9話 親子だけども
「さて――本題に入りましょうか」
社長の推理がようやく終わり、部屋に静けさが戻る。
次は取材の話だろうか。
社長は足を組みながら言った。
「Zの取材はまた今度にして」
「次の取材は、鴨志田さんと向上との合同取材に行ってもらいたいわ」
「合同ですか?」
俺が聞き返す。
「そうよ」
「二人は今どこにいるんですか?」
「雪山」
雪山?
「どんな取材ですか?
雪山で取材なんて……獣の取材ですか?」
すると先輩が嬉しそうに言った。
「雪山で取材かぁ。ワクワクするな」
俺とは真逆の反応だった。
「面白そうだったら行くか」
社長は微笑む。
「二人とも興味持ってくれたわね」
そしてデスクの上のブザーを押した。
ブッ。
「はいはい、社長。
なにようですかー」
間違いなく天音の声だった。
事務室と社長室を繋ぐスピーカーだ。
社長は軽く言う。
「天音ー、いける?」
「はーい、いけますよー。
ガッテンであります」
社長がボタンから手を離す。
すると――
パチン。
社長室の電気が消えた。
部屋が真っ暗になる。
その瞬間。
ガチャ。
扉が開いた。
入ってきたのは天音だった。
手にはロウソク。
炎がゆらゆらと揺れている。
「……なんの演出?」
俺は思わず呟く。
天音は咳払いをした。
そして暗い目線で語り始めた。
まるで――
ストーリーテラーのように。
「金網の外」
「機動隊はZの対処をする」
「脅威は金網の外にしかないのか」
声が低くなる。
「否」
声が強くなる。
「内にも恐怖はある」
……なんかのマネ?
俺とは裏腹に。
先輩と社長は真面目に聞いている。
俺がおかしいのか?
天音の語りは続く。
「とある雪山で――」
「獣が騒ぎ出した」
「機動隊は調査団を出し、捜索に向かった」
「だが」
「調査団は壊滅」
「帰ってくる者はいなかった」
部屋が静まり返る。
「雪山の住人は全員下山」
「機動隊も警告板を設置し」
「登山を禁止した」
ロウソクの炎が揺れる。
「それでも」
「離れなかった者がいる」
「雪山の入り口に――」
「ポツンと残された一軒の宿」
「宿主は今も宿を経営している」
「客はいないはずだが」
「人影を見るらしい」
天音はロウソクを少し持ち上げた。
炎が顔を照らす。
「その人の皮膚は」
「赤く輝いていた」
沈黙。
そして天音は笑った。
「そう」
「雪山には」
「獣ではなく」
「赤い人がいた」
「血を求めてさまよっている」
「――これは最近の話」
ロウソクの火を吹き消す。
「ってね。そんな感じ」
パチン。
電気がついた。
天音はニコッと笑う。
社長が拍手する。
「ありがとう、天音」
俺はため息をついた。
「普通に話してもらっても分かりますけど」
天音が肩をすくめる。
「こっちのが面白いでしょ?」
「何が?」
先輩は話を戻す。
「鴨志田さんたちは、どこまで取材終えてんの?」
社長は首を傾げた。
「うーん」
「分からないわ」
「行方不明だから」
「え?」
俺は思わず声を出した。
「今なんて言いました?」
社長はあっさり言う。
「二人とも行方不明なのよ」
「よくあることだし、大丈夫だとは思うけど」
「一応、二人に行ってもらおうと思って」
「話してる場合ですか!?早く行かないと!」
すると先輩が笑った。
「へぇ」
「鴨志田さんが行方不明か」
「あの人が死ぬとこは 想像できないけどな」
ニヤッと笑う。
「なんでこの状況で笑えるんですか」
先輩は言った。
「本物のスクープの気がするな」
そして立ち上がる。
「三上、行くぞ」
「は、はい!」
社長が手を振る。
「じゃあ頑張ってね、二人とも」
天音が笑いながら、
小さな声でつぶやいた
「死ぬなよー」
「なんつって」
縁起悪い。
でも。
なんか――
本気でヤバい気がする。
鴨志田さんと向上さん。
行方不明。
それに。
天音にとって鴨志田さんは父親なんだ
天音はいつも通り笑っていた。
でも、強がってるようにも見えた。
先輩が言う。
「鴨志田さんがいればカメラはなんとかなるな」
「……あの人は命よりカメラだから」
そして俺を見る。
「三上、いいスクープ取るぞ」
「ガンガン行こうぜじゃなくて
命大事にで行きましょう」
「……聞いてます?先輩」
(聞いてくれてるよな……)
俺の額から不安で汗がこぼれた。
向かう先は――
雪山。
赤い人のスクープを取りに向かう。
それよりも。
先に行っている二人は
無事だろうか。
※
吹雪が荒れ狂っていた。
雪が横殴りに叩きつける。
視界は白一色。
周囲の景色はほとんど見えない。
そんな雪山の中。
岩陰にできた小さな洞窟で
二人の男が遭難していた。
一人は無精髭を生やした小太りの男。
眼鏡をかけている。
鴨志田幸太。
もう一人は対照的だった。
痩せ細った体。
陰気そうな顔。
向上司。
洞窟の奥で――
鴨志田は倒れていた。
頭から血を流している。
雪で冷えた血が岩に黒く広がっていた。
致命傷だ。
向上はその横で必死に介抱している。
「鴨志田さん……!」
だが鴨志田は笑った。
「やらかしたな……ぶははは」
荒い息を吐く。
「ふぅ……すまんな、向上」
向上は首を振る。
「いや、それより……大丈夫ですか」
「僕は……どうしたらいいですか」
鴨志田はゆっくり腕を動かす。
そして――
カメラを取り出した。
向上に差し出す。
「これ」
向上は戸惑う。
「赤い人は撮った」
鴨志田は笑う。
「これを持って下山し」
「スクープにしろ」
向上の顔が歪む。
「鴨志田さんはどうするんですか」
鴨志田は天井を見上げた。
「俺は……動けねぇ」
雪が洞窟の入口から吹き込む。
「このまま赤い人に見つかって」
「殺されるかもな」
そして笑う。
「ぶははは」
向上は首を振る。
「僕も残ります」
その瞬間。
鴨志田の目が鋭くなった。
「だめだ」
「馬鹿野郎」
洞窟に怒声が響く。
「俺たちは記者だ」
鴨志田はカメラを押しつける。
「スクープを撮ったなら」
「死んでも残せ」
血で濡れた手。
「俺の命を」
「お前に託す」
向上の手が震える。
「死ぬ気で下山しろ」
少し間を置き。
「向上」
「それが俺の最後の頼みだ」
向上の声が震える。
「ぼ、僕は……」
鴨志田が怒鳴る。
「行けぇ!!」
その声に押されるように
向上は立ち上がった。
「はい!!」
洞窟を飛び出す。
吹雪の雪山へ。
転びながら。
必死に下山するために走り出した。
洞窟の中に残ったのは
鴨志田だけだった。
鴨志田はゆっくり首に手を伸ばす。
首から下げていたペンダントを開く。
中には小さな写真。
「……天音」
かすれた声で呟く。
「俺は記者としては一流の自信があるが……」
「父親としては三流の自信があるな」
「ぶははは」
ペンダントを握る。
一筋の涙がこぼれた。
「こんな父親を……許してくれ」
吹雪の音だけが
洞窟に残っていた。




