Part2 「どろどろとじめじめ」 その8
――そんな、ふたりの攻防を。
大貴はほとんど見ていなかった。
具体的に言えば、ペッパーが曲刀を振り回して周囲の障害を吹き飛ばしたあたりから見えていなかった。
――それどころではなかった。
ペッパーの「腐精の鎖」の――強制的に「気色悪いもの」を見せられるという効果の――話もそうだが、【異形】を前にしたペッパーはあまりにも異常だ。
人のことを言えた義理ではないが、感情の起伏がピーキーすぎる。
確かに、ペッパーは【異形】を前にして恐れを抱いた恐れているだろう。
先ほど無残に倒されたばかり。その上呪いまで受けている。
それでもなお、傲慢で不遜なペッパーはここに勝利するつもりでここまで来ていたはずだ。それは虚栄ではなかった。
真に勝機を見出し、恐怖を克服してここまで来ていたはずだ。
【異形】の力を知ったうえで。
ならば、今更向き合っただけで動揺するはずがない。
しかし――事実としてペッパーは取り乱し、牙を剥きながらも大貴が触るまで逃げようとすらしていた。
極めて不安定だった。
――それは、何故だ?
ペッパーがもともとそういう人間だった――とは、とてもじゃないが思えない。
クセはありそうだが、そこまでムラがあるだとは思えない。
なにせ、チャンピオンのジョージを目標としていたほどなのだ。
間違いなくソロプレイが主だろう。ジョージはそれで有名なのだ。であれば、ムラっ気をフォローしてくれる仲間もいないに違いない。
だからこそ、彼女のオールラウンダーな戦い方の理由はそこにあるのだろう。ピーキーな戦い方など、ジョージやトーシャなど【特殊な人材】に限るものだ。
そしておそらく、あのジョージと類似した特性が根本にあるはずだ。
それはプレイの指針である。たった一人でこのゲームを生き抜くための知恵であり、本能であり、生存能力であり、シックスセンスとさえいえるもの。
ただ、いかなる時でもその音がクールであることだ。
寡黙なジョージはもちろん、馬鹿馬鹿しく騒いでいるトーシャにもその傾向はみられる。大貴でさえ、一人で戦う時はニルの機械的なアドバイスを受け、常に早まりすぎない選択を取っている。
ペッパー自身の平時など、大貴は知らない。だがその真実の姿はどうであれ、ひとたび武器を取って戦闘に入ったならば、感情に左右されるような行動はとらないだろう。
短絡的なミスに繋がり、一瞬で刈り取られる可能性をはらむからだ。仲間のサポートがない以上、戦闘不能になればその瞬間にゲームオーバーだ。回復だって自分でしなければならない。
――では。
なぜ、ペッパーはああして頭に血を登らせているのだ。
なぜ。
そして、なんのために。
力を貰ったという「羽女」か?
【異形】に呪われた「腐精の鎖」か?
それともまさか――このゲーム自体に、なにかが?
「うっ……」
突然、頭に痛みが走った。それは、徐々に脳味噌を這う無数の毛細血管の一管一管が丁寧に丁寧に、一本ずつ破裂していくような。じわじわと襲い掛かる痛みだった。
まるで――。
これは、まるで――。
――なにかを、考えられ――させ、ないように――?
『感情パラメータが乱れています。いかがいたしましたか?』
ニルが呼びかける。
果たしてそれは、誰の意思だ。
誰が、いったい、なにを、考えて――。
「……なんでもない」
左胸のクリスタルを殴りつけ、大貴は大きく、深く深呼吸を繰り返す。
ふたりの攻防に踵を返す。
「ここ」「に」「は」「いられ」「ない」。
――いかなければ。
「彼女」に会えば、この頭痛も収まる気がするのだ――。
『彼女? それは――』
この場を去ろうとする大貴の前をモンスターが遮った。
ほとんど無意識のうちに、左腕に【スレイプニル】をはめた。左胸が熱く燃え、クリスタルの青が赤々と濁りを混じらせる。
砲身に刻まれた紫色のラインが発光し、肘の砲塔が低く唸った。拳を握り、呼吸を整え。
「邪魔だっ……!」
モンスターにとびかかった。
モンスターも爪を光らせ、レベルで劣る大貴を切り刻もうと迎え撃った。
振り上げられた爪が右袈裟に走る。互いに射程。大貴の拳がやや遅れている。
――瞬間。
左肘を回転させた。関節があり得ない角度に曲がり、回転し、腕以上に長い砲塔が風を切った。
砲身が接近してきたモンスターの顎を跳ね上げる。爪が止まった。
ゴーグルの表示を信じるなら、【スレイプニル】へのエネルギーチャージは三分の一。これをすべて開放して撃ち出しても十分行動分のエネルギーが残る量だ。
そして――フルチャージで大型種にとどめを刺せる【スレイプニル】ならば、三分の一の威力でも十分、この程度の小型種ならば吹き飛ばせる。
――そう予測を立てたと同時に。
大貴はモンスターの顔面にビームを撃ちこんだ。
吹き飛ぶモンスター。のけぞったその体を無造作に殴り飛ばし、大貴はその場を後にする。
探さなければ。
見つけなければ。
会わなければ。
また、もう一度。
頭痛で頭が曇っていく。何かに支配されていく――。
このまま、『藤林大貴』が、『そう』でさえなくなってしまうような気がして。
そんな不安が、消えてくれない――。




