5話 元だけども
「おーい、三上。早く頼むよ」
「やってますよ! あと怖いから話しかけないでください!」
俺は必死に、先輩の首を元に戻そうとしていた。
背中側に完全に折れ曲がった首。
その状態で普通に喋ってくるのが一番怖い。
正直、気持ち悪い。
両手で先輩の頭を掴み、力いっぱい前へ押す。
ぐぐぐぐ……。
重い。
人間の頭って、こんなに重かったか?
「うおおおお!」
俺は吠えたが、首はびくともしない。
膝をつく。
汗が地面に落ちる。
「三上、ガンバ、ガンバ」
軽い。
言い方が軽すぎる。
「怖いっすよ!」
「これ見られたら大スクープ間違いなしだな。
“Zの首を戻す人間”――ははは」
なんで、そんな余裕なんだよ。
「先輩……痛くないんですか」
「あー、めっちゃ痛いよ」
さらっと言う。
「マンション屋上から飛び降りた時ぐらい」
ははは、と笑う。
俺は顔を引きつらせた。
あれは――
痛いなんて言葉じゃ足りない。
「先輩、俺じゃ無理です。誰か呼びますか?」
「……いや、めちゃくちゃダメだろ」
だよな。
バレたら終わりだ。
「何か、てこの原理で戻せるもの探してきます。そこで待っててください」
「動けないからな、ははは」
笑うな。
俺が一歩離れた、その瞬間。
――空気が変わった。
背中が、ぞくりとした。
闇の奥から、黒い影が現れる。
最初、人間だと認識できなかった。
鎧の継ぎ目から、紫の光が脈打っていたからだ。
呼吸のように。
生き物のように。
胸元には円形の紋章。
外周を囲む輪。
その内側に三つに分かれた曲線。
対Z細胞機構研究調査団 行動部隊。
機動隊。
「……機動隊」
思わず声が漏れる。
近づいてくる。
長い黒髪の女。
整った顔立ち。だが、視線は氷のように冷たい。
手にしている銃を見た瞬間、
俺はゲームの世界に迷い込んだ気分になった。
拳銃の形。
だが黒いフレームの側面に細長い透明窓。
内部を紫の光が流れている。
下部には長方形のアタッチメント。
見たことのない武装。
「待ってください!」
俺は反射的に先輩の前へ立った。
「この人は――」
言葉が詰まる。
首が後ろ向きだ。
人間です、とは言えない。
とりあえず笑う。
「ははは……」
女は舌打ちした。
銃口が上がる。
「殺すしかないわね」
紫の光を放つレーザーポインタが、俺の眉間に固定される。
俺は恐怖で、思わず横にずれた。
すみません、先輩。
え?
ポインタは俺を追ってきた。
……は?
なんで俺?
「関わったあんたが悪い」
女は淡々と言い、銃口を俺の額に突きつける。
「俺、一般市民ですよ!?
銃を向けるならあっちでしょ!」
顎で、先輩を指す。
最低だ。
完全に売った。
だが女は無言。
引き金にかかる指。
はぁ……ちょっと待って。
今さっき助かったばっかなんですけど?
俺の視界が狭まる。
Zの次は、人間に殺されるのかよ。
その時。
「凛子」
首が後ろに折れたままの先輩が言った。
一瞬で、空気が変わる。
女の指が止まる。
「そいつは俺の後輩だ」
紫の光が、わずかに弱まる。
「……宗比」
女が名前を呼ぶ。
知り合いかよ!
俺は心の奥底で叫んだ。
※
機動隊の女の名前は、鷹宮凛子っていうらしい
ごき、ごき。
鷹宮さんは、何の躊躇もなく先輩の首を掴み――
ごきん。
簡単に元へ戻した。
「ふー……やっと戻れた。助かったよ、凛子」
先輩は首を回して確認する。
鷹宮さんは鋭い目で俺を睨んだ。
「で、どうするの?」
「なにが?」
先輩がとぼける。
「バレたんでしょ。どうするのよ」
まさか……殺す、とか言わないよな。
俺の背中を汗が伝う。
先輩は首をかしげ、少し考えた。
「まぁ、バレたらしゃあないか」
軽い。相変わらず軽すぎる。
「三上」
先輩が俺を見る。
「俺はZだ。ずっと前からな」
……驚かなかった。
むしろ、妙に納得した。
太陽を避ける。
青白い顔色。
低い体温。
全部、辻褄が合う。
「でも……普通のZとは違いますよね」
「人間みたいに生きてるし」
「まぁな……俺は……」
来る。深刻なやつ来る。
俺は覚悟した。
「普通と違うZなんだ」
「はい」
沈黙。
……終わり?
「以上ですか?」
「それ以外に説明あるか?」
ああ、そうだ。
この人はこういう人だ。
俺はもう一つ気になっていたことを聞いた。
「お二人は、どういう関係なんですか」
「夫婦よ」
鷹宮さんが即答した。
「名字違いますけど」
「ちっ」
舌打ち。
「ああ、元だからな。ははは」
空気が一瞬、冷えた。
「そんなことより」
鷹宮さんが俺を見る。
「あなた、信用できるの?」
「三上です」
無視された。
「あなた……何者? 本当に信用できるの?」
信用してもらうには、俺の秘密を話すしかない
「先輩、鷹宮さん。俺、転生者なんです」
俺は話した。
前の世界で記者だったこと。
国の人体実験のスクープを掴んだこと。
公開寸前で死んだこと。
覚悟を決めて、全部。
沈黙。
「宗比、最近パン屋できたの知ってる?」
……は?
「並ばない?」
黒髪をくるくる指で巻きながら言う。
「へぇ、パン屋かぁ……俺、パンの味わかんねぇけどな」
「Zだからなぁ、ははは」
元夫婦、普通に世間話。
俺の命がけの告白、完全無視。
ムカつくなぁ。
(先輩がZだってスクープ、上げてやろうか)
思わず言いそうになる。
「まぁ凛子、三上は大丈夫さ」
「転生とか元の世界とか、よくわからんかったけど」
絶対聞いてない。
鷹宮さんがため息をつき、俺を冷たい目で俺を見た
「私からすればね、あなたの秘密が複数に知られるのが嫌なのよ」
「特に部外者に」
はぁ?部外者?
「俺、部外者じゃないですよ。相棒です」
「あと、俺から言わせてもらえば
妻って言っても、元ですよね?」
「元って、あんまり関係なくないですか?」
次の瞬間、喉が締まった。
身体が宙に浮く。
鷹宮さんの手が俺の首を掴んでいた。
「……殺すぞ」
小さな声。
目が、本気だった。
地雷だったらしい
「まぁまぁ凛子、落ち着け」
先輩が笑う。
「元とはいえ、俺は今でもお前のこと好きだしな」
一瞬、間。
鷹宮さんが俺を放す。
俺は地面に崩れ落ちる。
本日何回目だ、膝をつくの。
「……それなら、まぁいいわ」
「後輩の指導くらい、ちゃんとしなさいよ」
そう言って、彼女はスキップで去っていった。
スキップ。
さっきまで俺を殺しかけてた人が。
俺の中での鷹宮凛子の評価は――
ヤバい女。
だが、それ以上に。
一途な人。
「先輩……なんで別れたんですか」
「そりゃあ……俺がZだからだろ」
軽い口調。
でも目は、少しだけ悲しかった。
「いつまでも隠せないしな」
俺は拳を握る。
この人はZ。
でも、俺を何度も助けてくれた。
尊敬する先輩
真実を知ろうとそこは変わらない
助けられる方法はないのか。
「先輩」
「俺、先輩がZだってこと、記事にします」
沈黙。
「そうか……まぁ、お前は記者だしな」
「今のまま知られたら、先輩はただの加害者で終わる」
「先輩は被害者だ」
「苦しむ必要なんてない」
俺は一歩前に出る。
「俺と一緒に、大スクープ取りましょう」
「ただのZじゃない」
「人が尊敬するZのスクープを」
先輩は、満面の笑みを浮かべた。
「そりゃあ……世間がひっくり返りそうだな」
俺は決めた。
この二度目の人生をかけて。
世間を驚かせるためじゃない。
仲間を守るためのスクープを取る。
それが、本物の記者だ。




