明智光秀の天下とり
1. 明智光秀と家臣、斎藤利三の会話(八上城の戦いの後)
「殿、無念でございます」
「なんのことだ」
「殿の御母上様を亡き者にしたのは信長様です」
「利三、声がおおきい。決してそのようことを口にするではない」
「しかし・・・」
「その声が信長様の耳にはいったら、ただでは済まぬのだ」
「波多野攻めで相手が投降する際の身の保証として、殿の御母上様を人質に出された」
「・・・・」
「それなのに、信長様は投降した波多野を殺した」
「・・・」
「約束が違うと波多野の家来が御母上様を亡きものにした」
「言うな」
「無念でなりません」
「・・・」
「波多野を含め、丹波の平定がどれほど大変だったか」
「・・・」
「波多野を投降まで持ち込むまでに、どれだけの味方を亡くしたことか」
「・・・」
「それを信長様は無下にした」
「わしが悪いのだ」
「いいえ、殿に非はありません」
「いいや、わしの信長様からの信頼が足りぬことなのだ」
「苦労の末の波多野の投降を無にし、そして御母上様まで亡きものにされるとは」
「これも戦国の習いよ」
「・・・」
「母上も戦国武将の母じゃ。納得の死であった」
「私は納得ができません」
2. 明智光秀と斎藤利三の会話(信長の家臣の追放)
「殿、林秀貞様、佐久間信盛様が追放されたとお聞きしました」
「そうだ・・・」
「何故」
「信長様は天下布武を考えてのことだ」
「過去の恨みや、働きの少ないものへのあてつけでは」
「そうではない」
「林様、佐久間様は今まで、信長様のために働いてきた方々ではないですか」
「・・・」
「我々もそのうち、追放されるのではありませんか」
「それはないと思う・・・」
「天下が治まった後はわかりませぬ」
「・・・」
「殿、御母上様のことで殿が信長様を恨んでいると思われないでしょうか」
「そんなことはない」
「追放されるくらいなら、我々が天下を取ってはいかがか」
「これ、そのようなことは決して言うでない」
「しかし」
「黙れ。我々は信長様と一緒に天下を統一するのだ」
「・・・」
「下がれ」
「はい」
3. 明智光秀と斎藤利三の会話(本能寺の変の4日前)
「『ときは今 あめが下しる 五月かな』と詠われたと聞きました」
「それがなんじゃ」
「『ときは今』これは、殿の決意でござるな」
「他意は無い」
「殿の出身は土岐氏。『土岐はいま』でござる」
「よけいな推量はよせ。迷惑だ」
「いえ、殿の決意、と 家臣は湧き立っておりまする」
「利三、それは危険だ。今すぐ、そのようなざれ言をやめさせるのじゃ」
「なぜでござる」
「信長様の耳に入ってはタダでは済まされぬ」
「それでは、本当に他意は無いとおっしゃるのですか」
「無い」
「わかりました。ただ我々は殿の主は、足利義昭様と思っております」
「・・・」
「そのため信長様を打ち取っても主殺しにはなりません」
「利三、二度とそのようなことを口にするでない」
「申し訳ございません。家臣たちに殿の詠みうたに他意は無いこと申し伝えます」
4. 明智光秀のゆめの中での母との会話
「母上ですか」
「そうです」
「波多野攻めでは申し訳ありませんでした(涙ぐむ光秀)」
「なんの」
「苦しかったでしょう」
「いいえ」
「光秀、死んでお詫びしとうございます」
「私も戦国武将の母じゃ。光秀殿のため喜んで死んだのです」
「母上・・・」
「気にするではありません」
「私は母上を見殺しにした情けない子でございます」
「そうではありません」
「織田家の5大家老と言われていてもなにも自由に決めることができません」
「私はそのように悩んでいる光秀殿を見たくはありません」
「・・・」
「家臣たちのために耐えていることは、とても尊いことでありますよ」
「・・・」
「それがあなたの役目なのです。いつかそれが報いられることがあります」
「・・・」
「お家のため、家臣のため、これからも働いてください」
「母上」
「母は、光秀殿のために役にたてたことを嬉しく思っております」
「母上。私は何のためにこれまで生きてきたのでしょうか」
「あなたは、何も悩むことはありません。自分らしく生きていけば良いのです」
「自分らしく、ですか・・・」
「母の願いはそれだけじゃ」
「母上っ!」
(光秀の夢が覚めた)
自分らしく、か。
信長様に追放されるかも知れぬ。
なにをすれば信長様の怒りを受けなくて済むのかわからぬ。
わからぬ・・・。
5. 明智光秀と斎藤利三の会話(備中への行軍開始前日)
「明日、羽柴秀吉殿の援軍として備中へ出立する」
「殿、京の信長様に馬揃えの観閲を要請されておりまする」
「はて、そのような手紙はなかったが」
「いえ、殿が安土で信長様から指示を受けた際にその指示を受けております」
「そうだったかの・・・」
「信長様は、馬揃えの観閲がお好きです」
「最近、物忘れが多くなってきた・・・。覚えておらぬが・・・」
「京に寄らなければ、信長様の怒りをかいまする」
「わかった、京に寄ろう」
「殿」
「なんだ」
「信長様の手勢は30名程度で本能寺に滞在されているとのこと」
「そうか」
「嫡男の信忠様は手勢300で妙覚寺に入っているとのこと」
「そうか、それがどうした」
「手薄でございます」
「もはや京の近辺では信長様の脅威になる敵はないのだ。手薄で構わんだろう」
「・・・」
「それでは明日出立する」
「ははっ!」
6. 明智光秀のひとりごと
信長様を討つなど計画できるわけがない。
家臣どもは信長様と直接会う機会がないので、わからぬのだ。
信長様のあの威厳、恐ろしさ。視線を身にあびるだけで身震いが出るほど恐ろしい。
計画をしようものなら、三日三晩、いやそれ以上眠れぬ日々が続くであろう。
信長様を討つ、などは信長様の恐ろしさを知らない者どもの夢想でしかない。
利三たちは身の程の知らぬやからよ。
しかし・・林殿、佐久間殿ように追放される可能性はあるやもしれぬ。
いや、考えるのはやめよう。今は精一杯、信長様の御下知に従うことだ。
7. 明智光秀と斎藤利三の会話(本能寺の変当日、京都、鳥羽にて)
「殿、ここでお休みください」
「わかった」
「私は信長様に我々が馬揃えの用意が整っていることを知らせてまいります」
「うむ」
「・・・」
「どうした」
「知らせるだけではなく、首を取ってきます」
「なに」
「首を取ってまいります」
「・・・」
「殿、天下をお取りなされ」
「・・・」
「御母上のことなど耐えがたきことが続いています」
「・・・」
「信長様の重臣、林様、佐久間様は追放されました」
「・・・」
「このままでは織田家の家臣でいることは安泰であるとはいえません」
「・・・」
「天下統一が完了間近の今、殿のような方こそが天下人になるべきです」
「利三」
「はい」
「昨晩の夢で、母上が自分らしく生きろと言っていた」
「・・・」
「わしは天下人になって良いのかのぉ」
「殿こそ天下人に最もふさわしい方と存じます」
「生涯、一度は自分らしく生きてみるのもよいかのぉ」
「はい。殿はここでお待ちください」
「・・・」
「我々、配下のもので事を成し遂げてまいります」
「わしはこの鳥羽におれば良いのか」
「万が一の際には、私がかってに行ったこととしてくだされ」
「そのような卑怯はことはできない」
「できなくて結構でございます」
「・・・」
「殿はここにいてくだされ。我々は京へはいります」
「かってにせい」
「いざ、まいります」
8. 明智光秀と斎藤利三の会話(本能寺の変の後)
「殿、信長、そして信忠を亡き者にしてまいりました」
「なんと・・・」
「殿が天下をお取りになりました」
「・・・」
「今後の行動をご指示ください」
「・・・」
「殿っ!」
「利三」
「はい」
「よくやった」
「はい」
「しかし、わしは天下人にはなれぬであろう」
「・・・」
「主殺しの汚名をきて生きていくことになろう」
「いいえ、殿の主は足利義昭様です。信長ではありません」
「お前は前にもそう言ったのぉ。そうも言えるか・・・」
「はい」
「よし、利三らの働き、見事であった」
「はい」
「わしは母上の言葉どおり、精一杯、自分らしく生きてみよう」
「はい」
完




