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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第2章 「弓引く先に」
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Part3 サイド・アームズ その2

「でも、タイキさん、いいひとだよ?」


「ああ。人はいいっぽいな。俺ぁそういう奴ほど信用できねーが……」


「そうなの?」


「そうだろ。そんなに都合のいいヤツなんてそこらにゴロゴロ落ちてるかぁ?

 みんな自分に利のあることしかしない。嫌なことは嫌だし、好きなように勝手にやりたい。そういうもんだろ?

 人の嫌がることでも平気でできるって、なんつーか、自分を投げ売りしてるのと一緒じゃないか?」


「……トーシャさんも、イヤなことはしないの?」


「だから『あの人』の下は辞めたし――」


 あの人と言ったとき、僅かにトーシャの顔が歪んだ。さながらそれは、故郷を懐かしむ旅人のそれ、であろうか。


「――今は別のクランに入ろうとしてる。今アヤちゃんたちに手ぇ貸してるのは紹介ってのもまぁ多少あるが、一番は得だと思ったからだよ」


「得なの?」


「あいつの体には興味あるし……えっちな意味じゃないぞ」


「ふーん」


「ちがうぞ?」


「ふーん」


「……それに、そう、それな。アヤちゃんは声かわいい。得だろ?」


 ――それに加えて、大貴の個人的な要求の「アヤの呪いを解くこと」は間違いなくイベントに絡んでいるファクターだ。


 エンブレムは無理にしろ、イベント限定の達成報酬くらい、もらえるかもしれない。そうトーシャは踏んでいた。


「ふぅん……」


 トーシャの言葉に含みを感じたのだろう(実際正解である)。


 聞き終えた絢音の顔には疑問が貼りついていた。言葉として表さないそれを感じつつも、トーシャは答えない。


 答えを用意していないのか。それともただ言えないだけなのか。言わないだけなのか――。


 思いを膨らませながら、絢音はそれを踏襲することとした。


「――ふじばやさんはね」


 代わって、絢音が口を開いた。


 呟くように、この空気に言葉を融かして――遥か真下の大貴にまで浸みこませようというように。


「いいひとだよ。でも強いひとじゃないの。だから壊れちゃいそうで、ほうっておけないの」


「それなに。母性愛的なモン?」


「……ふじばやさんも『わたしをそうみてる』。わかるよ。伝わってくる。

 ふじばやさんはね――好きだからでも愛してるからでもなくて、ただほうってしまえないだけなんだ」


「じゃあなにか。惰性か? うわ、なんか爛れた関係なんだなおまえら」


「依存してる、のかな」


 トーシャのあんまりな言葉を、絢音はさらりと聞き流し、そのまま続けた。


 実際、正しく意味を理解していたのかはわからない。


「でもふじばやさんが思うほど、わたし、よわくないと思うんだけどなぁ」


 一丁の銃を両手で握り、絢音は目を閉じた。


 それは、感慨に浸っているようであり、何も思わず雑念を払い心を透き通るようにしているようでもある。


 縦の向こうでウィーバルクが唸った。


 ――【来る】予兆だ。トーシャは身構えた。


 無駄口の間に、アイテムボックスの使用不能時間は既に経過した。


 この盾を接触性の爆弾にでも改造してやれば、あのモンスターも倒れるだろう。最悪気絶状態くらいにはなるはずだ。


 気絶のひとつもしてくれれば、その隙に弱点を突いて仕留めるのは――難しい話ではない。


 アイテムボックスから爆発特製のある素材として【赤熱の花】――大貴との戦闘に使った【朱爆の心】より爆発の指向性は弱いが容積のある物体を対象に使えるアイテムだ――に当たりを付けた。


 トーシャが出そうとしたときには、絢音は傍にいなかった。


「えっ……」


 唖然とするトーシャの鼻を硝煙が付いた。


 頭上。盾の上に。いる。


「おい! なにしようって――」


「これ、爆発させるんでしょ?」


 絢音がつま先で盾を叩く。


 トーシャは既に【赤熱の花】を取り出していたが、絢音は背を向けている。


 手の中を見て判断したのではないのだ。


 トーシャの行動を読んだのか。


 絢音はトーシャの戦闘を見た事など、殆どない。


 ほぼ唯一の機会はこの場での戦闘だ。


 雑魚を散らせた時は割と真っ当な武器攻撃でちまちま削った(そのせいで穴を埋められる隙を作ってしまったのだが)。


 大貴との緒戦は絢音と十分距離を取って行われていたのだ。


 目の前で爆弾を使ってみたのはつい先ほどの槍の一撃のみ。別のトラップとの併用だ。


 爆撃の印象はそこまで強くないはずだった。現に、直後の絢音のリアクションも【フォトン・クラウド】――ウィーバルクを呑み込んだ光の帯のことだ――へのものだった。


 にもかかわらず、トーシャの次の手を見事に察するというのは。


 ――どうやって。


「わたし、ああいうガツガツしたタイプ、苦手だけど

 ――やる。やってみせるから。

 できること。わたしのこと、教えてあげないとね。ふじばやさんに。

 でないと、ふじばやさん、つらいままだよ。ずっと」


「アヤちゃん。その……ふじばーさん? そいつのこと、好きなのか?」


「…………あれっ」


 はたりとして絢音は口元を塞いだ。


 顔からは大きな動揺が見て取れる。目を点にして、指先をかたかたと震わせて。


「…………いっちゃってた?」


「え?」


「だから、その――」


 ――その先は、モンスターの怒涛にかき乱された。


 ロケットのような圧力の爆発を背負い、ウィーバルクは滑空した。


 辛うじて外観を保持していた闘技場は紙切れのように千切れ弾け吹き飛び、一切はただ一線に収束する。


 それは放たれた一本の矢のように。


 速く、ただ一点を狙い――空を貫く。


「ぐおっ……!?」


 単純な突進攻撃。しかしそれは余りにも全力だ。


 シンプルかつダイナミックなそれは呆れるほどに明快な対処を強要する。


 ――【避けろ】。


 これは盾を押すに留まらない。【貫く】一撃だ。


 これを爆弾に変えたところで意味はない。


 驚異的かつ瞬発的な加速を得たモンスターに取り巻く分厚い嵐の奔流は、爆発の衝撃を切り裂き爆炎を消し去る。


 山火事が大雨で鎮火するように、溶岩が海を焼き尽くせないように、トーシャの用意する爆弾では対応し切れない。


 絢音が頭の翼を広げた。


 ――無理だ。この豪風の中、ただの人程度が飛べるはずがない。


 トーシャも動いた。盾を作り変えるのだ。


 ――組成を何十かの層として表したその中に所望の機能の因子をねじ込み、乱れた組織を組換え、正常化し、『作り変える』。


 その工程は、積み木に似ている。平地にブロックを組み合わせ、縦に高く積み上げのだ。


 ものによってはブロックは乱雑に投げ捨てられていたり、ブロックが全て三角錐だったり球だったりする。


 鍛治の技能とは、その多様な積み木の塔の有り様を「把握」する行為がまず頭に来る。


 そして自分好みのブロックをどこにどう差し込むかと「選択」する。


 最後に新たな属性を加えた状態でも崩れないようバランスを取るよう「仕上げ」をする。


 本来、この3工程のいずれにも、ある程度の時間を要する。


 これを最短距離で、それも法定速度の数倍の速度駆け抜けるのがトーシャなのだ。


 アバターとしての【鍛治スキル】の熟練度もそれを助けてくれているが、その作業速度を最も左右するファクターはプレイヤーの技量である。


 トーシャ以上に鍛治スキルのレベルが高いプレイヤーはシシガミをはじめ少なからず存在するが、おそらくトーシャほど「早い」ものはいない。


 そして、戦闘行動にそれを組み込める者もいない。


 彼より効率良く正確に精巧に作り変えるプレイヤーはいるだろう。


 装飾を凝らしたアイテムや、よりローコストで安定したアイテムを作り上げるプレイヤーもまた存在するはずだ。


 しかしその鍛冶屋の誰もが、トーシャと同じように実戦で組み込むことはできない。


 トーシャほど対象の組成をマクロとミクロで瞬間的に把握できるものはおらず。


 属性の付与を絶妙な雑さで終えられず。


 程度を押さえた不安定さを保つ『爆弾』を構築する繊細な仕上げをこなせない。


 だからこそ、トーシャは自分を【鍛冶屋】でなく【錬金術師】を自称し、師匠の元を去り――以後、どことも馴染めきれず、フリーを続けている。


 それらを実現する把握速度も雑さも繊細さも、ただ純粋に、トーシャの――鳥坂隆勝の才能だった。


 盾の一片のみをピックアップ。すり鉢状にくりぬいた部分にだけ適用。平常時こそ安定だが、接触することで内部の電子構造が崩れ不安定状態になる。


不安定状態で空気と激しく反応・燃焼し、押し込んだ爆発物に火を付ける――。


 広域に飛び散る爆炎を、残りの部分をガイドにして一方に向けさせる。力技だが、これで指向性は出来上がる。


 盾の上にいる絢音を――傷つけないわけはないが、ダメージを抑えることはできるだろう。


 ほぼ間髪入れずにウィーバルクが突っ込んできた。衝撃が周囲を突き、爆炎の波が空を焼き。


 ――その炎の波を突き抜けた。


 薄くなった盾は食パンのように引き裂けた。


 トーシャの眼前。矢のような鋭い風。そしてくちばし。


 もはや金属盾より柔らかなトーシャがどうなるかなど想像する余地はない。


 「裂かれる」。それひとつの現実が。


 武器はない。避ける余裕はない。


 終わった――。


 覚悟を決めたトーシャは歯を食いしばり――。


 ――モンスターの突進は、寸手で止まった。

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