうといったヒューマンエラーの報告も多い。


 敵が隙だらけで転がっているのに手を出してはいけない。見ているしかない。


 おあずけをくらったペットのようにその前で待ち続け――どちらが罠にハメられているのかわからなくなる。


 そういう致命的な面倒臭いが生じてしまうのだ。


 ――ちなみに。


 クレイモアも足留めとして使えなくもないが、動きを封じるトラップならば他にも多くのバリエーションが存在する。


 トーシャが先に見せた【フォトン・クラウド】などがその一例だ。広い有効範囲や高い拘束力や有用な追加効果を持ったものは数多く存在する。


 それこそ、クレイモアのように下ごしらえも必要なく、動きが止まったところに遠慮なく攻撃を叩き込める実用性の高いものが。


 魔法攻撃自体、召喚系など高消費高火力が今のトレンドだ。足止め程度に魔法を何度も実行しなければならないクレイモアは明らかに効率が悪い。


 せいぜい初期の有用な装備も、そうした敵の足止め技術も揃っていない経験浅いプレイヤーが戦闘を切り抜ける安全策として用いる程度である。


 そのうえ、有効に使うにはかなり条件が絞られる。


 まず対人戦などNGだ。クレイモア自体に迷彩が必要になるためだ。持続時間に能力を振り分けられる余裕がなくなってしまう。


 自ずと対NPC、対モンスター戦が主となる。


 更に設置箇所に追い込む駆け引きを行う。簡単なルーチンワークに従う傾向に強かったり行動をかなり制限できる場所に誘導したりして次の行動を予測できる環境で、また当たり判定が大きい大型種が好ましい。


 ――例えば、トーシャの目の前で伸びているこのモンスターのような。


「相手から突っ込んでくる状況なら、軸線上にいっぱい置いておけばいいだけだもんね」


「……やったのか? それを全部?」


 トーシャの爆弾もあったとはいえ、この大型種を気絶させるクラスの攻撃力だ。一個二個では足りない。


 もちろんクレイモアの成長レベルにも依存するが、それだけの質の量を一瞬で設置するなど。


「……銃弾か?」


「そう。散弾をベースに改造してもらったんだ。クレイモアとほとんど同じ効果。わたし、そんなに魔法の方は鍛えてないし、ちょうどいいかな、って」


「……」


 疑う余地はない。絢音は嘘をついていない。つく理由がない。


 では作ったというのか。実在したというのか。魔法の球体さながらに【触れられるまで空中で静止する弾丸】が。


 ――【空中で静止する効果】の素材アイテムには、トーシャもいくつか心当たりがある。


 それを加工して弾丸にするだけの作業――なんて、言うほど生易しいものではない。


 そういった素材はことごとく密度が低い。故に軽く――脆い。


 それを弾丸サイズにまで小さくし、特性を失わないようコーティングを施すのだろう。


 【クレイモア弾丸】ともなれば衝撃なと受けて当たり前。それでは砕けず、オーナーの合図でよってのみ爆発四散を許す。


 ここまでの弾丸は、イメージとしてはカプセル剤だ。中の組成はひとつひとつの粒でバラバラ。それをカプセルでなんとか形を成型した。


 残る課題は弾丸の外見でなく性能だ。場合によっては接触を待たず爆発しなければならない。


 【本物】との競合を抑えるため、散る時間・条件を弄る。小さな拳銃用のものとして機能を組み込み、武器としての威力も最低限は維持する。


 小型。多機能。


 こういった繊細な鍛治はまさに【鍛冶屋】の領分だ。トーシャにもできなくはない。だが作ったところで絢音のそれには敵わないだろう。


 ――そんなもの。


 作れるのはトーシャの知る中で、シシガミ三等兵の他にはいない。


 トーシャの師匠――『シシガミ三等兵』という男は、生粋の職人だ。


 仕事に感情は持ち込まない。求められた仕事をこなし、相応の代価をいただく。


 鍛治を請け合うプレイヤーのなかには「報酬」のために可能な限りローコストを狙って利潤をあげようとするものがいる。


 そのほかは「スキルを高めるため」に回り道をして練度の向上に努めるものもいる。


 ギルドを大きくして「影響力」を強め、やがて街を、プレイヤーを、ひいてはゲームを掌握する――ことを目標にしているプレイヤーも、いないことはない。


 ――それだけに。


 シシガミほど仕事一徹で真摯かつフェアな職人は他にはいない。


 絢音の撃った弾丸がなにより雄弁に語っていた。


 小型にして多機能。


 転売すれば素材アイテムをそのまま売った額の10倍以上で売り飛ばせるだろう。


 そこに、トーシャは「師匠」を見た。


 使われてこその道具なのだ。本来の用途は換金ではない。これは、彼女に使われるべくして創り上げられた唯一無二の弾丸なのだ。


 だからこそ、シシガミは転売などしない。


 モノにまで義理立てする。あるべき姿を頑固に守る。古い人間。ここでない現実に魂を残している人間の姿だ。


 つくりあげるものを愛すが故に。


 あるいは自ら、それに取り巻くあらゆる一切の、歩んだ道に敬意を払うために。


 ――自らの手を離れた後の、道具の扱う「向こう側」の誰かに思いを馳せて。


 目的のため、手段を与える。


 ――トーシャが彼のもとを離れた理由のひとつだ。


 それは、パズルを解くための瞬く閃き。街角のしなびた駄菓子屋で瓶ラムネを購入するような、3月の薄ら寒い風の中で早咲きの桜を見つけるような。


 ひとときの発見と呼べるもの。インパルス的な感情の機微。こうした刹那の悦楽を良しとするトーシャとは相容れない。


 師匠の根底にあるのは努力への賛美であり、「こうあるべき」という理想に忠実な理念。高潔な誇りだ。


 それは共感するもの、賛同するものがいる限り潰えることはない。永遠不朽の価値となる。


 対してトーシャのそれは、あえて言葉を選ばず表現すれば低俗である。安直である。必衰である。


 一瞬の華に手を伸ばすそれは、小学生のサッカーにも似ている。みんなが転がるボールに向かっていく。戦術も戦略も放棄した全力の個人主義。スタンドプレー。浅い行動。


 ――故に、ただただ純粋で、愉しく、ひとときで、代え難い。


 諸行無常。盛者必衰。いつか崩れる砂の器だ。


 ――それが動かぬ真理であれば。


 空を切り走り貫く一瞬にのみ輝く一発の弾丸のようなこの生き方もまた、人の歩む時間に敬意を払う、愛すべき道なのではないか――。


 トーシャはそういう生き方を曲げる気はない。シシガミもそうだろう。


 故に別離した。


 ――互いに敬意を払って。

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