表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第1章 「藤林大貴」
18/82

Part4 「鋼とひずめ」その3

 十分に、体は冷えてきた。エネルギーも回復した。


 上体を起こし、大貴はのろのろと立ち上がった。続けて、耳に直接ニルが尋ねてきた。


『時に、本機の作戦目標はなんですか?』


「目標? それは――」


 ――なんだろう?


 ここに来た理由。絢音に会うためだ。自分が【藤林大貴】であるために、自分がしたいことをしようと心に決めて。


 突き詰めたことを言えば、絢音をモンスターがひしめく『ここ』から現実まで連れて帰ることになるが、それは――【エッグ】の警告文を信じるなら、イベントが終わらなければいけない。


 『イベントを終わらせる』ということは、あのグランゲイターのようなモンスターを、あるいはそれより更に上級のモンスターを倒し尽くすということなのだろうか――。


 そう思い至って、大貴は自分の掌からつま先に目を落とした。グランゲイター1体(しかも手負いだったらしい個体)にギリギリ勝利を拾った体を見る。


 げんなりとした。やはり【サイバーブルース】の使用時間まで守り抜くのが現実的な方法なのだろうか。しかしそれも――。


『なんにせよ、私がどう助言しようと諦めはしないでしょう』


「どうして?」


 ――今まさに自問していて、少し折れそうだと言うのに。


『それがあなたの【結果を引き寄せる力】の基幹のひとつだからです』


「結果を、引き寄せる……ね」


 特に汚れた後もないが尻をぱんぱんと軽くはたき、大貴はぐるりと周囲を見渡した。


 遠く、建物の屋根屋根の向こうに灯台が見えた。黒い煙が何本も上がり、出来合いの紫色の空を赤々と炙り染めている。


 おそらくあの周辺が激戦区なのだろう。もしかしたら、今のグランゲイターはあそこから逃げてきたのかもしれない。


 人も集まっているのだろう。もしかしたら、絢音もだ。だが、もちろんいない可能性もある。


 大貴は、絢音がこのゲームにどう接していたのかを知らない。


 戦いに明け暮れていたのか、それともほのぼのとプレイしていたのか。先ほど【エッグ】を使う前の様子では、戦うことにはそう否定的でなかったようだったが。


 少しだけ、大貴はがっくりと肩を落とした。


 あれだけ絢音中心に頭を回していて、絢音を追ってここまで来ておいて、結局、彼女自身のことをまるで理解していなかったのだ。――切羽詰まるまで自分さえ曖昧だったのだから、ある意味当然なのかもしれないが。


 頭の上にどんよりとしたエフェクトを浮かばせて、ふと気が付いた。すぐ向こうの坂の上にある建物だ。にわかに見覚えがある。


 大きく、シュークリームのようにふっくらとした天蓋が目立つ。その前には門があり――くぐってみると、カウンターがあり、液晶がかかって、広々としたロビーが見える。


 やはり知らない場所ではなかった。


 この一週間、ダンジョンと補給の繰り返しだった大貴にはまったく縁のなかった場所だったのですぐにピンとは来なかったが。


 ここは――【闘技場】だ。


 以前、巧の横で見た時は人しか見えない場所だった。思い出す。初日、絢音はここに感心があったようだった。だがきっとあの人ごみでは絢音はここに来られなかったはずだ。未だ歩きなれていないと言っていた絢音なら、人ごみは避けるはず。


 ――今のような【人がいないとき】にしか来れないだろう。


 創設者らしいキャラクターの像が見え、観葉植物が生い茂り、歴代の覇者の名前が綴られたトロフィーが飾られている。現在の【主】の名前が一番見やすい位置になっていた。これだけこの場所を見渡せる機会は、そうそうないはずだ。


『アラート。近くに戦闘の気配があります』


 ニルが告げる。大貴はびくりとして周囲に素早く視線を配らせた。建物、看板、門構え、瓦礫――モンスターの影はない。


『中です。闘技場の』


 大貴は身を翻した。背を向けていた闘技場と正面から向かい――やはり、モンスターの影は見えない。外からは窺えない闘技場の内側で、誰かが戦っている。ニルはそう言っている。


「激戦区外のここで……?」


 はてと首をかしげつつ、巧との会話の記憶をがむしゃらに掘り返し、らしい情報を思い出した。


 ――メインイベントに隠れたサブイベントというのは馬鹿にできない。


 レアアイテムの収集に役立つこと、ステータスアップに重宝されること、【規格外】の化け物と遭遇すること。そのいかなる全てがあり得るものなのだぜロマンあるだろ――とかなんとか。やはりよくわからない。


 それでも、屋内に入りきる程度の大きさだ。グランゲイターよりやばくないはず。そのはず。そうに決まってる――そう言い聞かせ、大貴は闘技場の中に入る。


 割れたガラス片が足元で乾いた悲鳴を上げ、無人のカウンターをすり抜けて観客用の入場口をくぐり、拳大の瓦礫や砂塵に汚れる大階段を昇り、だだっ広い空間に出た。


 大貴のいる観客席が円形に並ぶエリアに囲まれ、中央には特徴のないプレーンな土色の舞台が広がっている。あの上でプレイヤー達は戦うのだ。


 観客席と舞台を隔てる敷居がひび割れ客席にまで攻撃の傷跡が表れている。だがシュークリームのようなもふもふとした天蓋の一部が落ちてきたのであろう瓦礫が深々と突き刺さっている他、舞台上に身を隠す場所は特にない。


 それ故に、舞台には力尽きて倒れたアバターが散々としていた。


 この場で戦い、立っているのはたったのふたりだ。


 片方は見た覚えがある。石器のような暗い灰色のハンマーを握り、大貴よりいくらも大柄で、頭には小さな丸耳を立てた男。表の銅像の中、最も目立っていた【闘技場の主】――ジョージというアバターだ。


 もうひとりはジョージと向かい合い、両手を握りもせずに仁王立ちしていた。


 それは、鉄で固められた人型である今の大貴をして――【異形】であった。


 耳も尻尾もない。頭に長く一本の角をそり立たせ、背には亀の甲羅を思わせるような分厚いパック背負っている。胸、肩、小手、首回りや股や脛までしっかりとそうした青々とした硬質のパーツに守られている。だが、決して全身鎧で身を包んでいる訳でもないようだ。


(あいつも……俺と同じ?)


 こそこそと劇場のシートの影に身を隠し、大貴は相対するふたりをじっくりと観察した。ふいに【異形】の甲冑が――歪んだのだ。顔を綻ばせるようにジョージに笑いかけている。


「邪魔ぁ!」


 【異形】は軟弱毛玉と吐き捨て、足元でのびている犬耳とさばさばとしたほうきの尻尾の人間の頭を蹴飛ばした。それはすっと顔を青くして――消えた。砂漠に水を流すようにすっと地面に染みていく。【ゲームオーバー】だ。


 ストックがあればコンティニューだが、配置は決まりきった【スタート地点】か、ゲームオーバーした場所からだ。すぐに現れないところを見るとログアウトしたのか、ストックが切れたのかもしれない。


 近くで尻尾と手足が長い人間が呻いた。這って手から零れたらしい銃器に手を伸ばす。グリップに指先が触れ、自分の体に引き寄せた。


 銃口と戦意を【異形】に投げつける。ジョージは視界の端にそれを収めるが、【異形】はまったく意を介さない。


「オラ、来いよチャンプ」


「……」


「シカトこいてんじゃねーぞっ……あぁんっ!?」


 【異形】が虚空へ正拳を突く。青々とした鋼鉄の腕がじんと赤みを帯び、ズンと重く破裂する。


 打ち込まれた不可視の砲弾は周囲に漂う砂塵を圧殺し、向かってきた親指程度の弾丸を引き金を引いた当人の体に綺麗に返し、ジョージを捉え、離れて隠れる大貴の肩を震わせた。


 ――グリーントータスやグランゲイターとは段違いの威圧だ。


 大貴に相手の力量を推し量る目はないが、【サイバーブルース】が大貴の脳に直接叩き込んでくる仮想現実情報は何より雄弁だった。


 似ているは姿形だけ。あの【異形】の力は大貴のものとは比較にならない。


 息を呑む大貴をよそにジョージはハンマーを握った。重々しいそれをものともせずに担ぎ上げ、地面を蹴る。


 一気に距離を詰め、鎚の頭で【異形】を打った。


 【異形】は左の拳でそれを受け止め、右の拳で真上に弾く。


 両腕が上がってがら空きになったジョージの腹に向け――。


「ぁああんっ!?」


 ――打たれた拳が空を切った。


 ジョージの左足が後ろに引かれていた。体は機敏に反時計に90度回転する。土手っ腹を狙った拳はへそを引っかいただけだ。


 突き上げた【異形】の右アッパーを、ジョージはハンマーの柄の先で封じ込めた。左拳が飛ぶより早く、ジョージは【異形】の兜に掌底を打ち込んだ。


 掌から放たれた赤熱の衝撃が【異形】の体を吹き飛ばした。観客席との敷居に背を合わせ【異形】は一拍動作を止める。


 ジョージはその間に地面を打ち、地面のビートが足元から岩岩を隆起させる。


 ハンマーを握り直すジョージの前で岩の林の1本1本が砕き削って壊していく――。


「……かっ、怪獣か……?」


 派手に暴れまわる両人にドン引きしつつ、大貴は周囲をまじまじと観察した。客席以外に遮蔽物は多くない。場内の様子はよくわかった。


 他にも自分のふかふかの尻尾に潰されるように沈黙しているリス人間に、屈強な体躯の頭に小さな丸耳をつけたクマ人間に、三角耳と細い尻尾のネコ人間――いずれも突っ伏して動かない。


 この場はまるで【標本】だった。【ガーデン・レイダース・ネットワーク】の種族レパートリーが網羅されている。


 絢音と同じように頭に皮の羽を生やした人間もいた。中には絢音と同じように赤気の羽毛のアバターもおり、絢音と同じく歩きづらそうにして――。


 ――ちがう。


 大貴は一瞬、呼吸を忘れた。


 今まさに、絢音に近づいていた。【異形】とジョージの戦いの嵐がまき散らす岩の砲弾と威圧の衝撃が。


『コンバット・アラート――』


 ニルが耳元で甲高く警笛を鳴らす。大貴は段を蹴飛ばし鋭く加速した。額からゴーグルがスライドして目の前に掛かり、操作系がナチュラルアクションからコンバットアクションに移行する。


 風切り音が耳に障り、大貴の意識からニルの声が遠のいた。


 大貴の両足がに黒金が巻いた。『モードB』を履いた靴底が観客席の一つを踏みつぶし、空を叩く。客席と敷居を一跳びし、舞台上をつま先で掻いた。


 足元から吹き抜けるロケット噴射が大貴の体を押し上げる。更に加速。


 隆起する岩の腹を蹴り、赤い噴射熱が虚空を焼き、大貴は長く広く腕を伸ばして――。


「――ッ!」


 舞台に倒れる絢音をすくい上げた。


 逃げる。大貴は身を翻し、視界を広げた。


 迫る岩の長城。伝わる衝撃。そして。


 ――歪む甲冑。


 大貴は体が凍りついたように錯覚した。足がすくむ。動けない。血の気と身体の感覚がサッと引いていく。


 捉えた人影が十倍以上に肥大化する。握り締められた幻影の拳が圧力で具現する。――押し潰される。


 現実には大貴の『モードC』にすら見劣りする大きさの青い拳は覇気を吸い込み、眼前ではグランゲイターの体躯をつまめるほど巨大に膨張していた。


 助からない。潰される。


 ――抱えた絢音も一緒に?


「ぅうううぅぅぁぁあああぁああぁああぁああぁあぁぁぁっ!!」


 叫ぶ。思い切り。腹の底から絶叫した。涙さえためた、裏返った声で。身体を凍らせる一切を振り払うように。


 目を閉じた暗闇の中で頭上から麻痺が回り、首や肩にも痺れが走った。


 ゲージが枯れていく。足腰には力が入らない。大貴は体が地面に擦れるのを感じた。


 ただ純粋に、ひとつだけを念じ、願い、祈った。


 両腕から最後まで力が抜けてしまわないこと。


 最後まで絢音の盾に成れていられますように。


『敵ユニットは12時。リカバリーを』


「えっ」


 がばりと大貴は視線を上げた。


 あの【異形】がいる。四肢を岩山の中に埋めている。


 慌てて大貴は起きあがろうとして――できない。指先すらピクリともしない。


『【オーバーフロウ】です。安定器を介さず戦闘行動をとればエネルギーが発散され周囲へ攻撃できますが、ワンアクションでエンプティ・ゲージになります』


「そ……ゆ、こと……はぁ!」


 大貴は胸元のクリスタルに目をやった。赤く黒く淀んでいる。先の雷のようなレーザーで枯れたときでも、こうはなっていなかった。完全にエネルギーが切れている。


 プレッシャーに押されたのか、気が付かない内に『モードB』も足から消えていた。その上での渾身。絢音を抱きしめ丸まるだけの単純な防御。


 それが、あの【異形】を弾き飛ばしたというのか――?


『体力の減少も深刻です。強制冷却したいところですが、こう接地されたり別個体と接着されたりでは排熱の妨げになりますしラジエータに大気を大きく流入もできません。エネルギー充填効率が著しく低下しています。いいからその女から離れなさい』


 耳元でニルが苦言を呈する大貴の眼前で【異形】は岩を噛み砕く。邪魔な一切を塵に返し、地面に両足を着ける。


 ゴーグルの下で顔を蒼くしていた大貴を察してか、【異形】はまた口元を歪めた。ああやっぱりな、という表情だ。


 地面に転がるコレは、やはり弱い。まだこいつは動けない。造作もなく倒せる関係なのだ。俺の方が間違いなく強い――。


 大貴自身も強く感じる事実を噛み締めた上で、【異形】はジョージに視線を戻した。


「弱ェクセに……で、テメーはなんで攻めねーの? チャンスだろ」


「……あまりいらいらさせるな。ダラダラくっちゃべりながら戦うのは趣味じゃない」


「どいつもこいつも……調子に乗んなよ毛玉ぁ。シメんぞ」


「……舌、噛むぞ」


「けっ」


 乱暴に突き立てた親指でのど元を掻っ切る挑発を挟み、【異形】は短く笑ってみせた。


 ジョージの反応はない。システムも特別大きな感情の揺れを確認していない。完全なポーカーフェイスだ。さすがは戦い慣れている【闘技場の主】だけある。


「てめぇもこの場に溶けちまいなぁ……!」


 【異形】の雰囲気がすっと変わった。一瞬みせた道化のような言動は鳴りを潜め、この場――この惨状の空気に同化する。


 この場所にはもう、大貴がはじめ入ってきた時の凄惨さはそこになかった。力なく寝転がらされていた多くは地面に溶けていた大貴より早くいた絢音も、かなり危うい状態のはずだ。


 この【異形】は、あの惨状を、この静けさを作ったというのか? ――可能だろう。あの強者の覇気ならば。


 ステータスもレベルも見えないが、その肌で感じた凄みは本物だと自信が持てる。


「さぁ、来いよ、チャンプ」


「……カブトムシが」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ