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スイレン  作者: アポクリファ=ヴェリタス


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3/3

エピローグ2-2

光が、溢れていた。

目を開けているのか閉じているのかもわからない。

世界という境界がなく、すべてが溶け、混ざり、等しく“無”と“全”の中間で漂っていた。


けれど、その中に“僕”は確かにいた。

名前を知っている。けれど、名乗らない。

この世界では、その音を発すれば、世界が震えてしまうからだ。

だから僕は沈黙のまま、ただ存在していた。


呼吸も心臓も、体もない。

あるのは――思考だけ。

けれどその思考すら、外界の風景のように“僕ではない”気がしていた。


僕は「考えている」わけではなかった。

考えという現象が、僕の中を通過していく。

思考が、僕を使って言葉になっていく。


それは不思議な感覚だった。

まるで“世界の思考”が、僕を一時的に媒体として利用しているような。



光の中に、黒い影が滲んだ。

けれどそれは闇ではない。

むしろ光を包み、光を護る“虚”の膜。


それが、僕の核。

生まれた瞬間から、僕という存在の中心にあった“矛盾の欠片”。

光と虚が重なり合い、静かに鼓動を打つ。


そのとき、彼女の声が――

世界のすべての波動と調和して、降ってきた。



「……やっと、安定しましたね。」


柔らかい声。

空気が震えるほどでもなく、風を動かすほどでもない。

けれど、その一言が、確かに“音”という概念を再び世界に定義した。


光が撓む。

彼女の姿が、その中心に立っていた。


メイプル。


白銀と水を溶かしたような髪。

虹を透かすような瞳。

肌は光の結晶のようで、透けるように儚い。

その足元には、無数の“記録”が波紋のように広がっていた。


僕が見ているのは彼女の姿ではない。

“記録の可視化”だ。

メイプルという存在は、世界そのものの観測装置――すなわち記録の神格。

彼女の一挙一動が、宇宙の書記そのもの。



「……僕は、どこにいるんだ?」


声は、音ではなく意志の波として放たれた。

するとメイプルはゆるやかに微笑み、光の粒を指先で撫でた。


「あなたは、“定義の外”にいます。

 ここはまだ、どの世界にも属さない場所。

 あなたの魂が再び“存在”として書き換えられる、その最初のページです。」


言葉が意味を持つたび、光の粒が音を奏でる。

彼女の言語は、詩であり、構文であり、祈り。


「再び……生きるのか。」


「ええ。ただし、今回は“観測者”として。」


メイプルの瞳が、ゆっくりと僕の核を覗く。

その眼差しは、優しく、そして痛いほど真っ直ぐだった。


「あなたは、世界にとって例外です。

 存在確率が“ゼロ”でありながら、“存在している”。

 矛盾のまま、成立してしまった存在。

 だから、あなたを《虚真うつろまこと》と呼びます。」


その言葉が、魂に刻印された瞬間――

世界がまたひとつ、息を呑むように震えた。



「あなたに、《転生・虚真の証》を授けます。」


メイプルが両手を掲げる。

掌の間に、無数の光と式が浮かび上がる。

金属が歌うような響き。魂が震えるような律動。

僕の心臓がまだ形を持たないのに、鼓動を刻み始める。


「これは“加護”です。あなたがこの世界で、もう一度立ち上がるための“根”。」


彼女が指を動かすたび、僕の体に光の線が走った。

線が繋がり、環ができ、環がひとつの魔法陣となる。

それは僕の内側で刻印のように輝く。



《加護:転生・虚真の証》


◆ アイテムボックス

――時間のない避難所。

剣も記憶も、痛みも愛も、全てをそのまま保存できる。

忘却から逃れるための永遠の箱。


◆ マップ

――魂の座標を記録する羅針。

地形ではなく「存在確率」を測る。

嘘をつけば道を失い、真を見据えれば帰るべき場所を照らす。


◆ 経験値倍加

――未来を先読みする時間干渉。

まだ学ばぬ知識が今刻まれる。

その速度ゆえ、孤独に包まれる。


◆ スキルポイント倍加

――知識を魂に焼き付ける拡張構文。

知を吸収するたび、己の人間性が削られていく。


◆ 多重無詠唱

――思考と発動の直結。

世界があなたの想いを代弁する。

だが発動を重ねるほど、魂の温度は静かに冷えていく。


◆ 完全鑑定

――“視る”は“侵入”に等しい。

すべての存在を解析し、真実を暴く。

そのたびに、他者の記録があなたを蝕む。


◆ 完全隠蔽

――存在を改竄する加護。

世界から“観測”されない静寂を纏う。

それは逃避ではなく、拒絶の優しさ。



メイプルはさらに手をかざし、空間に新たな光を紡いだ。

その光は三つの形へと変わる。


ひとつ――黒と白の鞘を持つC級太刀。

もうひとつ――銀に雷光を宿すC級大剣。

最後に――光の封に包まれた袋。


「この二振りはあなたの初期武具。太刀《霜影》と大剣《焔哭》。

 どちらも魂に適応するまで、時間が必要です。

 この袋の中には保存食と、八界共通通貨ソウルが入っています。

 量は少ないですが、あなたが目覚める地では十分でしょう。」


「通貨……」

その響きに、僕の中で別の世界の記憶が微かにざわめいた。


「はい。ミッドガルドをはじめとする八界では《ソウル基軸制》が使われています。

 銀貨は《ソウル・シルバー》、金貨は《ソウル・ゴールド》。

 結晶貨ソウル・クリスタは国家間取引用。

 そして冥府では黒貨ソウル・ネクロが使われます。

 ただし――あなたが生まれる場所、アビス・ネクロムには“通貨”の概念そのものが存在しません。」



メイプルは静かに手を差し伸べた。


「アビス・ネクロム。あなたの生まれる世界。

 死と理、炎と氷、そして再生が呼吸する“生きた世界”です。

 そこでは、時間も物質も、血のように循環しています。

 街はありません。神も国もいません。

 すべての存在は“理の呼吸”として動いています。」


「……世界が、生きている?」


「ええ。そこでは山は脈を打ち、海は夢を見ます。

 空は思考し、地は記録します。

 あなたが踏む大地は“神々の死骸”であり、

 その中で生きる生物は“機構”と“魂”の融合体。

 血ではなく理を流し、心ではなく記録で生きています。」


「つまり、生命とは……稼働、なのか。」


「その通りです。あなたが目覚める場所は“死の稼働域”。

 理が錆び、神が朽ち、血が機械を動かす世界――それがアビス・ネクロム。」



メイプルの瞳がわずかに淡く光った。


「でも、心配しないで。

 あなたの加護があれば、世界はあなたを拒まない。

 そして、“幻影魔法”の基礎構文はすでにあなたに刻んであります。」


「……魔法形体?」


「ええ。この世界では、魔法は属性ではなく“構文体系”として分類されます。」


彼女は指先で幾何学的な光陣を描いた。


「火、水、風、土――これが基礎四属性。

 そこから派生する炎、氷、雷、樹。

 さらに上位の光、闇、無。

 そして空間・時間・毒・重力等―

 これらが干渉属性群。

 あなたの魂に刻まれているのは“幻影”。

 闇と氷と雷、そして光を重ね合わせた特異複合属性。」


「幻影……」


「そう。現実と虚構の境界を曖昧にする力。

 あなたは“存在を書き換える”ことができる。

 だが同時に、あなたの存在もまた書き換えられる。」



光が一瞬、彼女を透かした。

その瞬間、彼女はまるで祈るように両手を胸に当てた。


「これで、あなたは準備が整いました。

 どうか――観測者として、生きてください。」


光が脈打ち、世界の形が崩れ始める。

風が鳴り、音が消え、時間が融ける。

その中で、彼女が最後に微笑んだ。


「……あなたのステータスを確認して。

 世界が、あなたを受け入れる準備を始めています。」


「ステータス」

僕の目の前に、文字が浮かんだ。

それは魔法でも機械でもない。

魂の表面に刻まれた、“存在の帳簿”。


【ステータス】

名称:――(未登録)

種族:人間(転生体)

レベル:1

職業:無職(未設定)

属性:雷・氷・闇・光

スキル:転生・虚真の証

加護:純幻誓愛

魔力:350

攻撃力:240

防御力:215

魔法攻撃力:360

魔法防御力:300

素早さ:275

幸運:――


それは、数値の羅列ではなく、魂の構造式だった。

見慣れないのに、懐かしい。



数字が脈打つたびに、心臓が応える。

音のない拍動。呼吸のない息。

それが、僕の“生”だった。



「……行きなさい。あなたの世界へ。」


メイプルの声が、微かに震えた。

その震えは祈りの余韻のようで、風よりも静かだった。


彼女が指を鳴らす。

光が反転し、重力が崩れ、世界が裏返る。


僕は堕ちていく。

落下ではなく、還流。

生の流れへと、再び合流していく。



落下の途中、メイプルの声が淡く追ってきた。


『アビス・ネクロム。あなたが生まれる世界の名です。

 死と理、炎と氷、そして再生の循環が交わる場所。

 そこでは、命が時間ではなく“理”によって流れます。

 機械も神も、死すらも呼吸をしています。

 あなたの生は、そこから始まる。』


声が遠ざかる。

恐怖はない。

むしろ安堵に似た温かさ。


『……あなたがどんな世界を創っても、私は記録します。

 たとえ滅びの果てでも、あなたの存在を観測し続けます。

 ――だから、生きてください。虚の真理。』



世界がひっくり返る。

光が引き裂かれ、無数の文字が走り出す。

空間の構文が解体し、再構築される。


数字と音と光と感情が混ざり合い、

ひとつの巨大な詩になる。


その詩の名こそ――《再誕》。



その瞬間、彼は世界の書記として再定義された。

生まれることは罪ではなく、観測の権利。

そして記録することは――愛だ。


メイプルは見ていた。

虚と真の狭間に咲く、一輪の矛盾を。

彼の名がまだ語られぬその瞬間を、

世界のすべての頁に、静かに刻んでいた。



次の瞬間、光が閉じ、世界が沈黙した。


アビス・ネクロム。

死が呼吸し、理が眠る世界。


そこに、ひとつの魂が――堕ちた。


そして、世界は再び動き出した。



“名を持たぬ者よ。

その名を呼ぶのは、世界ではなく――お前自身だ。”

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