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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第2章 「弓引く先に」
33/82

Part3 サイド・アームズ その1

 絢音が大貴との通信を終えて、ほどなく――。


 訪れた静寂は破られていた。


 また瓦礫が崩れてきたのだ。天井から落ちてきたモンスターの仕業だ。


 今度は翼をもった大型種。『ウィーバルク』と呼ばれるモンスターだ。


 ウィーバルクはコブラとカラスを混ぜ合わせたような奇形で、上級の部類に入るモンスターである。


 ただ大型種故か、『グランゲイター』のように「クセ」がある。ハマらなければどうにかなる相手だ。


 だが上級故に、その難易度はグランゲイターのそれとは比較にならないほどに引き上げられている。


 天蓋をぶち抜いて現われたそれのおかげで、藤林大貴の落ちた(降りた)ステージの大穴はものの見事にふざがった。


 ――暗所恐怖症のトーシャにしてみれば幸いな展開であり。


 ――空間を移動し続け撹乱しつつ攻撃を撃ち込む、中遠距離での戦いをメインとする絢音にとっても、この『闘技場』という限定的な空間に自ら入ってきてくれたこの展開は、そこまで都合が悪いものではなかった。


 加えて、ウィーバルクは【異形】と違い高い防御力を盾に突撃し拳を振り回すファイタータイプではない。


 中距離の広域攻撃と突進のような直線攻撃をばらまく制圧攻撃を主とするタイプだ。


 連射力のある短銃と頭の羽を使った3次元的な移動を組み合わせたヒットアンドアウェイ戦法を得意とする絢音にしてみれば、(抜群とまでは言わないものの)そこそこ相性がかみ合っているといえた。


 ここでキモになるのは互いの攻撃効果だ。


 ウィーバルクの範囲攻撃が絢音に避けられるレベルであれば、絢音は連射力と速射性から一方的に銃撃を浴びせ続けられる。


 しかし、一度捕まり機動力が損なわれれば逆に攻撃を受け続けるのは絢音である。


 あるいは絢音の攻撃を受けても絢音の機動力が死に、ウィーバルクが怯みもしない軽い弾丸であれば、絢音は打ち落とされてしまうだろう――。


 頭の翼を広げ、絢音は短い距離を鋭く滑空した。物陰から物陰へと飛び移る。


 ウィーバルクは翼を振った。翼端が空を切り、衝撃に乗せて数十の羽根を一度に撃ち出す。


 羽根は壁それまで絢音が潜んでいた瓦礫に一本一本深々と突き刺さり、建物の一部をこぶし大の破片に変えた。


 粉塵が巻き上げる着弾域をモンスターは注視する。――絢音を見失ったのだ。よそを見ている。攻撃のチャンス。


 絢音は銃を両手に握った。絢音がメインに使う武装である。装填数8発の回転式の短銃だ。


 現実では高速の一発で相手を死にいたらしめる残酷な武器だが、このゲーム上ではバランス調整の関係か、威力は抑え目だ。


 息を吐く。絢音は腕を上げ。


 照準器を通して――狙い――。


「そこっ……」


 ――ウィーバルクの腹部に絞る。


 そこには「目」がある。頭部のふたつより大きなあれは極近距離でのみ有効な攻撃手段だ。焦点を合わせた標的を石化させる即死能力。


 厄介この上ないが、同時にそれはウィーバルクの明確なウィークポイントのひとつだ。


 撃鉄を上げ、トリガーに指を掛け。発射。立て続けに3発。


 弾丸が空を裂いた。吹き荒ぶウィーバルクのかまいたちに煽られて弾丸は狙いの弾道からわずかに逸れ――しかし1発「目」を捉えた。


 ウィーバルクは小さく仰け反り怯んだ。有効打だがダメージは小さい。すぐに立ち直った。


 ウィーバルクの起こす風は絢音の想像以上に強く乱れている。環境は複雑だ。


 風の乱れを越え、どうにか当たったところで1発では到底――。


 もう一度――弾倉を開き、新たに3発弾丸を込めた。貫通力に優れる、威力の高い迫撃弾である。その分、反動が強く狙いが散漫になる。


 続いて絢音の手首で腕輪が淡く光った。更に魔法で攻撃力を強化するのだ。属性を与える。特性も追加する。


 銃口を上げ、狙いを絞り――モンスターと目があった。


 びくりとして絢音は頭の翼を広げた。ウィーバルクも翼を大きく広げる。


 ――こいつの翼の先は鉤爪のようになっている。


 これのために見ようによっては、この両羽はカウボーイスタイルなどによくある、両腕に下がるフリンジ――水捌けを目的としたさがり――のようにも見えるかもしれない。


 振るえばかまいたちを起こす鋭い鉤爪は直に喰らえば肉を抉り骨を切り裂く。大きな腹の目に注意を奪われがちだが、あれも中距離以下でほ十分脅威だ。


 両腕がふるわれる。風が吹き荒れる。それは不可視の巨大な手のひらだ。絢音の体が後ろに吹き飛び、想いきり壁に叩きつけられた。


 ずん、とモンスターが踏み込んだ。


 絢音めがけ、真正面からとびかかる――。


「ふぃぃぃぃぃっ、しゃああああああああああ!!」


 トーシャが咆哮した。視界の端で拳を突き上げている。――ようやく動いたなトリカゲ野郎がっ!


 踏み込んだウィーバルクの片足が淡く輝いた。青色の光。それは大きく円に広がって、その中心から無数の光の帯が噴き出した。


 それは首を絡め、両翼を掴み、両足を円の中へと引きずり込んでいく。


 翼も足も、その場に釘付けになった。


「アヤちゃん! 1発!」


「はいっ……!」


 よろよろと壁から身を離し、両腕を伸ばして狙いを定める。体の中心で構え、両目でターゲットを絞り。


 トリガーを引いた。また3発。衝撃で絢音の腕が跳ね上がる。


 弾丸は全てウィーバルクの腹の目を貫いた。


 悲鳴が上がる。空気を割り、耳を裂き、胸を突き刺すような――絢音は奥歯をかみしめた。


 痛みに、光の帯に、体を歪めるウィーバルク。


 その頭上に、トーシャが飛び乗った。


 片手に握っているのは槍だ。アイテムボックスから抜き出したのだろう。


 槍の刃に指先が触れた。腕輪が光る。『なにか』をしたのだ。槍先は赤々と輝かせ。


 ――脳天に突き刺す。


 トーシャが槍を残して飛び降りた。


 暴れまわるウィーバルクの頭上に槍は残り、やがて。


 ――爆発した。


 爆炎と衝撃に晒されてウィーバルクは前のめりに崩れ落ちた。光の帯がそれを引きずっていく。


 もはや抵抗力が残っていないのだ。光の帯は幾重にも伸び、絡まり――円の中心に吸い込んで。


 最後に、光はウィーバルクを飲み込み。


 ――そして、消化した。


 モンスター消滅時特有のエフェクトである光の粉も上げず、送るものもださず。


 残ったのは、ステータス画面に数字としての経験値と目に見えないアイテムボックスに討伐成功報酬として体の一部だけだった。


「……あっさり、なんだね」


「お? アヤちゃんは派手にエフェクト出てくれた方が好みかい?」


「そうじゃないの。そうじゃなくて……なんていうのかな。好みじゃ…………いや、でも……うん。

 そうだね。わたし、こういうのはイヤかも」


「ふぅん。じゃあ今度は派手に行こうか。ちょうど『ダイナミック・ナパーム』こと地上の超新星の調合レシピを教えてもらったばかりなんだよ。どかどかいけんぜ」


 けらけら笑うトーシャに曖昧な笑みを返し、絢音はモンスターのいたステージ上に戻っていった。


 天井が崩れ、空が見える。


 もうゲーム内時間では日も落ちているらしく、色はオレンジより黒が強く、またちらほらと星の明かりが見えている。


「……そういえば」


 ――今、何時だろ?


 絢音はごく普通の疑問を呟いた。


 このゲームをはじめたのは昼前どき。もしゲーム内時間と現実時間がリンクしていたとしたら噛み合わない。とっくに【サイバー・ブルース】の安全装置でログアウトしているはずだ。


 現実の日常よりも刺激が強すぎるせいか、かなり時間感覚は曖昧になっている。


 だが、結構長時間プレイし続けいてる気がする。取得アイテム数の多さがそれを物語っている。


 それが働かないということは――?


「ねぇ、トーシャさん」


 疑問を形にしようと絢音は口を開き、しかしすぐに紡がれた。


 また頭上からモンスターが現れたのだ。


 よりにもよって、またウィーバルク。


 連戦。それもかなり気を遣う強力な相手だ。相手取るのも骨が折れる。


「アヤちゃん!」


 トーシャが声を張り上げ指をまっすぐ伸ばす。指し示しているのは闘技場の観客席の向こうだ。


 簡素なアーチで出来た門。出口。


 ――逃げよう。そう言っている。


 大貴を置いて。


 彼が落ちてからそれなりに時間が経っているはずだ。


 これからあのモンスターを倒し、瓦礫をのかし、穴に入り、やはりモンスター犇めく巣穴の中で未だ無事か知れない大貴を探し出す――。


「……っ」


 ――言うまでもない。


 別れてしまった時点で既にわかりきっていた。その危険があることなど。


 絢音は通信機を取った。応答は先ほどからない。誰かしらと鉢合わせたことは言っていた。


 人となりはわからない。ソロプレイヤーらしい。


 では助けてくれる可能性は極端に低い。わざわざ一人気ままにゲームをしているということは、つまりそういうことなのだ。


 成功は独り占め。失敗は自己責任。煩わしいしがらみを良しとしない、自由気ままを好む者たち。――ある意味、大貴とは対極の。


 絢音の集中力は途切れていた。モンスターがその無防備な横っ面めがけて翼で風を打ち払う。


 不可視の槍が観客席を打ち壊し、ベンチを砕き石階段を瓦礫に変えた。


 絢音は身構えさえできなかった。反応は完全に遅れていた。


 単に無事なのはトーシャのおかげだ。


 絢音の前に割って入り、手には大きな盾を掲げている。またアイテムボックスから引っ張り出したのだ。


 筋力ステータス上装備できない代物らしく、それはゴンと鈍い音を立ててトーシャの片腕を引きずり足元に落ちた。


 トーシャの肩からはめきりと嫌な音が鳴っていた。横顔がひきつった。


「あっ……ぶね。持ってかれるかと思った。ま、アヤちゃんのハートと腕一本ならいい買い物だな。

 むしろいい。是非したい」


 にやにやしつつ、トーシャは肩を回した。しかしすぐに悟ったようにため息をついて肩を落とす。忙しい人である。


「アヤちゃんさぁ、そんなにアイツのこと気になんの?」


 トーシャはこそこそと盾の隙間からウィーバルクの様子を伺った。


「そら、会って間もないけどさ。俺にだってさすがに、あんにゃろの『めんどくささ』っていうのはわかんだよね」


 今度のウィーバルクは周囲を伺っている。トーシャの【盾】の色と大きさは天蓋の破片とよく似ていた。どうやらふたりを見失ってしまったのだ。


 先にもこういう反応があった。攻撃の直後にこちらを見失うのだ。――ウィーバルクという種族は目が悪いのか、それとも思考の回転が鈍いのか。


 どちらにしろ、チャンスには変わらない。


 こうなると、ウィーバルクの次の行動は二択である。


 広範囲攻撃でローラー作戦に出るか、突進攻撃で闇雲に翼を振り回すか。


 トーシャの出した盾は、要はただのデカくて重い金属板だ。人をすっぽり隠せる程度の大きさと重さと強度を備えている。


 逆を言えば、ただそれだけの代物だ。


 先の槍同様、現場で突貫改造のためにボックスに放り込んでいた常備できない使い捨ての品物。ただただ本当に重くて硬いだけなのだ。


 ちなみに出してしまった以上、トーシャにはアイテムボックスにまた仕舞い込む以外に動かす術はない。


 特性上、ちっとやそっとの打撃や斬撃ではびくともしない。


 だが、「削り」は防げず時間をかけられれば破壊されてしまう。また、盾の質量以上の質量攻撃にも耐えられない。


 加えてウィーバルクは大型のモンスターだ。


 突進攻撃によって破壊される可能性はある。そうでなくても押される可能性は高い。


 そうされてしまうと押し返せないトーシャ達は、なす術もなくひき肉にされるだろう。


 アイテムボックスの操作はシステム上、連続してできない。


 この待機時間の間に仕掛けてこなければいいのだが――。

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